第8話 嘘の始まり

「何も、思い出せないのです」

 私はしおらしく顔を伏せてそう言った。


 長年うちに来てくれている先生も、そして先生を呼びに行ってくれたポエットも、廊下にて護衛をしてくれていたリヴィオも、目を見開いて声も出ないようだ。


(嘘をついてごめんなさい。でもこれ以上利用されるのは嫌なのよ)


「自分の事もあなた達の事も全て。ねぇ、私はどうしてこのような怪我をしているの?」

 痛む頭を押さえ、そう尋ねるとリヴィオが口を開く。


「それは、護衛だった俺が守りきれなかったから受けた傷なのです。本当に何とお詫びしたらいいか……」


「そう……」

 あの時リヴィオは馬車を用意しようと離れた、それはローシュの為にだ。


 ローシュが私を盾にしたから怪我を負った訳で、リヴィオは悪くないと思っているのだが。


「エカテリーナ様、本当に申し訳ございませんでした。謝って済む問題ではありませんが、謝罪はさせてください」

 リヴィオは頭を床に付けて土下座までしてくれる。


「頭を上げて下さい。私はこうして生きてるのですから、あまり気になさらないで」

 つとめて明るく声を掛けた。だってリヴィオのせいではないもの、本当に怒ってはいないわ。

 離れる事を了承したのはローシュと私だもの。


「しかし、あなた様のお顔に傷が残ってしまった。それはどう詫びても贖えません。その償いをするためならば何でも致します」

 顔に傷?


 そこまでは気づかなかったが、目まで覆う包帯はそういう事だったのか。


(ショックだし、鏡を見るのは怖いけれど……でもそれでローシュ様が優しくしてくれるならば、構わないわ)

 これも試すために必要なものになるはずだ。


「それについてはいずれ話しましょう。えっと、とりあえずあなたの名前を教えてくれる」


「……リヴィオです」

 悲しそうな顔でリヴィオは教えてくれた。

 既知の人に名前を忘れられるなんて傷つくわよね。


(ごめんなさいね、全てが終わるまでは言えないの)

 リヴィオはローシュの護衛だから、もしかしたら記憶喪失が嘘だとわかったら教えてしまうかもしれない。


 それにもしも計画をリヴィオに言って、ローシュに伝えなかったとしても、後から黙っていた事が知られたら共犯扱いされるだろうから言えるはずはなかった。


(あら? これは意外と大変ね)

 全ての者に嘘をつき続けるのかと思うと、ちょっとだけげんなりした。


「リヴィオね、覚えたわ。それとあなた方のお名前も教えてくれますか?」

 ポエットと先生にも名前を聞き、悲しい顔をさせてしまった。


 仕方ないけれど、罪悪感半端ない。


(ローシュが改心するまでの間だから)

 彼が私を大事にしてくれると分かれば、すぐに記憶を取り戻した事にするつもりだ。


 自分で始めた事だけれど、早く演技が終わる事を願う。


 しかし、またしてもローシュに裏切られる事になってしまった。






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