第23話 春の訪れともに
春になってすぐ緑羅は動いた。
水都がいなくなってから、冷静を装いながら、内心ひどく焦っていた。
勝から、それ程酷い扱いは受けていないように見えたとは聞いていた。それを信用していないわけでは無い。
もしかしたら、獅子将も水都を見初め大切にしているのかもしれない。だが、それを許せる気持ちにはなれなかった。
水都が自分以外の男の元にいることがとにかく嫌なのだ。
佐の国の向こう側に行くだけなら、商人でも装い通り抜けることは可能だ。
しかし、どう考えても、簡単に返してもらえるとは思えない。
だからこそ、獅子将と一戦交える覚悟がいる。それに勝ち、獅子将の元から水都を奪い返す。
そのためには、間に挟まっている佐の国と同盟を結ぶか、滅ぼすかのどちらかが、どうしても必要だった。
緑羅は勝に佐の国と同盟を結ぶための交渉を任せた。併せて、持っている兵力の大部分を元義の国の都に南下させ、緑羅もその城に移動した。
勝が佐の国に向かってから、もう、だいぶ日にちが経つ。
普段なら、一週間もあれば交渉を纏めあげて戻って来るはずだ。
それが、ほぼ半月。佐の国お得意の「先延ばし」を食らっているのかもしれない。
緑羅は焦れた。
「佐の国に向かうぞ」
勝の代わりに緑羅の傍に控えていた者に言う。
「わかりました。準備させます」
普段、勝がいない時、緑羅の傍にいるのは冬雅だが、冬雅は緑羅がこの城に出発する前に、羅の国の城へ戻していた。
このところ、緑羅の父の精神状態は更に酷くなり、傍に行けるのは緑羅か古くから共にいる冬雅のみとなっていた。自ら地下牢に立て篭もり、食事でさえも緑羅か冬雅からしか受け取らない。
「瑠の字を継ぐ娘を殺せ」
それ以外の言葉を発することもない。
逆に言えば…。これほど狂ってしまっても、その執着からは逃れられないのか。
緑羅はその姿に恐怖を感じていた。
地下牢には伊の国の王女もいる。
その場で処刑しても良かったと思うが、なんとなく時機を逃してしまい、そのままとなっている。
一度だけ話したが、水都の無事を確認されただけだった。
軽く事情を話したが、
「そうですか」
と深く溜息を吐いた後、何も言わなくなってしまった。
伊奈を取り巻く状況は人の事を心配出来るようなものでは無いはずだ。その中で、自分のこと以上に水都を気にする様子に緑羅は更に時機を見失うことになってしまった。
冬雅にその二人を託し、緑羅は義の国に向かった。
早く水都を連れ羅の国に戻り、この気持ちを伝え、妻として傍に置いておきたい。
緑羅はジリジリとした焦りを感じつつ、それでも努めて冷静に振舞っていた。
冬の間、麗夜は瑠優と穏やかな日々を過ごした。このまま時が止まればいいのにと思うほどの幸せな日々だったが、そんな願いが叶うわけももなく春は訪れる。
春になったら動くだろうと考えていたが、その動きは、静夜より羅の国の方が早かった。
「佐の国からの早馬が来ました」
と大毅の使いが麗夜に伝える。この時期に佐の国からの早馬となれば用件は一つしかない。
「わかった。紅、雄毅、行くぞ」
麗夜は紅、雄毅と共に大毅の屋敷に向かう。
佐の国の使者は、麗夜を見るとひれ伏し、羅の国が同盟を結ぶか戦うかの二択を迫ってきたことを話し出した。
「検討を重ねていたのですが、業を煮やしたのか突然大軍を率いて攻めて来ました。何とかお力を貸していただきたく……」
いつものように、先延ばしにしようと思ったら上手くいかなかったということか。
しかし、羅の国に焦りを感じる。紅も不思議そうに首を捻る。
「羅の国は攻められなければ戦わない印象があったんですが」
佐の国もそう考えていたらしく、先延ばしでなんとかなると思っていたようだ。
相手が羅の国であれば戦う以外の選択肢を選ぶつもりもない麗夜は、使者の頭を上げさせ力を貸す約束をする。大毅も頷き傍に控えていた者に出陣の準備を伝える。
「使者殿、早速出陣の準備をし整い次第出陣しよう。使者殿はその日までここで身体を休め、佐の国までの案内をお願いしたい」
使者は改めて礼を言い、大毅の従者に従って部屋を出て行った。
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