自壊する理性
色々考えて、結局正面から堂々と入るのが一番確実だと判断した。
「・・・しっかしほんまにそっくり・・・いや微妙に違和感があるような・・・」
「ガワだけ真似ても100%完全に成り済ますなんて無理です。役者じゃないんだから」
「声もタンクラの女と同じなのにか」
「声帯認証程度にしか使えませんよ」
その呼び方、もう完全に定着してるな。あの人が聞いたらどう思うだろうか。
いつも通り、ヒフミさんの姿のまま、本部の建物に向かった。
不自然に見えない程度に、なるべく速くを心がけて。
当然緊急事態なので入り口は封鎖されている。扉に据え付けられた機械を通して中の職員に連絡を取る。
・・・今になって擬態が成立しているか不安になってきた。いつもの第19の連中とは違う人間相手だけど・・・
しょうがない。もう引き返せないし。
「私、ヒフミです。団長に緊急でお伝えしたいことがありまして」
「・・・お待ちください」
そのままあっさりと扉が開く。第一関門クリア、ここで躓いてたら話にならないとはいえ緊張したな。
下手に時間をかけるとボロが出るに決まってるから、さっさと仕事を済ませないと。
「ヒフミさん? もう戻ったんですかぁ、早いですね」
当たり前のように、物事はそう易々とは進行しない。
入ってすぐ、折悪しくちょうど奥の部屋から出てきた蛇宮の妹に見つかった。
「あの鋼の奴はもう倒したんですかぁ?」
「うん。軽く小突いたら逃げて行った」
「あいつが? 何だか意外ですねぇ」
確かに。あのいろんな意味で執着心の塊のような人が早々と引き下がるなんて不自然極まる。
でも下手に複雑なこと言うよりは、単純な方がいい。
「それで今は黄色矢さんが追跡してる。私とヒルメは一旦ここの守りに回って欲しいって」
「ひとりで? いくらあの人でもちょっと危なくないですかぁ」
「でも、いかにも陽動ですよって感じで、これ見よがしにあの鉄が出張ってきたんだから、きっと本命の襲撃がある」
これは本当。現在進行形でそれを僕たちがやってるし。
「じゃあ、私は団長に報告に行くから。あなたは外の見張りをお願い出来るかな?」
「わかりました。頼まれてた準備の方も、一段落ついたばかりなんで」
準備? そんなの聞いてない。けど、質問する訳にはいかないし。
・・・ヒフミさん・・・こういう情報の共有はしっかりして欲しいっていつも言ってんのに。
ヒフミさんと別れた後、本部前でわたしはひとり、佇んでいた。
さっきの騒動が嘘のように静かだな~地面には銃創やらが色々と飛び散ってるけど。
戦い方は派手な割に、鉄の奴は逃げ足がやたら速いんだよね。他の怪人にも当てはまることだけど。
怪人、かぁ。
ー何でこの怪人を人間だと思うんだい?ー
怪人とはそういうものだから。
わたしやヒフミさん、アキラそれに迦楼羅街の全ての人間にとってそれは自明の理・・・だったんだけど、改めて考えると根拠が全くない。
本当に一目見てすぐに察したっていうのが正しいかな・・・
ー何でこの怪人をー
キリキリ
ー人間だと思うんだい?ー
キリキリキリキリキリ。
キリキリキリキリキリキリキリキリ。
「っつ・・・!?」
頭・・・痛っ。
上手く考えがまとまらない。こんな時なのに・・・何か変なもの食べたっけ? そもそもまだ朝ご飯食べてないからじゃん。
空腹過ぎておかしくなった・・・そんなアホな・・・
ヤバい。
思考が迷走してる。
ついでに心の声の口調も変になってる。
早く初期化しないと。戦えない。わたしは探偵、蛇宮ヒルメなんだから。
ーものは試しだ。他のとは変えてみるかー
ーあなたは・・・・・好きに生きなさいー
キリキリキリキリキリ。
「っつ・・・・・・・ああ。ひっつあっつ・・・・・・・」
口から苦悶の声が漏れるのを防ぐことが出来ない。
ズレが生まれる.
この2年間、一度も感じたことのないのに。
次から次にその断層が視界のあちこちに湧いてくる。
「あ・・・ああああ!!」
制御を離れた独白は、ついに叫びになる。
それとともにわたしの中にある大切な何かが外界に漏れ出るような感覚が全身を貫いて。
必死で抑えようとしても、どうしょうもなく。そう母さんが消えた時のような感覚が止まらなくて、だから。
だからわたしはーーーー
「五月蠅いわ!!」
突然飛び出してきた影に横から張り倒された。
「朝っぱらからギャンギャンギャン。それでも公僕か」
凄まじく理不尽に正論をねじ込まれた気がする。
何とか立ち上がって、相手を睨みつける。
そこに立っていたのはあの時の。
「蜻蛉女・・・・!」
「そんなんでこっちの鼓膜を破る気か」
反応する前に、一瞬で距離を詰められた。
「あまりにも原始的過ぎるじゃろうて」
そのまま一閃。
胸と右肩、二発ずつ。ほぼ同時に喰らった。
「・・・っつ」
「これでも耳が繊細なんでな」
辛うじて踏ん張って、倒れるのを防いだ、その硬直を突いて蜻蛉人間が服を掴んでくる。
「後もつかえとることじゃし、取り合えず速攻で決めようか、え」
手元へと引き寄せて、顔を近づけてる。こんな無茶苦茶な形なのに、顔が人間のままなのが生理的にキツい。
暢気なことを考えてる場合じゃないのに。
どんどん思考が暴走して迷走する。
脳みそが茹ってる。沸騰気味。
「汝、この期に及んでまだ見とらんのか、ワレを」
一瞬だけ困惑したように口を動かし、そして。
グキッ。
そのセリフを言い切るのと同時に、蜻蛉がわたしの首元を噛んだ。
「っちっ・・・・・・・・!!」
痛い。
熱に浮かされた脳内に展開していた魔境が、痛み一色に塗りつぶされる。
「ぐうううううう、ぐうう、ぐぐうぐぐぐうぐぐぐふふふふう」
噛んだままだから、こいつが何を言ってんのか、一言も理解出来ない・・・・・・・・
ジジジ・・・・・
眼前で蜻蛉の羽がぴょこぴょこと動いている。
嫌でも目に飛び込んでくるそれが、気付けばいくつにも分裂していた。幻だ。わかっていても映像は修正されない。
ジジジ・・・・・
そして羽が空気を搔き乱す音が脳に注ぎ込まれていって。
痛い。
痛い、痛い。
痛い! 痛い! 痛い!
「ぐふふふふふふふ」
だからぁ、せめて意味のある言葉を喋ってよ。
あ。違う。
おかしいのはこいつでも周りの世界でもない。
わたしがおかしくなってるんだ。
探偵は例え外傷を負っても、ある程度自動で再生する。
だけど、精神面は別の話。
噛みつかれた瞬間から、この怪人は何かを体内に流し込んでいる。
全力で振り払おうとしても、手足の動きが感覚の異常に押しつぶされ、でたらめな方向に引っ張られているかのよう。
視覚、触覚、何より聴覚がおかしくなってる。
遠くの蝶の羽ばたく音が聞こえたかと思ったら、密着しているこの女の言ってることがくぐもって聞こえる。
聴覚過敏と聴覚消失が同時に成立している。
五月蠅い程に無音な世界。
静か過ぎるから、騒音が鳴り響く。
今まで感じていたズレなんてお話にならない程、周りの全てが拒絶されてる感覚。
「っと、十分に注いだか」
やっと噛むのを止めて、首筋から口を離しながら人外が呟いた。
「これが汝に聞こえとるか、は知らん。制御はワレにも手に余るからな」
四方を埋め尽くす音の狂乱の中で、どういう理屈か蜻蛉女の言葉が浮き上がったように耳に入ってきた。
「これが『耳蜻蛉』」
ジジジジ・・・・
囀るような羽音が次第に大きくなっていく。
「聴覚を自在に操り、弄ぶ異能じゃ」
世界が全て崩れ去っていくような混乱と焦燥と絶望。
脳裏で踊るそれがあまりに重いから。
わたしは耐えきれなくなって膝をついた。
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・・」
それでも、見ることは止めない。
視覚をどれだけ弄られようと、この化外から目を離さない、離してなるものか。
「・・・・・・・・・・・・ありがとう」
「?」
「何でか自分でもわかんないけど、あなたがちょっかいをかけてくる前に何かおかしなことになってたの」
まるで自分の根幹部をギリギリ引っかかれてるようなあれは、今感じているのとは別の悍ましさだった。
「でも、この攻撃、『耳蜻蛉』といったっけ? 一度脳をシェイクしてくれたのか、そのおかげで・・・いい感じになった」
「さっきから訳のわからんことを・・・・」
「ああ、そうだろう。別にあなたにわかってもらおうとは思わない」
キリキリ。
ジジジジ。
混乱の中で、それでも。
「探偵、蛇宮ヒルメ。権能の銘は『不在証明』、振るう武器は『零時間』」
探偵として蛇宮として、まずはこう言っておくべきだよねぇ。
「これより怪人『耳蜻蛉』を狩る探偵劇を開演する」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます