赤き果実の禍根 「えっ、私が単独任務⁉」2

「えぇ、絶賛駄々こね中でしたよ」


此方へどうぞと隊長は自分が座っていたソファーから立ち上がり、Kさんに譲る。そして私の隣に座り直した。

「さて、シーカー。俺がこのタイミングで来た意味分かるよね?」

態々来てあげました。みたいな口調が腹立つ。

「分かりかねます」

眉を上げ、驚いた表情をした。

「わぁ! 分からない? そうか。そりゃあ……悲しいな」

子供を諭す様な表情をして私を見詰めてくる。

「はぁ…………。Kさん……か。それもそうか。Kさんなんでしょ。私を指名したの」


そもそも、上層部のお偉い様が、私みたいな組織の下の下の下に居るような底辺人を認知しているハズが、ましてや直々に依頼を指名するハズがないのだ。

そう。

この人『Kさん』を除いては。


「正解! 大正解。いやぁ、良かった。分かってくれるって俺、信じてたよ。そうだよ俺だよ俺」

彼はにっこりと微笑む。

「で、俺が来た意味分かる?」

サングラス越し、笑顔のまま私を見ているがその奥の冷たい視線が刺さる。


「さっきも言いましたが、分かりかねます。指名したのがKさんなのは分かりましたが、それ以外が分かりません。さっき、隊長にも話しました。どうして私なんですか? 餅屋は……なんだっけ。餅じゃなくて、弓矢の道は武士が知る。だったかな。兎も角、私の仕事は暗殺や殺戮、人殺しです。潜入捜査なら潜入部隊に任せるべきです。そうでしょ?」

うんうんと腕組みをしつつ頷きながら、最後まで私の話を遮らずに聞き、聞き終わると腕組みを解いた。

「ごもっともだ」

「それじゃ「ただの潜入捜査なら俺は絶対にアンタなんか指名なんてしない。当たり前だろ?」

言葉を被せてくる。なんだ、ちゃんと分かってるじゃん。なら、尚更……


「じゃあ、どうして今回指名されたのか。それは任務の不安要素において、アンタが組織の中で一番信頼できるからだ。信用じゃない。信頼だ。意味わかる?」

「信頼……信用?」

意味の違いってなんだっけ。


「兎に角ね、この任務はアンタが適任な訳。隊長、この様子だと、任務の内容を伝える前だったみたいだね。教えてあげて」

二人は目配せをし、隊長は少し離れた机に置いてあった資料を持ってきて、私に渡した。

「ざっとで良いから目を通せ」

ぶっきらぼうに隊長は言うので、ペラペラと資料を捲った。


「…………えーと、ノーマティの組織『トゥ・ピース』に潜入……と。成る程? 確かに組織内のノーマティの数は極少数ですし、私が指名されたのも頷けま、せん!」

バシンと、テーブルに資料を力強く叩き置き、勢いで立ってしまった。


「やっぱり意味が分からない!」

この気持ちをどこにやるべきか。どうして?


「それなら部隊に、潜入部隊に居るでしょ⁉ Kさんも知っているじゃん! てか、知らないハズがないですよね! 居るじゃないですかノーマティで凄い優秀な娘が。バイパーが!私はあの娘を推薦します推します。彼女が適任者です!」

むしろどうして彼女が、今回の任務に抜擢されなかったかが分からな過ぎる。

「私たち、飲み仲間じゃないですか。Kさんだってあの娘が優秀なの知ってるでしょ? どう考えたって、あの娘の方が適任です。分かっていますよね⁉」

言うと思った。と言わんばかりにKさんの口角が上がった。

「残念。バイパーは今、同時進行の別件にて、最重要任務中だ。こっちをやる余裕なんて一切無い。他にノーマティの潜入部隊者も居ないしな」


…………

「でも他に、ノーマティで私より適任な人くらい居るでしょ。知ってますよ、自分の組織にどのくらい、どの部署にノーマティが配属されているかくらいは」


「まぁ、そうだろうね」

Kさんはふぅと一つ息をつく。

「とりあえず落ち着けよ。座りな」

そう言われ、おずおずと座り直した。

「俺もさ、別に適当に選んだわけじゃないんだよ。そうだな……覚えてる? 以前、「もし、自分が一般人みたいに魔力や特殊能力が持てるようになったら欲しい?」って聞いたこと」

「あー……」

そんな話を以前、飲みの最中にしたような気がする。


「俺はね、この質問を本部に居るノーマティ全員にしているんだ。で、アンタは速攻だった。一番答えを出すのが早かったし、理想の回答をしてくれた。「要らない」ってな」

 ?

「…………それが、理由?」

コクンと頷くと、それ以上何も言わなかった。


「…………………………」

暫く、無言の時間が続いた。


要らない。それが理想の答え?

あの時の会話は普通に「もしも」系の何気無い時間潰し程度の雑談だと思っていた。結構重要な会話だったのか。


それにしたって、めっちゃ良い雰囲気で話を丸め込まれそうだけど、それが今の話とどう関係するか分かんねーっ! って言うのが正直な私の気持ちなんだけど、なんだかそれを凄く言いにくい雰囲気が立ち込めていた。


「あの……えーっと」

何か言わないと。とは思うが、上手い言葉が出てこない。

その様子に呆れたのか、ずっと無言だった隊長の口が開いた。

「シーカー。資料」

それだけ言うとテーブルをトントンと叩く。

あぁ、そうか。まだ途中までしか読んでなかった。

読んでいなくて、気になる部分を探してみる。


「『ギフト』…………」

そんなファンシーな単語が出てくる任務なのか?

「えっと、確かギフトってアレだよね? ノーマティがある日突然魔力とか特殊能力……アビリティに目覚めるってヤツ。うん、ココにもそう書いてるし」

資料と自分の認識を照らし合わせる。

「でもさ、アレって都市伝説とかお伽噺の類いの噂でしょ? だって、今までそんな人が存在するって、見たことも聞いたことも無い……」

Kさんは脱力しながら天井を仰いだ。 


「それが存在しちゃうんだよなぁ~……」

はーぁと力無く息を吐き出している。

えっ? え? と私はKさんと隊長を交互に見て、隊長に行動が煩いと頭を叩かれた。

「存在はする」


そう言って仰ぐのを止めたKさんは此方を見据える。

「だが、その存在が確認され出したのは極最近。三年前くらいから。しかも自然的な発生じゃなかった。人為的なモノだったって事が、この間ようやく判明した。判明はしたが、ギフトの発生方法は不明なままだ」

開いた口が塞がらない。

「先日、ようやく追い掛けてたギフトと思われる人物を一名捕まえることが出来たんだが、ソイツ全く口を割らなくてな~。でも、捕まえた事で関係のありそうな組織は少しピックアップ出来た」

そう言いながら、少し険しい顔をしているKさんの顔を見つめ、また資料に目を通した。


「……つまり、その人為的にギフトを産み出していると思われる組織に潜入して、ギフトをどうやって産み出しているか調べてこいって事ですか?」

「そう言うこと。ギフトがどんなものか分からない今、この力を民間人に利用されたら困る。兵器としてテロを起こされたら堪ったもんじゃないしな」

それに、とKさんは少し息を詰まらせ俯いた。

「それに、ギフト欲しさにラウラスを裏切られたら、それこそミイラ取りがミイラになるってもんだ」

手だけがお手上げのポーズをし、そのまま左手だけが私を指差す。

「ノーマティの奴らは、アンタみたいにアビリティにならなくて良いって思っている奴らばかりじゃない。むしろ皆なりたいって思っている奴らで溢れてる。能力を持てばノーマティ差別が無くなるかならな」


その通り。私が異例なんだ。それは自分の周りのノーマティやデモ集団たちを見ても分かる。


「特殊能力者になれるなら、組織を裏切って情報を渡しても良いと思う奴だって絶対に居る。てか、この前質問した時にも、そう言った奴が居たしな」

雑談だと思って気を緩くしたんだろうな。

俺、上層部の人間なんだから気を緩めても言って良いことと悪いことがあるだろってな。

それだけ心を開いてくれているのは嬉しいがな。……ハハッ。っと空笑いをして、呆れているのか疲れているのか、表情は伺えないが肩が落ちた。


「分かっているだろうが、この組織は世界の均衡を保つために日々暗躍をしている。極秘事項の情報がそこら辺にゴロゴロと転がってるんだ。至極当然だが、裏切りだのスパイだのゴタゴタで組織で内乱があっちゃいけない。だから、ノーマティの中でギフトが不要と速攻で答えてくれて、絶対に裏切らないと確信出来たアンタが適任だったって訳。意味分かった?」

困ったような表情でKさんが私を見る。


「はー……まぁ、一応は分かりました。それにしても……話がいつもより長いですね。テンションあがっ」てます?

と、少しばかりの皮肉を言うよりも前に、さっきより倍の力で隊長に頭を殴られた。だけど、他に何も言われる事は無かった。


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