世界2000文字仮説

物部がたり

世界2000文字仮説

 れいはある日、真実に気付いた。

「気付いちゃったんだよ」

「何をだよ?」

 友人のはじめは訊いた。

「この世界の真実に」

「世界の真実?」

「そうさ。俺たちの生きているこの世界は、何者かの見ている夢なんだよ」

 また、馬鹿なことを言い出したと呆れるものの面白そうなので付き合ってやることにした。


「あれか『胡蝶の夢』とか『水槽脳仮説』ってやつだよな。それがどうしたんだよ?」

「だから、今俺たちが生きているこの世界は、何者が見ている夢なんだってこと。この世界も今誕生したんだよ!」


「それをどう証明するんだ? いわゆる『世界五分前仮説』って問題だろ。何でも『世界五分前仮説』は否定もできないけど、証明もできないらしいぞ。考えれば考えるほど『自己言及のパラドックス』に陥って矛盾が生まれるんだと」

「はじめのいう通り証明できないが、俺にはわかるんだ。なぜなら、俺は選ばれた者だから。絶対この世界は何者かの見ている夢だってわかるんだ」

「おまえが選ばれた者?」

 はじめは堪えきれずに笑い出した。


「馬鹿も休み休みいえよ。おまえのどこが選ばれた者なんだ? あれか、今流行りの異世界転生か? いくら冴えないからって馬鹿な気は起こさないでくれよ」

 はじめの笑いは収まらない。

「真面目にいっているのに笑うなよ!」

 はじめは驚いて、申し訳なさそうにいった。

「悪い……馬鹿にするつもりはなかったんだ……本当に冗談だと思って……普通、そんな話冗談だと思うだろ」


 だが、れいの怒りと悲しみは収まらなかった。

「じゃあ、いっちょ試してみるか」

 といってはじめは提案した。

「俺の家、代々由緒ある祈禱師の一族で、俺も超常的なもんを体に憑依させることができるんだ」

「何だよそれ、初耳だぞ。また馬鹿にしてるのか」

「馬鹿にもしてないし、嘘でもない。俺生まれてから一度も嘘ついたことないからな」

 その時点で、嘘じゃないかとれいは思った。


「信じないなら、実践してやるよ」

 というと、はじめは目を閉じて脱力したように首を垂れた。

 すると、はじめは激しく痙攣し始めた。

「おい、急にどうしたんだよ……大丈……」

 そのとき「やっと、私が介入できるな」とはじめは目を見開いた。

 れいは驚いて、後ろにのけぞった。

「ビックリした……」


「貴様、頭が高いぞ!」

「やめろよな急に大声出すの……」

 といいながらも、何故か体が勝手に動いて、れいは正座し、頭を下げた。

「あれ……どうなってるんだ……」

「私の意思には逆らえない」

 れいの体は金縛りにあったように動かなかった。

 そこでやっと、れいは信じる気になった。

「あなたは……」

「貴様らのいうところの神ぞ」


「かみ……? かみってあの神様の神ですか? 世界を創ったっていう神ですか?」

「さよう。この世界も私が数分前に創ったものだ」

「じゃあ『世界五分前仮説』は本当なんですか……?」

「本当だ」

「やっぱり、この世界はあなたの見ている夢なのですね……」

「中らずと雖も遠からず」


「ど、どうして俺にだけ気付けたんでしょうか……」

「貴様のいう通り、選ばれた者だからだ」

「やっぱりそうか……でも、何で冴えないんですか。選ばれた者なら、もっとこう、物語の主人公みたいな」

「馬鹿者! 物語には整合性が必要なのだ。もし今、私がおまえを殺したとしよう」

 れいは身構えた。


「安心しろ例え話だ、本当に殺しはしない。仮に私がおまえを殺し、私の力で完全犯罪を達成したとして、そのようにミステリ小説の犯人が作者というオチは物語として成立しないのだ。それと同じように、何でもありの世界は成立しない」

「でも、それと俺が冴えないのとは関係ありますか? だって、あなたの力で俺が大活躍するような世界を創ってくれれば済む話じゃないですか」

「仮にそんな世界を創ったとして、そこにいる貴様は貴様ではなく別人になるがな。仮に貴様がこの場で死ぬのであれば、別の世界に転生してやれなくてもないが、死んでみるか?」


 神は恐ろしく冷たい目で、れいを見つめた。

「いえ……今の暮らしに満足してますです……」

「貴様を殺し、別の世界を構築するのも面白そうだが、この世界はこれで成立している。あえて死ぬ必要もなかろう。死なぬのが無難だ」

「はい……」

「そろそろ、この世界の整合性が耐えきれぬようだ。私はこれで戻るとする」

「おいでくださり、ありがとうございました……」


 れいが丁寧に頭を下げたとき「引っかかった! 引っかかった!」とはじめが笑い転げていた。

「は?」

「まさか本当に信じるとはな」

「信じる? じゃあ……今のは?」

「演技だよ。演技」

 れいは状況を理解した。

「俺の純情を弄んだのか……」

 れいの心の中に沸々と怒りが湧いてきた。


「していいことと、駄目なことがある。もう、おまえとは絶交だ……!」

「悪い悪い、そう言わないでくれよ、美味いもんおごるからさ」

「知らん!」

 れいは怒って家を飛び出した後、冷静になって考えると演技だけでは説明のつかない事柄が確かにあった――。

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