俺の人生

もっくん

第1話 営業本部長 山下和夫

「はあ、明日で定年退職か。長かったような短かったような…。」


空一面を覆う雲を眺めながら、ため息が漏れた。

 

 私の名前は山下和夫。明日33年勤めた不動産会社を定年退職する。


 私が入社したときは20数名しかいなかった会社も、今では1000名を超えるほどの会社になり、営業所も全国へと展開した。入社時から営業一筋、今では東京の本社で営業本部長となり、数100名の社員をまとめている。


 この会社に入社した理由は他でもない、唯一内定をもらう事ができたからだ。


 入社して3年間のことは今でも鮮明に覚えている。休みの日は週一日あるかないか、毎日のように仕事に没頭した。今の時代では許されないが、1ヶ月間一日休める日などほとんどなかった。それでも会社をやめなかったのは、採用してもらったことに感謝をしているからだ。この会社に採用してもらえていなかったら、どこで何をしていたのかわからない。


 会社の力になるためと身を粉にして働き続け、ここまでの会社の成長に貢献できたと自負はある。


「本当、俺はよくがんばった。」


ー翌日ー


 会社では、盛大に見送ってもらった。全国からも私が指導した部下たちも駆けつけてくれている。一人ひとりの顔を見たら、彼らとの思い出が蘇ってくる。


 和歌山営業所の山田くんとは、大阪営業所時代に一緒だった。夜遅くまで熱く語り合ったこともある。当時私が課長で彼は入社3年目。正直言えば、最初は彼のことが苦手だった。それでも、まっすぐにぶつかってくる彼の姿勢に、いつのまにか向き合えるようになり、お酒を飲みながら会社の未来について語ることもあった。今では若くして部長になり、立派に成長したことを感じる。


 静岡営業所の岡田くんには、女性を紹介してもらったことがある。その時は結婚したいと思う時期で、よく合コンを開いていた岡田くんに相談したものだった。一緒に連れてってもらい、お付き合いをさせてもらうこともあったが、長くは続かなかった。女性とお付き合いするのは、仕事よりも難しい。彼の顔を見て当時を思い出す。

 

「お疲れ様でした!」

「ありがとうございました!!」

「お世話になりました!」


入社したときは、まさかこんなに多くの人たちに祝福されるとは微塵も思っていなかった。


最後の勤務を終え、私は会社を退社した。送別会を企画してくれる話もあったが、どうもそういう場は好きではないと断らせてもらった。


帰りにスーパーで缶ビールとおつまみを買い帰宅した。


プシュッ


物音一つしないマンションで、一人缶ビールを飲み干した。


「俺、おつかれさま」


つい、自分への労いの言葉がもれるのだった。


「明日からなにしようか…」

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