第8話 相牢の獣人


 どうやら気を失っていたらしい。


 身体を少しでも動かすと全身に激痛が走るので、できるだけ顔を動かさないようにして目だけで周囲の様子を確認する。


 俺が目を覚ましたそこは牢屋の中だった。


 体中が燃えるように痛い。興行師から拷問のような酷い折檻を受けたが、俺はまだ生きていた。


 一応、手足の切断とかはされていないようだ。死ぬほど痛いが、自らの意志で全ての四肢が動かせることを確認する。それだけが今の俺にとって唯一の救いだった。


 この世界に手足の欠損を治せるような魔法や薬があるのかなんて分からない。手足を失えば、ただでさえ神からスキルを貰えなかった俺は更に役立たずになってしまう。


 俺には一緒にこちらの世界に召喚された高校生たちを元の世界に還してやらなければならないという使命がある。そして新たな目標もできた。コロッセオを脱出できたら、この手で興行師を殺すというものだ。


「……あいつは、絶対ころしてやる」


האם הו?起きた?


 牢屋の外ではなく、中から声がした。


 影が俺の顔の上に覆いかぶさる。頭部に猫耳を生やした銀髪の女性が俺の顔を覗き込んでいた。彼女は獣人族ってやつなのだろう。


「あ、あなたは?」


 体中が痛すぎて身を起こせないので、寝た状態のまま問いかける。聞いてみたけど、どうせ通じないんだろうな。


「やっぱリ、アンタ異世界人かニャ」

「はい、そうですが──って、え?」


 俺は今、彼女の言葉が理解できたのか?


「ウチに感謝すルニャ。死にかケのアンタを助けてヤったんだからニャ」


 少しイントネーションがおかしい部分もあるが、俺は確かに彼女が話している内容が分かった。ま、まさか今更、言語が理解できるようになったのか!?


「黙ってなイでなにか言えニャ! ウチの言葉、通じテないのかニャ?」


「す、すみません。もしかしてあなた、俺たちの言葉を話せるのですか?」


「こレだけ話してタら理解しろニャ」


 ちょっと怒った表情をしながらも、彼女は俺の腕に巻かれた包帯を巻き直し始めてくれた。今更だが、俺の手足には全て包帯が巻かれていることに気付く。


「これ、全部あなたが?」

「そうニャ」


 奴隷として売られた時、怪我していた足に浸けろと言われた白い薬品のようなものが付いた包帯を、獣人の女性が俺の手足に巻いていってくれた。

 

 少しでも動かされると痛い。呻き声を上げてしまうと、彼女は申し訳なさそうな顔をしながらも作業を続ける。


「我慢すルニャ。こレを巻いてオけば、傷が悪化しないニャ」


「ありがとう、ございます」


「……ふん。礼なんテ、奴隷にナって初めていわれたニャ」


 この獣人女性も奴隷なのか。


 よく見れば彼女の身体には、いくつもの小さな傷があった。俺と同じように、剣闘士なのだろうか? しかし俺が初戦の前にいた牢屋のそばに、彼女はいなかった。


 この獣人女性はかなり良い体つきをしている。俺基準だが顔もかなり可愛い。てことはプロ剣闘士の相手をさせられる奴隷ではなく、愛玩具や性処理用の奴隷なのではないだろうか。


 奴隷に支給されるボロボロの衣類ではその艶めかしい身体を隠しきれず、俺の身体が全快だったら襲いたくなってしまうほど色っぽかった。


「アンタ、目つきイヤらしいニャ。ちなみにウチは、売らレた先で主人の股間を潰して逃げようとシたから、罰としてココに堕とさレたニャ。ウチに手を出すつもリなラ、それなリの覚悟をすルことニャ」


 そう言って彼女は鋭利な爪を俺の目の前に突き出してきた。


「すみません! い、命の恩人を襲うなんて、絶対しません!!」


「わかレばいいニャ」


 こ、こえぇぇえええ!


 語尾は“ニャ”でほんわかするほど可愛いのに、さっきの脅しはマジでヤバかった。


「ところで、明日は戦えそウかニャ?」

「あ、明日?」


 なんだかとても嫌な予感がする。


「明日は“集団戦”がアるニャ。ウチら奴隷剣闘士30人を騎馬隊が狩りするニャ。ちなみに囚人が逃げ回ると観客が楽しめないカラって、囚人たちハふたり一組で繋がれた状態にさせられるニャ」


「……もしかして、俺は貴女と?」

「そうニャ」


 彼女はどこか諦めた顔をしていた。


 それもそうだろう。こんなボロボロの男に何が期待できるというのだろうか。俺だってできることなら命の恩人である彼女のために頑張りたい。


 でも今の俺じゃ無理なんだ。戦うどころか、明日までに立てるようになるかすら怪しい。


 自分が情けなくて、少し涙が出た。


「ごめんなさい」

「謝らなくテ良いニャ。アンタが悪いわけジャないニャ」


 そう言いながら彼女は俺の顔に付いた汚れを濡れた布でふき取ってくれた。こうやってずっと俺のことを看病してくれていたのだと思う。


「まぁ、明日はウチがアンタを担いで、できるダケ逃げ延びてやるニャ。力尽きた時は、悪いケド一緒に死んでニャ。こうして最期、異世界人と話せてウチは満足ニャ」


「あっ。俺、関谷せきや とおると言います。勇者召喚に巻き込まれてこっちの世界に来ました」


 命を預ける仲間なのだから、自己紹介くらいはしておこうと思った。


「トール? アンタ、トールって名前かニャ。ウチはミーナ。ミーナ・ギャレットって言うニャ。異世界人に命を助けてもラったことがあって、その時にトールたちの言葉を教わったニャ」


「そうなんですね」


 俺の名前はとおるだが、ミーナにとってはトールの方が呼びやすそうなので、それで良いことにした。


「トールたちの言葉は久しぶリに話したかラ、ちょっとぎこちないニャ。できれば明日までに、いっぱい話ししたいニャ」


「はい。俺はこの状態から動けませんし、話していると痛みが少し楽になります。だからたくさん話しましょう」


 やっぱり、言葉が通じるって素晴らしい。


 奴隷になってからは絶望の連続だったが、言葉が通じる仲間がいるというだけで、こんなにも心が軽くなるなんて。


 この世界のことをたくさん知りたい。


 そして明日を生き延びることを絶望しているミーナのためにも、集団戦を生き延びるヒントを探さなくては。

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