第7話 血肉は道具
それから通路をしばらく歩くと、生鮮食品などを売っているのであろう場所に来た。空の冷蔵ケースに囲われた通路を歩いていると、異質な物体が目に入る。
「何、この……肉塊?」
冷蔵ケースが並ぶ中に、血のような赤黒い液体でまみれ、肉のようにブヨブヨとしている物体が祭壇を形作っていた。
普通のスーパーのような売り場の中におどろおどろしい祭壇があるというあまりに異質な状況の中、祭壇に突き刺さるあるものに気付く。
「あれって……ナイフ?」
武器になるようなものは欲しいんだけど、見るからに怪しい。抜いて大丈夫なやつかな?
「まぁ、大丈夫でしょ」
仮に何か起きたとして、今の私に失うようなものは無いしされて困るようなことも特にない。
デメリットが無いのであれば、死ぬ程度の痛みを受けても別にいい。だって、何も無くならないのだから。
そんなことを考えながら祭壇に刺さるナイフに左手を伸ばす。
柄を掴み、力を込めて肉塊からナイフを引き抜こうと力を込める。ナイフは肉塊に張り付いたように固く抜けなかったが、次第に剥がれるような音とともに刃があらわになった。
「黒い……というか、本当に何も無いの?」
ナイフは柄の部分だけでなく、刃まで全てが漆黒と言えるほど純粋な黒色をしていた。
ナイフを眺めていると、突然前にウィンドウが現れてメッセージが表示された。
▢▢▢
【
▢▢▢
「なにこれ。えっとつまり――」
メッセージを読んでいると、刃の先から黒い液体がポタリ、ポタリ、と落ち始める。だが、それには目もくれずにナイフの柄を逆手に持ち替え――
「お、ごっ……っ!」
――首を突き刺した。
痛みは無かった。だが刺した時の衝撃と、気管に穴を開けられたような感覚に襲われたことによってうめき声が漏れ出る。
刺した瞬間自然と手から力が抜け、ナイフは首から滑るようにするりと抜け落ちた。
「ふぅっ……。こうしろってことだろうけど、結局何だったのこれ」
カランと音を立てて床に落ちたナイフを見る。
そこにはさっきまでと違い、金属特有の光沢のある普通のナイフがあった。黒い液体は垂れておらず、それどころか、血液のひとつもついていなかった。
不思議に思っていると、AIのアナウンスが流れ出す。
「条件を遂行したことにより、【血肉操作】を習得しました。メニューに『スキル』の項目が追加され、第1スロットに【血肉操作】が追加されました」
「……はぁ?」
どういうこと……? 何でこの程度のことでスキルが手に入るの?
いや、そういえば初めてログインした時に言われてたっけ。スキルを手に入れるためにその足がかりになるものを見つける……みたいな。
「こんな簡単でいいのか分かんないけど……まぁいいでしょ。それで効果は……?」
メニューからスキルを表示させる。すると、スキルの効果や今後使えるようになるのであろうスキルのリストが表示された。
▢▢▢
【血肉操作】
・操血…自分の血液を操作することができる。(解放済)
・形質変化…血液を液体以外の形態に変化させる。
・硬質化
・??
・深層操作…自分の体内にある血液を操作できる。
・領域拡張…スキルの影響範囲を拡張する。<Lv.->
・血装武具…血液を武器に変形させて使用できる。
・??
・操肉…自分の肉を操作することができる。(解放済)
・形質変化…肉を固体以外の形態に変化させる。
・液状化
・??
・骸干渉…死体の肉に干渉して操作することができる。
(干渉中の死体は消失までの時間が進行しない)
・領域拡張…スキルの影響範囲を拡張する。<Lv.->
・肉弾武具…肉を武器に変形させて使用できる。
・??
・??
▢▢▢
解放済となっているものが使用可能で、表示だけされているものは
「今使えるのは『
今着ているTシャツを下ろして右肩を出し、右腕の傷口に手をかざす。物をつまむように手を動かすと、垂れていた血液が空中にふよふよと浮いた。
「意識すれば球体にも糸状にも出来て、触ったときの感触は液体と変わらない。しかも肌とか服に付いた血は痕を残さず完全に取れる……か」
『操血』を使うのに制限時間やエーテルの消費は無いらしく、出血していれば表に出る血液も増えるので操れる量も増えていくようだった。
「……いや、だからどうしろって話なんだけども」
このままじゃ便利で楽しいだけのスキルだ。
出血を止められる訳じゃないどころか、塞き止めるための血も回収してるからむしろ出血量が増える。逆に言えば、傷口があれば血液は増やし続けられる訳だけど。
「早急に『硬質化』とかのスキルを解放すべきなんだろうけど、SP無いしなぁ……。そもそもSP増やす方法といったらレベルを上げることだろうけど――」
そんなことを思っていると、背後からキュッキュッというような足音がした。
その上「ウフフフ……」というような愛想笑いの声が、スピーカーでも使っているかのように響いている。
「そう簡単にエンティティを倒せるもんかなぁ……」
後ろを振り向くと、白のシャツに黒いズボンを履いて緑のエプロンをした女性店員風のエンティティがいた。
例に漏れず首から上は無いが、前までのものと違い口に相当する位置に口角のあがった唇が浮いている。
浮かせていた血液は、使い道も行き場も無かったので床に撒いて捨てる。
そして出方を窺うため、ひとまず冷蔵ケースの陰に屈んで隠れる。すると女性店員は背筋を伸ばして手を前に組んだ体勢を保ったまま、小刻みに歩いてきた。
「ウフフフフフ……」
「とりあえずショットを……って何して――」
こちらを視界に捉えた女性店員は、両手で口を覆ったかと思うと口の中から鉄パイプを取り出した。
金属バットほどの長さのパイプがどうして口から出てきたのかも気になったが、今はそれどころではなかった。
「あっぶ……ない!」
突然走り出してきたかと思うと、鉄パイプを真上から振り下ろす。咄嗟に後ろに跳んで躱し、カァンという音が響いた。
「今か、バーストっ!」
バランスを崩して床に座った状態だったが、女性店員が硬直している隙を見てバーストを撃ち込む。
正面にクリーンヒットしたことで、後ろに吹き飛ばすことに成功し、急いでナイフを持って起き上がる。
前に見たスーツを着たエンティティ――社隷とやらと同じくらいの強さとすれば、あと少しの攻撃で倒せる。
1つ気になるのはナイフで心臓を刺したところで、そこが急所なのかどうかということ。頭が無い時点で身体の構造を人間のそれと対応させるべきではないと思う。
「とはいえ物は試しか。っと、失礼?」
倒れていた女性店員に馬乗りになり、両手でナイフを持つ。それを胸の真ん中に向けて突き刺すと、パリンとガラスが割れるような音とともに刺さった。
「え、『パリン』? ってやば……もう1回っ!」
腕を上げて私に何かをするつもりなのを勘づいて、ナイフを抜いて今度は腹の辺りを刺した。だが、今回も同じような音が鳴っただけで手応えが無い。
その隙に女性店員は私の背中に腕を伸ばし、身体を密着させるように押さえつけてくる。
「なっ、何しようとして……」
振りほどこうとするが、相手が強いのか私が貧弱なのかビクともしない。
そして正面を見た時、この行動の意図に気付いた。
「あ、口――」
目の前では唇が顔を飲み込めそうなほど大きく広がっており、息をする間も無く視界が闇で覆い尽くされた。
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