【短編】2

 画材を詰め込んだ鞄を持って緑の丘を下っていく。

 階段の手すりは夏の日差しで熱くなって、触れたら火傷をしてしまいそうで使わなかった。

 曲がりくねった緩やかな勾配を僕は一歩ずつ進んでいく。 

 眼下にはどこまでも青い海が凪のままに広がっていた。

 僕はあの海を描きに来た。

 タンポポの綿毛みたいに空に浮かんだ白雲が水平線の向こうへ流れていく。そうして見えなくなった雲は、きっと大きなクジラになって深海に潜るのだろう。

 僕はその想像を描きに来た。


 階段を下り切ると、すぐに白い塔が視界に飛び込んでくる。

 かつて灯台として機能していたその塔は、今やそこらに並ぶ街灯とほとんど変わらない。

 先の湿ったマッチ棒が岬に突き刺さっているのを僕は想像した。

 すると途端にその光景を描き出したくなる。

 青い海と空。

 浮かび流れる雲はクジラのように。

 くすぶる灯台をマッチ棒に見立てる。

 この想像を描きに来たのだと僕は錯覚し始めた。


 海岸沿いの遊歩道に設置されたベンチに腰を下ろして、鞄から画材を引っ張り出す。

 スケッチブックの白紙を探す。

 その間にも想像が連なっていく。

 曲がった線路の向こうから顔を出す列車の一両目、二両目。そして三両目。警笛。重たい走行音。ブレーキ。ドアが開くまでの一連の流れ。

 要領はそれに似ている。

 空があれば、そこには雲が浮かんでいる。

 雲はタンポポの綿毛にも、クジラの体躯にも見える。

 クジラは海を泳いで、灯台を目指している。

 座礁してしまわないように。

 

 連想という過程を踏んで、僕の白紙は埋まっていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る