第10話 水の研究者
「俺は研究機関に移されるとして、ミーナは? 君はどうなるんだ?」
ひとりで喜んでいたが、俺の顔を優しい顔で見つめてくれている彼女が今後どうなるのか気になった。
「ウチは魔法なんて使えないから、普通に明日戦って死ぬだけニャ」
「そ、そんな……。そうだ! 俺の通訳ってことにしたら、俺と一緒にココを出られるんじゃないか!?」
「国の研究機関にはトールたちの言葉を通訳できる人族もいるニャ。そもそもウチは
ミーナはそう言いながら、俺の手をギュッと握りながら涙を流した。
彼女を確実に殺すため、折檻で身動きが取れなくなった俺とペアになるようしていることも、俺の興行師への殺意を強める要因となった。
「でもウチ、後悔とかはしてないニャ。こうして奴隷になったから、異世界人のトールの助けになることができたニャ。ウチの命を助けてくれた人は、いつか困っている異世界人がいたら手を貸してあげて欲しいって言ってたから、その約束を果たせて満足だニャ」
「ミーナ……」
「なんニャ、まさか残ってウチと一緒に戦うなんていわんよニャ? 正直まだ動けないトールは足手まといだから、組まされる相手がトールじゃなくなった方がウチの生き残る確率は上がるニャ。だから絶対、馬鹿なことは考えちゃダメニャ」
馬鹿なことか。
めっちゃ考えてた。
何とか明日までに水魔法を強化して、彼女と一緒に生き残るって道を全力で模索しようとしていた。
「なぁ、魔法ってどのくらい使えるのかな?」
「それは人によるから分からんニャ。そもそもウチは魔法使えないから、素質があるかどうかの確認手段くらいしか知らないニャ。だから詠唱も基本魔法の4つしか分からないニャ」
「おっけー。ありがと」
明日までに自力で何とかしなきゃいけないってことだ。
検証しなければならないのは、俺がどの程度の水を出せるか。それをどのように動かすことができるか。
強くイメージする。
自らの手から、大量の水を出す俺の姿を。
「
「トール、なにやってるにゃ!? そんな何度も使って、明日使えなくなっちゃったらどうするニャ!」
「これは俺の感覚なんだけど、まだ使っても大丈夫な気がするんだ」
マラソンしていて、自分の体力の残りがなんとなく分かるような感じ。あと何度か使っても問題ないような感覚だった。
「それより、俺の手のひらの水はどう? さっきより水は増えた?」
「えっと……。そんなに多くはなってないニャ」
「そうか」
とすると、魔力を水に変えるタイプじゃないってことか。空気中から集めるタイプなのか? 手のひらから炎を出せる魔法使いはいるのに、水だけその方式ってありえるのか? ……まぁでも、試してみるか。
元の世界にいた頃、俺は水魔法を使う妄想をすたくさんしてきた。その際に様々な形態の魔法を想定していたんだ。
体内にある魔力を水に変換して体外へ打ち出すタイプ。あらかじめ魔力を込めた水を操るタイプ。そして空気中の水分を集めて操作するタイプなどだ。
僅かだけど手のひらに水を出せるけど、それほどたくさん出せないことから最後のがこの世界の水魔法なのだと仮定する。
「そうなると、必要なのは集める空間のイメージと理解か」
「トール、どうかしたのかニャ?」
「俺はさっき、どのくらいの空間から水を集めるのかほとんど考えずに魔法の詠唱をした。自分の中から水が出ていくイメージだったんだ」
次はしっかり計算してから魔法を使おう。
この世界の気温はそれほど暑くも寒くもない。だいたい25℃ってとこか。となると飽和水蒸気量は概ね3,170Paだな。ちょっと乾燥気味だから、湿度は30%くらい。元居た世界の大気圧とこの世界が同じくらいかは調べようがないから今は101,325 Pa ってことにしとこう。
大気の水蒸気圧は3,170Pa×30%で951Pa。分圧の法則から水蒸気の容量パーセントは100 × 951 / 101325 で約0.94Vol%ってなる。空気1,000ℓに含まれる水分量は気温 25℃の時のモル体積 24.465L / molと、水の分子量 18 g / molから18 × 0.0094 × 1000 / 24.465 を計算して──
約6.91gか。
縦横高さが1mの空間から、水はだいたい7gしか得られない。空間から水を得るってかなり厳しいってことが改めて良く分かる。
「でも、これが俺の魔法なんだよな」
得られる水が計算できたなら、あとやることは明白だ。
もっと広範囲から水を集めるイメージで魔法を行使すればいい。この世界の魔法がイメージで効果が変わるモノかは分からないが、魔法の影響範囲の指定などが詠唱に含まれないのであれば、考えられるのは魔法のイメージでそれを補っているという可能性が高い。
500㎖のペットボトル一本分。つまり500gの水を集めてみよう。
空間としては、だいたい70㎥かな。この牢屋内部すべてと牢屋前の通路、それから別の奴隷たちがいる牢屋の中も対象に。まだ少し足りないけど、今の俺が把握できる空間はこれくらい。一回やってみるか。
「ふぅー。いくぞ、
「な、なんニャ!? トールの手から水がいっぱい出てきたニャ!」
成功だ。思っていたより少なくなかったのは指定範囲が狭かったのと、この場所の湿度が想定より低かったからだろう。それでも実験は成功だ。この世界の魔法使いが水魔法を使えないというのは、水を集めるための指定範囲が狭すぎたんだ。
「トール。すごいニャ! こ、こんなに水を出せるなんて。これならトールは絶対に奴隷から解放されるニャ。おめでとニャ」
ミーナは浮かれている。
でも俺としては水魔法の初歩中の初歩を確立しただけ。こんなので満足はしていられない。俺が集めた水はそのまま牢屋の地面へと吸い込まれていったのだから。これでは攻撃なんかできやしない。
ミーナと一緒にこの地獄から脱出するため、水魔法を攻撃ができるレベルまで昇華させる必要があるんだ。
「なぁ、ミーナ。この世界の言葉で、動詞と形容詞をいくつか教えてくれないか?」
水の知識なら、今この世界にいる人々には負けない自信がある。そんな俺に水魔法の適性があったんだ。俺が戦闘に使えないと言われた水魔法を使いこなしてやる。
俺がこの世界の常識を変えてみせる!
水魔法こそが最強だってな!!
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