第20話 新月の会議
毒矢の影響か、それとも大きな力を使ったせいか、瑠優の体調はあれからも良くなったとは言えない状況が続いた。それでも、少しずつではあるが穏やかな表情を浮かべることも増えてきた。
麗夜はそんな瑠優を常に腕の中に置く。
瑠優が安心する様子を見せることも確かに一つの理由ではあるが、それよりも麗夜自身に「目を離すと消えてしまうのでは」という不安があった。腕の中に置いておけばその不安を感じずに済む。それが片時も手放せない大きな理由だった。
瑠優はある程度体調が回復したところで、麗夜に剣の稽古をつけて欲しいと頼んできた。
麗夜は瑠優を戦場に出すつもりなど無く、果たしてそれが必要なのか?と迷ったが、相手をしてみると驚く程に強かった。
麗夜は不思議に思う。
瑠優の剣は確かに貴都の太刀筋。しかし、多分、貴都からの手ほどきは受けてない。微妙に違うのだ。
「だって、ずっと見ていましたから」
不思議に耐えきれず、思わず聞くと、瑠優から耳を疑うような答えが返ってきた。麗夜のその表情から、自分が言ったことの不自然を察したのか、慌てて付け足す。
「あと、呉覇からも教えてもらっていましたし…」
他にすることがなく退屈だったようで、雄毅の頼みであった剣の相手もするようになった。
「強いですね」
その様子を見て、紅は感心したように言う。
肩で息をしている雄毅に対し、瑠優は特別な表情を浮かべず、息も乱していない。
「もう一回!」
負けて悔しかったのか、雄毅が言うと横から、
「次は俺だな。お前は少し休んでろよ」
としばらく振りの声が聞こえた。
「
雄毅は嬉しそうにその名を呼ぶ。大毅の後ろには
「麗夜様、ただいま到着しました」
大毅を筆頭に揃って麗夜に深々と頭を下げる。
「ああ。疲れただろう。部屋で休んではどうだ?」
麗夜は言うが、それには答えず大毅は瑠優の方を向く。
「というわけで、次は俺と手合わせ願えるか。呉覇組の水都殿」
瑠優が了解を求めるように麗夜を見るので、仕方なく頷いた。すると穏やかな笑顔を浮かべ、
「わかりました。どうぞ」
と返事をする。
大毅と瑠優は打ち合いを始める。大毅は雄毅よりも強いはずだが、相手になっていない。
「そろそろいいか?」
ある程度、時間が経ったところで、麗夜は瑠優を止める。
瑠優は全く息も乱しておらず、まだ戦えるような顔をしており、しかも止められたことにやや不満顔だが、雄毅も大毅も更に後から加わった統毅や礼嘉までもが肩で息をしている。
「夜の国最高の文官」と言われた周威だけは、その中に入らず、ただ、瑠優の強さに感心していたが。
どちらにしても、そろそろ止めないと。
「皆いつもの部屋に。俺は後から行く」
そう言うと、麗夜は瑠優を抱き上げ、今となっては二人の部屋となったそこに向かう。
「麗夜…歩けます…」
少し困ったように瑠優は言う。
「知ってる。嫌か?」
片時も離れたくない麗夜にとっては「嫌」と答えられても降ろす気は無いのだが。
「嫌…ではないですけど…少し恥ずかしいです」
怒ったように麗夜を見つめ、目が合うと、ぷいっと目を逸らす。その仕草が可愛らしく思わず笑ってしまう。
部屋に着くと麗夜は瑠優を座らせる。頭を撫でてから唇を寄せる。
「少し待っててくれ。すぐ戻る」
「はい…」
「呉覇組の水都が女だったって事も確かに驚いたが、なんなんだ、あの麗夜は!ベタ惚れじゃないか!」
大毅が驚くのも無理はない。何度も見た光景とは言え、雄毅も未だに信じられない。
「悪いか?」
普段通りの様子で麗夜が部屋に入ってくる。先程の甘い雰囲気は微塵も感じさせない。
麗夜はいつも通りの場所に座り、
「始めようか」
と声をかけた。
領地の状況、周辺の国の状況などをそれぞれが報告する。夜の国にいた頃から麗夜に付き従っていた四人は必要なことを過不足なく報告していく。
「ああ、そう言えば」
礼嘉が思い出したように。
「五日ほど前でしょうか。夜の国の使いってのが来ました。麗夜の行方を聞かれたので、知らないというのも不自然かと思い、義の国の件だけは話しましたが…急にどうしたんですかね」
礼嘉の領地はこの中では一番西にあり、今の所、唯一他国と隣接していない。
だいぶ近づいてきたという感じか。
「本当に探してるんだな」
雄毅が言う。
麗夜は手短に状況を報告する。どうやら都を移すつもりらしいことも含めて。
雄毅を含め、この五人が何故麗夜に付き従っているのか、と言えば、それは「静夜に嫌われていたから」に他ならない。嫌われた理由はそれぞれだが、麗夜と共に激戦の戦場に放り出される程度には嫌われていた。ちなみに麗夜に与えられた兵士達も同様だ。
そんな彼らだから、静夜の急な心変わりを喜ばしく思う筈がない。場の空気が一気に不穏になった。
「礼嘉の所に都を置くとか言うんじゃないか」
「いや、それは無いでしょうね」
紅は冷静に答える。
「今の都を移る理由がどうやら『国が広がりすぎて領地の東端が離れすぎたから』という至極真っ当な理由のようですので、もう少し西に置くと思いますよ。礼嘉の領地だと今度は西端が離れすぎますから」
この情報収集能力はどこから得たものなのか。紅が麗夜の元に来た時には、皆の中に不信感しか無かったはずだが、今となっては紅にそれを感じる者はいない。
麗夜は考える。
伊の国から援助を求められたため、今、麗夜と紅、雄毅は元伊の国とその隣国賀の国の境に潜んでおり、しかも、兵も女官達も統毅の元に返したため、あまりにこじんまりとし過ぎている。
ここで見つかると「戦をする準備すらしていない」ことを咎められるかもしれない。
「大毅の所に行くか、統毅の所に行くか。紅、どう思う?」
麗夜は紅に問う。
「大毅の所に行きましょうか」
紅は少し考えてから答えた。
「佐の国の動きも気になっていたところですし丁度いいかもしれません」
佐の国にしてみれば、羅の国と夜の国に挟まれ肩身の狭いことこの上ない状況、どちらとも積極的に争いを起こすような度量もないと噂されていたが、佐の国は、領土を広げる必要が無いほど豊かな土地だった。もし、羅の国が落としに来るのであれば、黙っている訳にもいかない。
「統毅は今まで通り、理の国を抑えてください」
統毅は頷く。理の国の方は佐と違い好戦的だ。統毅から何度か「落としていいか?」と言われているが、今、勢いがある羅の国と隣接するのを避けるために紅が止めていた。
ちなみに周威の領地も賀の国と接しているが、周威の嫁は賀の国王の娘。いつの間にか同盟が組まれていた。
「賀の国王には長生きしていただかないと。もう伊の国は羅の国になってしまいましたから」
そう、穏やかに話す周威も羅の国を警戒している。
「出発はいつにする?」
雄毅が聞く。
「皆、今日到着したばかりだし、ゆっくり休んでからでもいいが……」
麗夜は気遣うが、統毅が。
「俺はこの後すぐに戻る」
と短く答える。
理の国とは常に一触即発の状況であり、あまり領地を離れられないのだろう。
「何かあったら言ってくれ。すぐに行く」
と麗夜が言うと、統毅は珍しく笑みを浮かべた。
「獅子将がお出ましになるほどの相手でもない。そうだな、水都殿を貸してくれるだけで十分…」
「それは出来ない」
「冗談だ」
統毅は被せ気味の麗夜の回答に何故か満足したらしく、ひらひらと手を振り部屋を出て行った。
残された麗夜を除く全員がことの成り行きを見て生暖かく笑う。
「あー、今回は珍しい物が見られた。ところで麗夜、俺は明日帰るが一緒に出るか?」
本当に愉快そうに大毅が言う。礼嘉も周威も明日帰ると言うので、麗夜達も明日出発することになった。
「では。麗夜は早く戻りたいだろうからお開きってことで。それじゃ、また明日」
そう言うと紅を除き、それぞれが用意された部屋に戻って行く。多分、冷やかしているんだろうが、当の麗夜は全く気にもしておらず、自分も自室に戻るべく部屋を出ようとしたその時だった。
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