第54話 最強の杖、完成


「約30人で方々駆け巡ったけど、何の情報もなかったと」


「ほんとにちゃんと、情報収集したのかニャ?」


 地面に膝をついて座る冒険者たち。ちなみにギルドマスターも最前列に座っている。そんな彼らに、ミーナの冷たい声が突き刺さる。


「ほ、ほんとです! この国の端にある村まで聞き込みに行きました」


「俺はガレアスまで行きました」

 

「お、俺はラケイルまで!」


「それでも、勇者や魔族を見たってヒトはいませんでした!!」


 この短期間じゃ、今いるザハルから行けるのはガレアスと魔導都市ラケイルぐらいが限界か。


 どっちも俺とミーナが直接行っているんだよなー。もう少し遠方の情報が集まるのを期待したが、情報網が発達していないこの世界じゃこんなもんか。


「俺たちなりに頑張ったんです」


 ボロボロの格好で、今日ここに戻ってきたばかりの冒険者もいるから、頑張ってくれたんだというのは良く分かった。


「……わかりました。では、これで調査は終了にしましょう」


 引き続き無茶な命令が下されるとでも思っていたのか、俺の言葉を聞いた冒険者たちは安堵の声を漏らしていた。


「マスターさん、今回の報酬です」


「えっ、こ、こんなに!? ていうか、報酬くれるんですか?」


 脅してタダ働きさせるとでも思っていたのだろうか。さすがにそんなことしない。冒険者たちだって必死に生活してるんだから。


「そのお金はあなたから、今回動いてくれた冒険者さんたちに分配してください。それからもし今後、勇者や魔族に関する有益な情報を提供してくれたら、今お渡しした額の倍をお支払いします」


「ま、まじっすか」


 マジです。ミーナの鎧に半分使ったが、奴隷商が溜めてた資金はまだまだ残っている。それにガレアスでコロッセオの統治をしているグレイグに頼めば、追加の資金提供もしてもらえるだろう。


「これからもよろしくお願いします」


「御意!!」



 ──***──


「ウチらが行ったことある国までしか情報取ってこなかったのに、あんなにお金支払っちゃってよかったのかニャ?」


「良いんだよ。ガレアスにはグレイグがいる。エルフの王国ミスティナスの情報は世界樹が教えてくれる。今回ので、ここザハルにも俺たちへの情報提供者を確保することができた。ここの冒険者は魔導都市ラケイルの情報もとって来てくれるから、凄く助かるんだ」


 情報網の構築って、とても重要だからね。


「そーゆーもんかニャ」


「そーゆーもん。ところで、そろそろじゃないかな。俺たちの装備ができるの」


 シャルロビさんとガロンヌさんにお願いしている俺の杖製作とミーナの鎧強化。どちらも完成予定日は今日だと言われていた。


「あっ、そうニャ! 早く取りに行こうニャ!!」


「この時間に完成してるとは限らないだろ」


「でもでも、鎧がウチを呼んでる気がするニャ!」


 ミーナが俺の手を引っ張る。テンションが上がって我慢できなくなり、そわそわしてる彼女も可愛い。


「わかったわかった。行くから、俺も楽しみだから」


 実は俺も凄く楽しみにしている。この世界最高レア度と言われるアイテムを惜しみなく使った最強の杖。どんな出来なんだろうか。


 期待に胸を躍らせながら、俺はミーナと共にシャルロビさんの工房に向かった。



 ──***──


「こんにちわー」


「ウチらの装備、できたかニャ!?」


「おー、ちょうど良い所に。今最終調整してるんです」


 ガロンヌさんが机の上に杖を置いた。それは図面で見た形状で、いかにも魔法使いっぽくて、すごくかっこいい。


 ただ竜の瞳がどこにも見当たらなかった。魔族の角も。ふたつとも細かく砕いて杖の中に埋め込んだりしてるのかな?


「さぁ、師匠」

「うむ」


 シャルロビさんが杖に手をかざす。


「では、ゆくぞ」


 杖の下に描かれた魔法陣が光だし──




 バンっ! という音をたて、杖が粉々に砕け散った。



「…………え」



 バラバラになった破片を見て、頭が真っ白になる。


 な、なんで? 


 俺の杖が、なんで?


 世界樹の枝と、竜の瞳。それから水魔法を使う魔族の角。貴重なアイテムを投資して時間をかけて作ってもらった杖が、俺の目の前で砕けた。


 あまりの衝撃に力が抜け、膝から崩れ落ちた。



「す、すまねぇ。トールさん」


「あっ。いえ。だだ、だいじょうぶ、です」


 全然大丈夫じゃない。すごく楽しみにしていた分、絶望が大きい。


 いや、たぶん素材は何とかなる。また全部集めればいいんだ。魔族はまだ11体もいる。水の魔族が現れるまで狩り続ければいい。世界樹の枝も貰えるだろう。


 竜の瞳も製法が分かっているので、素材を取りに行けばきっとガロンヌさんが作ってくれる。問題なのは、職人最後の作品にしようと頑張ってくれたシャルロビさん。彼にもう一度杖の製作をお願いできるかどうかということ。


 彼の協力がなければ、俺の杖はできないらしい。



「…トー……。トールさん!」


「はっ、はい」


 あまりの衝撃で、ボーっとしてしまっていた。


「いや、申し訳ない。ほんの冗談のつもりだったんじゃ」


「じょ、冗談?」


 えっ、何がですか?


「お主には以前、儂の最高の杖を破壊されたからな。当時も別に怒りは感じておらんかったが、少しだけ仕返しがしたかったのじゃ。本当にすまなかった」


「あ、あの……。どういうことでしょうか?」


「こっちに来なさい」


 言われるがまま、シャルロビさんの後をついていく。




 工房裏の、魔法を試せるスペースにやって来た。


「こ、これは」


 そこには地面から浮いて直立する神々しい1本の杖があった。


 いかにも魔法使いの杖って感じに先が丸まった木の杖。丸まった木の中心には、竜の瞳がなんの支えもなしに浮いている。


 持ち手の部分には設計図通りの美しく、それでいて把持性を損ねない装飾が施されていた。


「すげぇだろ。自然に浮かぶ杖なんぞ見たことねぇ」


「実は歴代最強の賢者の杖が、このように自立して宙に浮かんだという伝承があるのじゃ。まさか世界樹の枝と竜の瞳の組み合わせでこのような現象が起こるとはな」


 さっき砕け散った杖は、俺のモノではなかったということ?


 目の前に浮かんでいる杖が、俺のものってことで良いんですか?


「先ほどの杖はトールさんを驚かせたくて、わざと砕けるように細工を施したやつです。まさか膝から崩れ落ちるほどショックを受けるなんて思わなかった」


「そ、そう言うことでしたか。安心しました。また水魔法を使う魔族の角を手に入れるために、魔族狩りを決行しようとか考えてました」


「普通は魔族を倒すために強い杖をつくるんだけどニャ」


「目的と手段が逆なんじゃよ……」


「ま、まぁ。こちらが正真正銘、トールさんの杖です。手に取ってみてください」


 ガロンヌさんにそう言われ、杖に手を伸ばす。


 僅かだが、杖の方が俺の手に飛び込んできた気がする。


 杖に手が触れた瞬間。

 大量の魔力が奪われた。


 それと同時に、まるで何年も持ち続けて来たかのように、杖が手に馴染んだ。


 すごく持ちやすい。


「し、師匠! 今の、見ました!?」


「あぁ。儂らの作った杖が、主を定めた」


 ガロンヌさんが大粒の涙を流して歓喜している。シャルロビさんも泣きそうな表情だった。


「魔具師をやっていて、これほど幸せな瞬間はねぇです」


「どういうことですか?」


「伝説の賢者様の杖は、その生涯で賢者様ただ一人を主と定め、それ以外のヒトに使われるのを拒んだという」


「賢者様が杖と離れて危機に陥った時、杖がひとりでに飛んで賢者様の手に収まったって逸話があるんです。ただの伝説かと思ってた。でも俺が。俺と師匠が作った杖が今、確かにトールさんの手に飛び込んでいった」


「杖を作り続けて50年。主を自ら決める杖を作れたのは、これが初めてじゃ。トールさん。儂らにこれほど貴重な機会をくれたこと、心から感謝します」


 そんなに凄いことなんだ。


 確かにコイツがいてくれれば、なんだってできる気がする。


 持っているだけで全能感に浸ってしまう。



「……でも、ここじゃ試せないな」


 なんとなく分かる。

 この場で魔法は使えないと。


 杖も乗り気じゃないようだ。

 俺もそう思う。


 初めての杖を用いた魔法は、相応しい場所で使いたい。

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