第10話 how?
翌日。
学校は大騒ぎになった。
教師が死体で発見されたのだから当然だ。この間何とかと言う生徒(忘れた)が実の妹に殺された事件もあったから、立て続けに2件も殺人が発生したことになる。多くの生徒が『学校の怪談』だ、『呪い』だと騒ぎ立てたが、俺は正直どうでも良かった。それより、金だ。
金、金、金だ。金が手に入らなかったことが問題なのだ。俺はイライラしながら地面に唾を吐き捨てた。あの晩、必死にマットをズラし床下を探ってみたが、目当ての金はすっかり無くなっていた。あそこに部費(をくすねた物)を隠しているのを知っていたのは、被害者の高橋と、俺だけだったはずだ。
犯人は金の在処を知っていたのだ。
そしてあの日、死体を置いて行く代わりに盗んでいった。
「許せねえ……!」
放課後。
空はどんよりと曇っていた。
目と鼻の先で金を掠め取られ(元々俺のものではないのだが)、俺が体育館裏でほぞを噛んでいると、クラスの風紀委員がこちらに大股でやってきた。
名前は確か……そう、帆足真琴。
別に俺の友達でも何でもない。俺の中には、俺以外にも僕だとか私だとかワケ分かんねえ
「ほう。許せない、か」
俺の言葉を聞きつけて、帆足が意外そうな顔をした。
「お前のような人間でも、そんな気持ちになることがあるのだな」
「タリメーだろ。まんまと裏をかかれたんだ。やり返さなきゃ気がすまねえ」
「どう言うことだ?」
昨晩起きたことの一部始終を話して聞かせると、帆足とかいう大女は目を見張った。
「じゃあ、第一発見者は警備員の首藤さんと言うことになっているが……」
「その前に俺が見つけてたんだよ。鍵がかけられた5分後にはな!」
「何と言うことだ……!」
警察では、最初の死体発見は早朝の7時、警備員が見回りにいった時と言うことになっていた。なので、21時から7時の間に死体が運ばれたのだろう……と言う見立てだったが、しかし、その前提はこの俺により既に崩れている。
「何故それを警察に早く言わないんだ!」
「馬鹿野郎。盗みに入ってましたなんて言えるわけないだろう」
「うーむ」
帆足は腕を組み、絶滅危惧種でも発見したかのような目で、俺をジロジロ眺めた。
「何というか君は、会うたびに人が変わったみたいになるな」
「そんなことはどうでもいい。それよりも、今は
俺はポケットから煙草を取り出し、咥えて火を点けた。帆足は一瞬呆気に取られたような顔をしたが、すぐさま眉を釣り上げ、素早く手刀をお見舞いしてきた。
「ってぇ! 何すんだよ!?」
「こっちのセリフだ。私の前で堂々と煙草を吸うな、馬鹿者! 本当にどうしたんだお前?」
「チッ……」
俺は舌打ちした。一々説明してやる義理もない。
「それとも……」
「あ?」
帆足が俺を見下ろして何故か笑みを浮かべていた。
「今回ばかりはお手上げ、と言うことか」
「何?」
「目の前で不可思議な現象をまざまざと見せつけられて、さすがの名探偵も、手も足も出ないといったところかな」
「誰が名探偵だ」
探偵役はソッチだろうが。
俺はそんな役回りは御免だ。
そもそも
欲しいもんがあったら奪う。気に入らねえ奴がいたら殺す。
他の
「……ていうか、何で嬉しそうなんだよ?」
「フン。今日は随分威勢が良いが、しかし頭の切れ味はからっきしだな」
「ンだと?」
「普段の薫なら、今ごろ飄々とした顔で解いてそうなものだが……それとも私の見込み違いだったか」
「テメェ……言いやがったな。だったらお前は解けてんのかよ?」
俺はデカ女を睨みつけた。推理だとか犯人だとか俺には別にどうでもいい……が、売られた喧嘩は買わなければ気が済まない。帆足は腕を組んだまま肩をすくめた。
「ふむ。やはりこの場合、誰が殺したかと言うよりどうやって殺したかが最重要だな。密室殺人の謎を解かねば、犯人も分かるまい」
「なるほど、そりゃ感動的な推理だ」
「お前が鍵を開ける前に聞いた、何かを引き摺るような音……と言うのが気になるな。それに、半開きになっていた床近くの小窓……それが密室トリックの仕掛けなんじゃないか?」
「トリックだぁ?」
ちょうど俺たちが今いるのは、現場になった倉庫(B)と反対側の体育館裏だった。左右対称だが、作りは同じだ。分厚い壁の下部分(外から見るとちょうど膝の辺りくらい)に、鉄格子付きの小窓が付けられていた。猫やネズミならともかく、人間は赤子ですら、どう頑張っても通れそうにない。
「動物を使ったトリックというのも、ミステリには古今東西数多く見られるようだが」
「どうやって動物を使って死体を運ぶんだよ」
動物を使ったトリックというのは、人間が入れない密室に毒蛇なんかを放ち、毒殺する……といった方法だが、しかし現実は推理小説の世界ではないのだ。それに、鍵のかかった密室に死体を運ぶ動物トリックなどあるのだろうか?
「一見人が入れそうにない隙間だが、それぞれバラバラにすれば、調教した猿なんかにも運べるんじゃないか?」
「運んでもらって、中で死体を組み立ててもらうのか? どんな動物だ」
大体、死体は切断されてはいなかった。それは確かだ。
「じゃあ……実はマットの中に死体が隠されていた、とか」
「はぁ?」
「つまりだ。死体は鍵をかける前に運ばれたと考えるのが筋だろう。そうなると、タイミングは一つ……予め体操部の使うマットの中に、死体が詰め込まれていたんだ。部員たちはそれとは知らず死体ごとマットを倉庫に運び、鍵を閉めた。その後で犯人は小窓からマットカバーを回収したんだ」
「……随分と平べったい死体だなァ」
「ダメか」
俺は笑いを噛み殺した。元々当てずっぽうだったのか、帆足は小さくため息をついて項垂れた。とんだ見当違いの推理だ。いくら体育マットとは言え、中に人が入れるほどの厚さはない。そんな奴がいたら妖怪だ。一反木綿か塗り壁でもなければ無理だろう。
……だが。俺は顎に手を伸ばした。
小窓から何かを回収した、と言うのは良い線を行っているかもしれない。
死体を運んだ、と言うより、死体はやはりずっとそこにあったのだ。出なければ合理的な説明がつかない。僅か数分の間に鍵付きの部屋の中に運びこもうだなんて、到底人間業じゃない。
「もう一度確認するが、体育館の中には他に誰もいなかったんだよな?」
「嗚呼」
俺は頷いた。
足音だけであれほどの反響だ、誰かが隠れていたのならこの俺が気づかないはずがない。
「返り血はどうだった?」
「何?」
「返り血だよ。もし殺された現場があの倉庫なら、大量の出血があったはずだ」
「そういえば……」
暗がりで良く分からなかったが、返り血はそれほど広がっていなかった。確かにマットの上は赤黒く染まってはいたものの、壁も天井も綺麗なものだった。何処にも血は……いや。
「そういや、床が少し濡れてたな」
「床? 確かか?」
「嗚呼。金を確認したから間違いねえ」
床……小窓付近。その辺りに何か引き摺ったような跡が……床が妙に
だが、どうやって?
結局はそこに行き当たる。
どうやって死体を密室の中に出現させたのか?
それからしばらく2人とも何も言わなかった。ぼんやりと顔を上げると、小さな野鳥の群れが北から南へと流れて行くのが見えた。季節は春から夏へ、その前に梅雨に入ろうとしていた。これからしばらくは雨続きだろう。
「……犯人はサーカスの住人か、それとも
「何いってんだ」俺は一笑に付した。奇術には全てタネも仕掛けもある。ただ巧妙に隠されているだけだ。
「
「何いってんだお前……んなもん」
……いや。俺は顔を戻した。箱、か。
「どうした?」
「一つ思いついたわ。隠し場所」
「何? 何処だ!?」
「天井だよ」
「天井?」
俺は空を指差し、ニヤリと唇を捲り上げた。
「まさか天井裏に死体を隠しておいたとでも? しかし、あそこは体育館で……」
「違う。上じゃなくて、天井の下だよ」
「下??」
「そうだ。奇術師の使う、二重底の箱みたいなもんだ。天井のすぐ下に、布か何かを張って、その間に死体を隠しておく。トランポリンの膜みたいな奴」
「なるほど……天井か!」
体操部……トランポリンなら、大の大人が一人乗っても破けて落ちるようなことはない。
「それに、倉庫は体育館の構造基準だから、普通の建物より天井が高く造られていた。死体一人分くらいなら十分収まる。照明は壊れてたワケだしな。電気が点かなくても普段から知ってる奴は誰も怪しまねえ。ヒョロガ……高橋は17時に学校を出て、だがその後犯人に殺されたんだ。んで、死体を倉庫に運ぶ」
「鍵を閉めた後ではなく、閉める前から死体は倉庫にあった訳だな」
「嗚呼。で犯人は、部員が鍵を閉めた後、外の窓から……糸か何かを引っ張って……マットの上に死体を落としたんだ」
「その布は……布なら小窓からでも回収できる、か」
帆足の顔色が輝き始める。きっとそれで、床に引き摺ったような血の痕が残っていたのだ。天井を二重底にした奇術のようなトリック。だとしたら、天井に布を張った時の仕掛けが残っているはずだ。
不意に眩い光が差し込んできて、俺は目を細めた。雲の隙間から、日差しが遠慮がちにこちらを覗き込んでいた。出来立ての推理を携え、早速警察の方へと向かおうとする大女の背中に、俺は声を張り上げた。
「オイ! 犯人が分かったら、俺にも教えてくれよ! きっちりお礼がしてえからよ!」
「……断る!」
大女が笑顔で走り去っていく。
ズルズルと、コンクリートの壁に背中を預けながら、俺はため息を漏らした。金は手に入らなかったが……ひとまず
俺はまんざらでもない気分で煙草を咥え、ゆったりと火を点けた。
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