前夜

某年、十二月二十四日。日没過ぎ。

それはクリスマスイブで賑わう表通りから二本入った、裏通りの出来事だった。


ドンッという鈍い発砲音が路地裏に響いた。

「ま、待ってくれ、話す!ちゃ、ちゃんと話すから!」

汚れたコンクリに尻もちをつき、顔を青ざめさせて何やら叫ぶ男。そして、そのアジア訛りの強い英語に眉をひそめる金髪の青年。彼らは暗い路地で向かい合っていた。

「きちんと、話せ。今すぐに。」

青年の口から、完璧な英国英語クイーンズイングリッシュが零れ落ちた。青年が身につけているスーツは高価そうで。だが肩にかけた黒コートの内側では、銃身が見え隠れしていた。

「命乞いなんて無駄なものは不要だ。お前を生かすのは情報のみ」

「わ、わかったよ、兄ちゃん。だ、だから、銃を下ろそうぜ?な?」

青年は無言で銃を構えた。照準が合わさるのは、男の眉間。

「五秒待つ。ボスの名前とのルートについて知っていることを全て___」

瞬間、男の目は極限まで見開かれた。その瞳にありありと浮かぶのは、恐怖だ。

青年がさらに眉を顰めた。

「おい……?」

「し、知らない!俺はには手を出してねぇ!誓ってしてねぇ!」

錯乱したように男は叫んだ。

「おい、貴様」

「知らねぇっつってんだろ!ボスに聞けよ、なんで俺なんだ!」

男の手で何かが銀色にきらめいた。

あれは、ナイフか?


青年は引き金を引いた瞬間、鈍い痛みに顔を歪めた。

頬を裂く銀色。やはりナイフだったか。

わざとずらした照準は、男の肩を綺麗に撃ち抜いていた。

青年は跳ぶように距離を詰め、銃創に靴の踵をめり込ませた。

血を吐く様子、瞳孔の開き具合、拍動。尋問する時は全てが観察対象となる

「もう一度聞こう、お前は何を知っている?」





今、目の前でナイフを突きつけてくる男は、数分前までベッドの上で絡みあっていた男娼だった。

ニコラスは、目の前のナイフに冷や汗を流していた。

命が、すぐにでも消えかねない空間。

ニコラスには、牧師という表向きの職業かおがあった。だが、実際に彼がしていたのは、教会という疑われることのない空間を利用した麻薬の密輸である。

『ヴィーナスの吐息』

最高の合成麻薬。

それを流行らせることが、彼の目下の目標であった。

「ど、……どうして私なんだ。」

震え声のニコラスに、男娼__いや、暗殺者はニコリと優美な笑みを浮かべた。

「あなたが、一線を越えたからです。」

ピッタリとしたレースの肌着。そんな低俗な格好なのに、ニコラスには彼が死神に見えた。

「嫌だ、私はまだ死にたくない!」

叫ぶ彼に、すうっと吸い寄せられるように絡みつくと。

暗殺者は

「最期に、いい夢見せてあげたでしょう?」

と言った。


赤い紅が、黒髪の彼の頬を彩った。

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