隠れたもの
七月頭の砂浜は丁度いい暖かさで、しばらくすると刻音の寝息が聞こえてきた。あぁ、刻音はもうみんながいる場所に向かっているから、僕も刻音を追いかけないと。
そう思い、目を瞑る。
だけど何故だか眠れなかった。確実に睡魔が襲ってきていて身体は動かなくなっているのに、心だけは眠ろうとしない。
どうしよう。刻音と死ねない。僕はまた死に損なうのか。どうせ死ぬのに、生き残ってどうするんだ。頭の中がパニックになる。
その時だった。僕の中で何かがプツンと切れた音がした。
あぁ、もう気にしなくていいのだ。刻音も目覚めることはない。
僕は、握っていた手を放し、幸せそうに眠る刻音にそっとキスをした。そして、最期の力を振り絞り、海に向かって走り出した。僕は風になれそうだった。風になりたかった。
刻音。ごめん。君と一緒のところには行けない。一緒に千風を探せない。死んでまで、誰かを想って幸せそうに笑う刻音を見てはいられない。約束のひとつも守れないやつでごめんな。でもきっと刻音なら一人で千風のところに行けるはずだから、幸せになってね。
海水が傷口に染みる。
あぁ、刻音。僕もやり残したことあったよ。好きな人に想いを伝え損ねた。その人は、強がりで、泣き虫で、僕のいちばんの理解者で。笑顔も、泣き顔も、全てが愛おしくて。
僕が生きる理由だった。
じゃあなんで想いを伝えなかったかって?実は、その人にとって好きの二文字は呪いみたいなものだったんだ。過去に目の前で大切な人を失ったらしい。
今でもそのときのことを後悔しているようだったから、僕の気持ちなんて言えなかった。彼を余計悩ませると思って、彼を苦しめると思って言えなかった。言わなかった。彼を苦しめるくらいなら、僕の中で消化して、そのまま死のうと思った。
でもできないみたい。僕は刻音みたいに強くはなれないや。
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