【短編】4

「明日も会えますか」

 ベンチの隣に座る”クラゲさん”に僕は問いかけた。

 彼女がこの遊歩道を歩くのは本当に稀なことで、更に僕がそれに遭遇することは奇跡みたいな確率だ。隣町から列車に乗って僕がやってくる間に、彼女はもう帰ってしまっていることだってあっただろう。それでも日付や時間を合わせることをしないのは、僕とクラゲさんが結んだ約束によるものだった。

 クラゲさんはくすりと笑ってベンチを立ち、そのまま日傘を広げて差した。彼女の顔が隠れて見えなくなった。

「どうだろうね」

 日傘の陰からクラゲさんが言う。彼女を見上げていた視線を何気無く海に向けた。きっとクラゲさんも岬に佇むあの灯台を眺めていると考えたからかもしれない。彼女は少し間を置いて「明日は雨が降るみたいだし」と続けた。

 僕は何か言おうとして辞めた。待ち合わせをしないという約束を忘れていたわけでは無かったからだった。

「それじゃあ」

 僕は振り返って、遊歩道を帰っていくクラゲさんの後ろ姿をしばらく見送っていた。

 規則的に敷かれた石畳に彼女の影法師が落ちている。大きな頭の日傘と、ワンピースの裾が触手みたいで、その影がクラゲを連想させて見えるから”クラゲさん”。

 遠退いていく足音はやがて波の音に掻き消されて聞こえなくなった。


 海岸沿いの遊歩道から外れて、階段を行く。

 駅で列車を待ちながら遠くに灯台を望む。空が赤く焦げるに連れて遊歩道の街灯がぽつぽつと点きはじめた。それなのにあの灯台には光が灯らない。取り壊されずに済んでいるのは、灯台としての機能とは別に、他の目的が生まれたからだとクラゲさんが言っていたのを思い出した。

 ふと街の中に浮かび上がるいくつもの光に気が付いた。

 僕はそれらが民家や商店から漏れ出た光だと思っていたけれど、目を凝らせばどうやら間違いらしかった。そして同時に光の正体が、病室一つひとつの窓の光だと分かったとき、僕ははじめてそこに病院があることを知ったのだった。


 すっかり外は暗くなって、列車の窓にはがらんとした車内しか映らなくなっていた。

 僕は鞄からスケッチブックを取り出して、今日描いたクラゲさんの絵のページを開いた。空に浮かんだくじらみたいな形の雲が水平線を越えて海に潜る。雲は本物の鯨となって、その大きな顎でプランクトンを飲み込む。クラゲさんがそれを他人事のように眺めている。約束通り、彼女の目は描いてはいない。

 これは下描きだ。

 まだ書きたいものがたくさんある。

 灯台も、遊歩道も、たんぽぽも、ベンチも、夕焼けも、クラゲさんの眼差しも、鯨が再び雲になり、雨になって降ることも。

 明日は雨がいいと思った。

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詩集、連想 半月 工未 @hangetsu-takumi

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