第45話 反省


「あ、あの……、ミーナさん。本当に申し訳ありませんでした」


 俺は今、ミーナに向かって全力で土下座している。


「別に。ウチは怒ってないニャ」


 こっちを見てくれない。

 絶対に怒ってる。


「ウチが寝てる間に世界樹に召喚されて魔族を倒してきた英雄様に対して、役立たずの猫獣人が怒るなんてありえないニャ」


 ものすごく言葉に棘がある。


 ミーナが起きた時、俺は隣にいた。

 そこまでは良かった。


 でもベッドのサイドテーブルに置かれたエリクサーと世界樹の枝にミーナが気づき、俺が意気揚々と魔族を倒した報酬に世界樹から貰ったと説明した途端、彼女の態度が急変した。


「お、俺はミーナを起こしたくなくて……」


「あぁ。ウチのこと想ってしてくれたのかニャ。それはそれは。なおさらウチがトールを怒るなんでダメだニャ。でも知ってるかニャ? 魔族って、この世界ではものすごく強い存在ニャ。1体の魔族に国が滅ぼされることなんてざらにあるニャ」


 ミーナに肩を掴まれ、少し乱暴に顔を上げさせられた。


 彼女の目には大粒の涙があふれていた。


「魔族とひとりで戦うなんて、なに考えてるニャ? そんなことして、もしトールが大怪我したらどうするニャ。帰ってこれなくなったらどうするつもりだったニャ。朝起きてトールがいなかったらウチは。トールが帰ってこなかったら、ウチがどう思うか考えたのかニャ?」


 申し訳なさでいっぱいになる。


 俺は魔族であっても倒せるだろうという自信があったから、単身ミスティナスに向かったんだ。その過信がミーナを不安にさせてしまった。


「ウチは魔族に比べたら弱いニャ。トールの足手まといになるかもしれないニャ。ウチが捕まって、人質にされたらトールに迷惑をかけちゃうかもっていうのも理解してるニャ。で、でも……。なんにも言わずにいなくなるなんて、ひどすぎるニャ」


「ごめん。ほんとうに、ごめんなさい」


 ミーナを力いっぱい抱きしめた。


「これからは絶対にミーナに声をかけるようにする」


「できれば、ウチも連れて行って欲しいニャ」


 それは少し悩んでしまう。


 今回は敵が油断していたから圧勝できた。もしミーナを連れて行けば、敵の警戒度も上がるだろう。彼女自身が言うように、ミーナが狙われる可能性もある。


 彼女が人質にされたら。

 きっと俺はなにもできなくなる。


「ウチ、今よりもっと強くなるニャ。自分の身は自分で守れるぐらいになるニャ。それから強い装備を身に着けて、魔族の一撃ぐらい耐えられるようになってみせるニャ。だから、お願いニャ。ウチを、置いていかないでほしいニャ」


 ミーナの涙で俺の肩が濡れている。こんなに涙を流す彼女は初めてだった。俺がミーナに絶対傷付いてほしくないのと同じように、彼女も俺が怪我をしたら不安になるんだ。俺たち、互いに依存しすぎてるな。


「……わかった。これからはミーナも連れていく。それで、何があっても俺が守るよ。何があっても守れるようになる。ミーナの身を守る装備も手に入れよう」


 敵から距離を置いて戦う魔法使いの俺より、近接戦闘タイプのミーナの方が怪我をしやすい。彼女のための最強の防具を探そう。


「うん。ウチ、絶対ついてくからニャ」


 この日、ミーナは俺から離れようとしなかった。



 ──***──


 3日後。


「トールの杖用アイテムもいっぱい手に入ったし、ウチの装備も揃ったニャ。そろそろ魔導都市に向けて出発するニャ!」


 真新しい漆黒の鎧に身を包み、ミーナが出発を宣言した。


 俺が買ってあげた鎧がたいそう気に入っている様子でテンションが高い。彼女が身に纏うのは、この街で最高クラスの防御力を誇る鎧だ。


「ほらほらトール。早く行くニャ!!」


 お前の発情期に付き合ってたから、この街で足止めくらってたんだろーが! 


 ──って思うが、口には出さない。体力がヤバくて何度か死の危機を感じたが、俺も気持ち良かったことは間違いない。できればもうだけ少し加減してほしい。



「えへへ。トールがカッコイイ杖持ってる姿も楽しみだけど、ウチの鎧に防御強化魔法がかけられて完成するのも楽しみニャ」


「そうだな」

 

 この世界の鎧は魔具師が防御力強化の魔法をかけることで真価を発揮する。鎧のベースとなる素材も重要だが、強い魔物や魔族の攻撃から身を守るには防御力強化魔法が必要なんだ。


 ミーナの鎧は黒鉄という魔力を蓄積しやすい鉱石をベースに、火竜の皮などで可動部を繋いでいる。奴隷商人の所から頂いてきた資金のおよそ半分を費やして購入した超一級品。非常に高い買い物だったが、防具屋でミーナがこの鎧に一目ぼれしてしまい、ものすごく欲しそうにしていたので購入することにした。


 魔導都市ラケイル。そこには杖を作る職人だけなく、鎧に防御強化魔法をかける凄腕の魔導士もいるという。俺たちはそこで戦力を強化をする。


 魔族を倒せる力を望んでいるわけじゃない。


 魔族を圧倒できる力が欲しいんだ。

 

 敵に何もさせない魔法発動速度。敵の防御力を無視できるほどの攻撃力。そして敵に攻撃されても物ともしない絶対的な防御力。


 一度は出戻りすることになったが、魔族と戦うための力を得るため、俺とミーナは魔導都市に向けて再出発した。

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