赤き果実の禍根 「駄菓子屋「まつり」」


   ●


外に出て、空を見上げる。

日は少し落ちかけてきているが、まだ明るい。


Kさんとの約束は夜だから、まだ時間に余裕があるな。

さっきの尋問以外に、情報収集出来そうな事をやるべきだろう。


いや、しかし待て。

明日の作戦が成功したら、少しの間敵組織に乗り込む訳だし、暗殺任務以上にこの地から離れることになるよね。

組織の皆や組織直営である私のバイト先のパン屋には、隊長が私が不在になることを伝えてくれるだろう。

でも一応、回れる場所には自分からも言いに行こうか。

何か情報が貰えるかもしれないし。

そう思い、戦闘部隊や潜入部隊、武器科とサポート部隊、情報部……思い付く場所を回った。


情報は何も貰えなかったけど、「使えるかは分からないが餞別だ」と、ちょっとしたモノを貰ったりした。

あ、情報操作部隊を忘れていた……。けど、別に良いか。アイツに長期居なくなること伝えに行ったら、多分長時間拘束されそうだし、なだめるの面倒だし。

連絡もしなくて良いかな。勝手に私が不在な事を知るだろうから。


と、するの後は家族か。…………うーん……暫くパン作りの修行に出るって言えば何とかなる?

帰ろうと思えば帰れる場所に実家があるが、帰るとだらけてしまうので簡単なメールと軽く電話をした。

何も疑われず、すんなりと受け入れてもらえた。そして、帰ってきてから焼いてくれるだろうパンが今から楽しみだと言われ、私はぎこちなく笑った。



さて、他に暫く不在の事を伝えた方が良い人、居たかな?

うーん……


嗚呼、居るな。

一応、彼女にも伝えておいた方が良いだろう。そうして、彼女のお店に向かった。


駄菓子屋「まつり」それが彼女の店だ。

店の近くまで行って、シャッターが降りていることに気付いた。

お店が休みと言うことは、今日は趣味の骨董品集めにでも行っているのかもしれない。

なら、仕方無い。明日任務に行く前に出直すとするかと、踵を返そうとしたら少し遠い後ろ側から声がした。


「ぅにゃにゃ~? おやおや、どうしたんだい。もしかしてお店にご用事だったかにゃあ?」

猫耳の獣人、メタさんがそこには居た。

ファーの襟巻きとキモノと言う服をいつも着ていて、とても目立つ風貌の人だ。


「おー! メタさんタイミング良かったね」

彼女に駆け寄る。

「用事って訳じゃないんだけど、明日から私、急遽長めの出張になったっぽいから、暫くは顔出せないって言いに来ただけ」

そう言うと垂れ耳がいつもよりペタリと垂れた。

「そうかい。そうかい。……それは寂しくにゃるねぇ」

眉を下げながら彼女は微笑む。

「出張終わったらすぐ顔出すよ」

「本当かにゃ?」

悲しみながらもシュンと見つめてくるその瞳は、獣特有の大きな虹彩がうるうるしていて、綺麗だった。

「本当本当。さっさと終わらせて帰ってくるよ」

「にゃら、お土産を楽しみにしていようかねぇ」

にゃはははと、さっきのうるうるはどうしんだと思うくらいにっかりと笑う。

そして、物に対するガメツさは、流石商売人と言うべきなのかもしれないな。なんて少しだけ呆れたような感心するような気持ちに陥った。


「そうだ。来たついでだ、さっきにゃつかしい果実を知人から貰ってね、中にお入り。お茶にしにゃいか?」

そう言うメタさんは、紅い果実らしきモノが入ったビニール袋を持っている。

「暫く会えにゃくにゃるのにゃら、寂しい寂しいワッチの我が儘を少しだけ聞いておくれ」

シャッターを半分開けて店の中へ入っていっていく。

私もそれを真似して入った。

「ちょいとそこで座って待ってておくれ」

そう言われたので、飲食コーナーで待つことにする。


店内は名前の通り駄菓子屋だ。

安くて美味しくてジャンキーな子供向けのお菓子がズラリと並べられている。

でも駄菓子屋さんは見せ掛け。

実際は武器と骨董のお店だ。ラウラスとも外部提携を結んでいる。

メタさんは数少ない、信頼出来る部外者と言うべき人物だろう。

私も基本的に自分専用の武器や暗器は、ココで調達している。

少し値は張るが、近場だし、質が良いし、武器の種類も多く、驚くほど不良品も出ない。

度々不定期で店が閉まっているが玉に瑕だが、一人で経営しているのだからしょうがない。

そして何より私にとっては魅力的な場所だ。本当に品数品質全て良い。なんなら、武器科の武器より優れている物を売っている時も多々あるし。


後は古代マグと呼ばれている古い魔力道具を趣味で集めて、売っている。

私には関係ないのであまり詳しくはないが、古代マグの中には、取り扱いがとても危険で重要な価値のある兵器も存在しているらしい。

しかし、基本的には用途の分からないガラクタばかりなので、美術的価値しかないと以前メタさんが言っていた。

ここで売られている古代マグも『後者』ばかりなのだろう。


「御待たせしたね」

お茶と櫛形に切られ皿に並べられた果実。

皮は艶々としていて紅く、中は白い。そしてとても甘い香りがする。

「ささ、どうぞ」

一つ手に取り、齧った。

香りとは裏腹に爽やかな甘みを感じる。

シャクシャクと瑞々しい音が心地良い。

噛めば噛むほど口の中に酸味が広がり、ん?

…………いや、これめっちゃ酸っぱいわ。

段々酸味が強くなってくる。

「え、何コレ。めっちゃ酸っぱいんだけど」

コレが見たかったと言う様に、メタさんはニタリと笑った。

「それが美味しいのさ」

メタさんは一切れ二切れと平然と食べていく。

私はそれを見つつ、口に広がる酸味をお茶でリセットした。

「懐かしいって言ってたけど、メタさんの地元の木の実?」

そもそもメタさんって何歳なのだろう。

私と同じ二十代に見えるけど、人間と獣人では見た目年齢違うだろうし、人間同士でもたまに凄い若作りの人居るから見た目年齢なんて当てにならないしな。

「んにゃ。地元って訳じゃあにゃいけど、昔は良く、仲間と一緒に食べてたもんさ。……まだこの樹が絶滅してにゃくて驚いたよ」

「ぜつめ……っ! え?これ、凄く希少なモノなのでは?」

そうかもねと、最後の一切れもメタさんは全て食べきった。

「ワッチたちはコレをアポの実と呼んでいたけど、他の地ではにゃんて呼ばれているんだろうねぇ。もしかしたら、ワッチの知らないどこかの地域の青果店で、知らにゃい名前で普通に売られているのかもしれにゃいねぇ」

何処か遠くを見つめるように呟いた。

「……私もスーパーとか行ったら探してみるよ。紅くて丸くて艶々のヤツ」

そう言うと、メタさんはただ、にゃははと笑っていた。


「ご馳走さまでした。ただ挨拶に来ただけなのに、凄く珍しいものご馳走になっちゃって……ありがとうね」

メタさんは首を横に振る。

「そんにゃことないよ。アポの実は皆と分け与えて食べる果実だ。にゃからね、一緒に食べれて良かった。出張が終わったらまた寄っておくれ。それまでに良い品を見繕っておくからね」

 そう言いながら、手を優しく包む様に握られた。

「愛おしき子よ。汝にソウセイの守護があらんことを」

 意味は分からなかったが、いつになく真剣そうで、尚且つ祈る様な声音で呟く。自分の手からはメタさんの温もりが伝わってきた。

「……メタさん?」

「にゃっ⁉あ、コレはアレよ。無事に帰ってきます様にっておまじにゃい。出張先で怪我や病気ににゃられたら、ワッチの商売に差し障りがあるからにゃ」

「あ、あぁ、そう言うこと」

本当にメタさんは商人気質なんだから。

それが良い所なんだけどさ。

それじゃあ、またね。バイバイ。と別れの挨拶をして、駄菓子屋「まつり」を後にした。


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