第62話 エルフ姉妹


 地底湖は日が差さないので時刻が分かりにくいが、世界樹によると夕暮れ時になったらしいので地底湖での作業を一旦終えた。


 地上に戻り、今晩泊る宿を探そうとしていると。


「宿なんて泊まらなくても、私の家に来ればいいんです!」


 ララノアが家に来いと言って俺たちを放してくれなかった。聞けば、姉のラエルノアとふたりで住んでいるので、部屋は余っているらしい。


「いや、でも……。ふたりで住んでるんでしょ?」


「えぇ。そうですよ」


「じゃぁ色々とまずいだろ」


 若いエルフの女性がふたりで住んでいる家に人族で男の俺が上がり込むのはちょっと……。ララノアたちはエルフなので、実際は俺よりだいぶ年上の可能性もある。


 それでも嫁入り前の女性の家はダメでしょ。


「何がまずいんですか? ……あっ。もしかして、えっちなこととか想像しちゃいました? でもお姉ちゃんに手を出すのはダメですよ。わ、私はその、トールさんなら、ダメってことはないですが」


 そこは姉同様にダメって言ってほしかった。


「トール? わかってるよニャ?」


 ほら! ミーナが怒ってる。 

 怖くて後ろを振り返れない。


 もちろん分かっております!


「やっぱり俺たち、宿に泊まるよ」


「えぇー? うちにきてくださいよぉ! お姉ちゃんもトールさんに会いたがってたんですから」


「それはほら。俺たちは明日以降もここにいるんだし──」



「トール!!」


 軽鎧を身に纏ったラエルノアが走ってやって来た。


「や、やぁ。ラエルノア」


 なんでこんなタイミングで来ちゃうんですか?


『言ったじゃないですか。ラエルノアも会いたがっているって。だから私が呼んでおきました!』


 なるほど、世界樹が呼んだんだ。


 なんて余計なことをぉぉおお!


「トール! やっと会えた!!」

「えっ」


 ラエルノアにすごい勢いで抱き着かれた。


 それと同時に俺の背後で急速に膨らむ殺気が気になって仕方ない。


「な、なんでいきなり?」


 ララノアと再会した時も抱き着かれたが、まだ少女といえる体型の彼女と違い、ラエルノアは大人の女性だ。しかも美人。そんな彼女に抱き着かれれば、ミーナが怒るのも無理はない。


「命の恩人に礼を言えず、国を二度も救ってくれたことに報いることもできなくて、ずっと悶々としてきたんだ。だから先に謝っておく、すまない」


 ラエルノアの顔が近い。

 頬に柔らかい感触があった。


「わ、私からの、感謝の気持ちだ。その……。人族の男はこうされると喜ぶって聞いた。で、でも、誰にでもするわけじゃないぞ! 私がこんなことしたのは、トールがはじめてなんだ」


 そう言って美女エルフが顔を赤らめる。


「ど、どうだろう。私の感謝の気持ち、伝わったかな?」


 ラエルノアにキスされたみたい。


 普通ならこんな状況、男が妄想する最高のシチュエーションであるはず。


 だけどミーナがすぐ後ろにいる状況では止めてほしかった。


 彼女の殺気が俺の背中をグサグサ刺してくる。


 なんでララノアとラエルノアはこれに気付かないの?


 もしかして、俺の勘違い?



 恐る恐る後ろを見てみる。


「トールはエルフにもモテるんだニャ。美人姉妹エルフに誘われたら、鼻の下が伸びちゃうのも仕方ないニャ。トールが愉しそうで、なによりだニャ」


 勘違いじゃなかった。

 すっごい怒ってた。


 ミーナの目がギンっと見開き、毛が逆立っている。


 めっちゃ怖い。


 思わずラエルノアの肩を持って、少し強引に突き放してしまった。 


「ラエルノア、感謝の気持ちは受け取った。たまたま戦う力を得ることができたから、俺はやるべきことをやっただけ。世界樹からも十分な報酬を受け取ってる。だからこれ以上はもう本当に大丈夫」


「お前が十分って言っても、私たちはまだ感謝しきれてない!」


「そうですよ。世界樹様からトールさんたちをもてなすように言われていますし、私たちの家に来て、是非もてなされてください!」


 もてなされろって、はじめて言われた。


 お願いだから諦めてほしい。


「ふたりとも、本当に申し訳ないけど」


「いいんじゃないかニャ。美女エルフ姉妹の家に招かれるなんて、男としては最高のシチュエーションだニャ。別に断らなくて良いニャ」


 ミーナが拗ねてる。


 きっと感情が抑えられなくて、全く意図してないことを口走ってるんだ。


 だけどエルフ姉妹はミーナの言葉をそのまま受け止めた。


「ミーナさんもこう言ってることですし」


「トール、こっちだ。今日は私が手料理を振舞ってやる」


「お姉ちゃんが作るご飯、とても美味しいんですよ! 私もご飯作るのお手伝いします。楽しみにしててくださいね!!」


 そう言いながらララノアが俺の手を引いていく。


「お、おい」


「ミーナさんも、こちらへ」

「はいニャ」


 本気で断るべきか悩んだが、ミーナもラエルノアに促されてついてきていたので躊躇してしまった。



 ……よし、ご飯だけご馳走になろう。


 ご飯を食べたら、ミーナと宿に泊まりに行けばいいんだ。

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