異世界転生を科学的に考察する

田中空

異世界転生を科学的に考察する

異世界転生。死んだら異界に転生する現象。「あくまでフィクションで、こんなことが現実に起こるわけがない」と思っているあなた(というか普通そう思うけども)に向けて、この奇妙奇天烈な現象をできる限り科学的な視点で、現実に存在するのかどうかを考察してみようと思う。


 ところで、死んだらどうなるか?これは今も昔も誰にも答えが分からない問いである(ちなみに、臨死体験というものはあるが、これは完全に死んだ訳ではなく、あくまでも死にかけた時に脳がどのような記憶を生み出すかという現象だと思われるのでここでは言及しない)。完全に死んでから生き返った人間がいない限り死後の世界を直接的に確認する方法は今のところはない。ただ、人間も物理法則に従う物体であると考えると、おそらくではあるが、死ねばその脳内にある思考パターンは消滅し、その後の死後の世界はないと思われる。例えば、パソコン内のプログラムをゴミ箱に入れて消去すると、そのプログラムは二度と走らないのと同じ理屈である。


 ただ、少し哲学チックな視点で考えると、その思考パターンはその物質(肉体の脳)から消えても、例えばどこか別の場所で全く同じ思考パターンが作られたら(方法は一旦置いておいて)、その思考パターン当人にとっては別の場所に急に復活したような意識になる可能性がある。具体的にはSFガジェットでよくある全脳アップロードのように物理的肉体から仮想空間に思考パターンを転送する場合や、まったく同一の物理的配置(電子状態も含めて)を別の場所に再構築するテレポーテーションのような場合が相当するだろう。つまり、思考パターンというのは消えると終わりだが、逆に言えばパターンに過ぎないので、そのパターンを再構築さえできれば、復活できるのである。ゴミ箱で消去されたパソコン内のプログラムだって、もう一度全く同じプログラムをインストールすれば、「あれ?俺復活した?」と思うわけである(プログラムに自我があればだけども)。


 これを踏まえて、異世界転生の意味をもう少し科学的に定義づけてみようと思う。つまり異世界転生とは、思考パターンが別の場所(異世界)で再構築される現象だと言い換えることができる。そうすると本人は死んでも(思考パターンが消滅しても)、その消滅した時点の思考パターンがどこかで偶然?再構築されれば、異世界に転生したように感じることができる。ここで注目したいのは特に物理法則に反する要素は何もないということである。果てしなく起きにくい現象だとしても、理屈的には文句をつけられない現象なのだ。実際のところ、人為的なら近い将来現実に可能になるかもしれない。先に例を挙げた仮想空間に思考パターンをアップロードする方法が可能になったら、いくらでも仮想空間内の異世界に転生することはできるだろう。やり方としては、日常生活で常に思考パターンをバックアップしておいて、自分がトラックに跳ねられた瞬間にバックアップしていた思考パターンを仮想空間にアップロードすれば異世界転生の出来上がりだ。


 ただ上記の方法は人為的で、少々反則チックであるため、そういう人為的な処置をすることなく自然現象(?)として現実にそのようなことが起きる可能性があるのだろうかを次に探ってみたい。そこで考えたいのは、私たちが住むこの宇宙のことだ。現在有力な宇宙論仮説とされるインフレーション理論によると、宇宙は誕生時にとてつもない速度(光速をはるかに超える)で急速膨張し、現在私たちが観測できる広さよりも、もっともっと果てしなく実質無限に広がっていると言われている(このあたりはマルチバースの話も絡んでややこしいのでかなり簡略化してます)。つまり私たちが住んでいる(光が到達できるつまり、観測できる)宇宙は有限の体積だが、その外側にも果てしなく宇宙は広がっているのである。決して到達できない(要は私たちと因果関係がない)別宇宙が無限個あらゆる方向に泡のように並んでいるイメージを想像してもらうと良いだろう。そこで、こう考えることはできないだろうか。その外側の別宇宙で死んだ人間とまったく同じ思考パターンが偶然生まれることが起きるのでは?確率が限りなく小さくても、無限に広がっているなら‥理屈的にはあらゆる現象が起こるはず。だったら、そんな奇跡的なこともひょっこり起きることがあるのでは‥?


 これが可能かどうかは、実はこの宇宙が究極的にデジタルなのかそれともアナログなのかに関わってくると考えられる。どういうことかというと、例えば、ゲームのオセロで考えてみよう。オセロはデジタルだ。マス目には白と黒の二種類しか置けない。そのため、オセロに登場する盤面のパターンは膨大な数になるけれど無限にではなく有限である。一方アナログだと有限にはならない。例えば0と1の間の実数を数え切ることはできない。理由は、0と1の間がアナログであり、間の数が無限に存在するからである(非可算無限の無理数が含まれるのがポイントである)。

 もし宇宙がデジタルだとすれば、有限サイズの宇宙空間に占めることができる物理現象のパターンは有限となる。極端な例で言えば、素粒子1個しか入らない小さな宇宙があれば、その宇宙が持ちうるパターンは二種類だけだ。素粒子があるか、ないか(スピン等は省略)しかない。そして、その小さな宇宙がもう一つ隣に存在したとする。その宇宙でもやはりパターンは二種類だけだ。つまり二つの宇宙で同じ状態となる場合が生じる。例えば1つ目の宇宙で素粒子がある状態。二つ目の宇宙でも素粒子がある状態。これはまったく同じ宇宙だ。この考え方を広げると、私たちの宇宙のような巨大な体積でも理屈的にはそこに登場する物理現象パターンは有限ということになる。つまり、もしインフレーション理論がいうように無限に宇宙が並んでいれば、例えば私たちの住んでいる(観測可能範囲)宇宙を巨大なオセロ盤だと考えると、その隣にも無数のオセロ盤が並んでいる訳であり、それはつまり、それぞれのオセロ盤で同じ状態が発生する可能性があるということになる。

 するとどうなるか。オセロの話を人間に置き換えると、どこか遠い別の宇宙で全く同一の自分がいる(それも無限に!)ということになる。宇宙がデジタルだとそのようなことが起こりうるのだ。しかも全く同じ自分だけでなく、ちょび髭を生やした自分。今朝にパンを食べずにおにぎりを食べた自分。ユーチューバーになった自分。銀河帝国の王となった自分など、どんなバリエーションも存在する。その中で、たまたま死ぬ直前まで同じ記憶で、その後に死ぬことなく偶然周りの原子配置が中世のヨーロッパ風に並び替えられた世界にいる自分というパターンも当然あるだろう。なにせ考えうる全てのパターンが存在するからだ。そして、これは異世界転生そのものである。

 そんな宇宙に生まれ変わる可能性は限りなくゼロだろうと思われるかもしれない。だが、こう考えてはどうだろう。1億分の1の宝くじがあったとする。普通絶対に当たらない。当たるわけがない。だが、1億人いれば、誰か一人は当選する。そして、その当事者にとっては確率の低さなど関係がない。なぜなら当たったからこそ当事者だからだ。つまり、どんなに荒唐無稽な異世界であっても、そこに転生した当人にとっては確率の低さは関係がないのである。これが全パターンを網羅した宇宙が無限個あることの凄みである。


 というわけで、異世界転生を科学的に考察すると、この宇宙が究極的にデジタルであり、インフレーション理論がいうように宇宙が無限個存在するならば、異世界転生は必ず宇宙のどこかで発生していると考えてよいだろう。

 そして宇宙は現時点、素粒子レベルで見る限りはデジタルのようにも見える(その情報そのものが宇宙であるという見方もできる)。またインフレーション理論も色々と観測面で裏付けが得られようとしてきている。


 異世界転生。これは現実に起こっている物理現象かもしれない。


参考文献:

マックス・デグマーク「数学的な宇宙」

佐藤勝彦「インフレーション宇宙論」

須藤靖「不自然な宇宙」

とかです。だたこう書くとあれですが、自分はそもそも宇宙がデジタルかは怪しい気もしていますけどね。

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