前夜
某年、十二月二十四日。日没過ぎ。
それはクリスマスイブで賑わう表通りから二本入った、裏通りの出来事だった。
ドンッという鈍い発砲音が路地裏に響いた。
「ま、待ってくれ、話す!ちゃ、ちゃんと話すから!」
汚れたコンクリに尻もちをつき、顔を青ざめさせて何やら叫ぶ男。そして、そのアジア訛りの強い英語に眉を
「きちんと、話せ。今すぐに。」
青年の口から、完璧な
「命乞いなんて無駄なものは不要だ。お前を生かすのは情報のみ」
「わ、わかったよ、兄ちゃん。だ、だから、銃を下ろそうぜ?な?」
青年は無言で銃を構えた。照準が合わさるのは、男の眉間。
「五秒待つ。ボスの名前とアフロディテのルートについて知っていることを全て___」
瞬間、男の目は極限まで見開かれた。その瞳にありありと浮かぶのは、恐怖だ。
青年がさらに眉を顰めた。
「おい……?」
「し、知らない!俺は女神様には手を出してねぇ!誓ってしてねぇ!」
錯乱したように男は叫んだ。
「おい、貴様」
「知らねぇっつってんだろ!ボスに聞けよ、なんで俺なんだ!」
男の手で何かが銀色にきらめいた。
あれは、ナイフか?
青年は引き金を引いた瞬間、鈍い痛みに顔を歪めた。
頬を裂く銀色。やはりナイフだったか。
わざとずらした照準は、男の肩を綺麗に撃ち抜いていた。
青年は跳ぶように距離を詰め、銃創に靴の踵をめり込ませた。
血を吐く様子、瞳孔の開き具合、拍動。尋問する時は全てが観察対象となる
「もう一度聞こう、お前は何を知っている?」
◇
今、目の前でナイフを突きつけてくる男は、数分前までベッドの上で絡みあっていた男娼だった。
ニコラスは、目の前のナイフに冷や汗を流していた。
命が、すぐにでも消えかねない空間。
ニコラスには、牧師という表向きの
『ヴィーナスの吐息』
最高の合成麻薬。
それを流行らせることが、彼の目下の目標であった。
「ど、……どうして私なんだ。」
震え声のニコラスに、男娼__いや、暗殺者はニコリと優美な笑みを浮かべた。
「あなたが、一線を越えたからです。」
ピッタリとしたレースの肌着。そんな低俗な格好なのに、ニコラスには彼が死神に見えた。
「嫌だ、私はまだ死にたくない!」
叫ぶ彼に、すうっと吸い寄せられるように絡みつくと。
暗殺者は
「最期に、いい夢見せてあげたでしょう?」
と言った。
赤い紅が、黒髪の彼の頬を彩った。
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