残りひとり

「はい・・・・そうですか。思ったより時間がかかりましたね」

「ケラ、この前といい、何でそういうこと言うかな」

「だって、あなたは本気になれば出来る人でしょう?」

 いい感じのこと言ってるようで、丸投げしてるだけだよ、それはさぁ。

「まあ、ともかくお疲れ様でした。後は僕の番ですね」


 そう、残るのはあとひとり。

 蛇宮フシメ。

 ヒルメの兄だけ。


「少しだけ、休んだらなるべく早く私も行くから」

 通信機にそう呼びかける。正直全力解放直後ですぐに寝たいけど、そうも言ってられない。

「そうだ、ヤマメさんはどうなんです」

「頭が潰れたから、胴体から声出してるけど、視覚と聴覚がほとんどないって。だから無理言って休ませることにした」

「サラッと凄惨なこと言いますね」

 実際凄惨なんだからしょうがない。

 あれだけ見事に押しつぶされて、本人の精神が全く凹んでないのが逆に異常なんだよ。

 私にとっては黄色矢なんかより、彼女の方がよっぽど怖い。さすがに口には出さないけど。


「お話は終わりましたか」

 くぐもった声で当の本人が語りかけてきた。


「それ、本当に大丈夫なの?」前の生首も大概だったけど。

「はい、あの探偵が頭を潰す直前に必要なものを、こう、チョチョっと格納して」

 その変にポップな表現はなんなの。

「それに何よりヒフミ様が助けてくださったおかげで、こうして無事に生存出来たという訳です」

 似たようなことを前も言った気がするけど、あなたの状況はあんまり無事じゃない。

「感謝されるような立場じゃないよ、私は」

 あんまり言われっぱなしだと照れるから、一応言っとく。

「元々ヤマメさんひとりで戦うはずの所に無理言って割り込んだんだから」

 そうなったらわざわざ場所を移したり、まどろっこしいことをする必要はないんだから、ここまで傷つかず迅速に勝利出来たと思うよ。

「でもヒフミさんはあの探偵に自分が勝たないとダメだと判断したんですよね」

「ああ、それはそう。だってヤマメさんに任せたままだと、二度とあいつに与えられた恐れを乗り越えることが出来なかったからね」

 その為にわざわざ「悪路・井戸」を持ち出してきた。

 ちなみにこの銃は一度「怪人形態」で撃つと、当分の間まともに機能しなくなるデメリット付き。

 しかもそのインターバルがどれほどの長さになるのか一定していない。再び使えるようになるのを待ってたら何も出来ない。

 おかげで前回、あれだけてんやわんや、名探偵やらを相手取った大立ち回り、そんな肝心な時に「研究所」の奥に放置されていたっていうんだから・・・


 タンテイクライの仕様に合わせた結果、こうなったとあの「武器商人」は言っていたけど。

 ただの馬鹿じゃないのか。


 撃てばそれだけ強大な法則であろうと、その世界ごと相手を喰らう代わりに、そのリスクが致命的に大きく、実践ではほとんど使い物にならない武器。


「絶対の窮地に路を開き、諸共全てを深い井戸の中に引きずり込む悪」

 それがタンテイクライ専用銃「悪路・井戸」


 問題はそれをこんな無駄な場面で使ったってことなんだけど。


「しょうがない。だってやられっぱなしは悔しいから」


 それに。

 フシメを倒すのはきっと私じゃない。



「じゃあ、打ち合わせ通りに、行きますよ。えっと・・・『のみとんぼ』」

「『耳蜻蛉』じゃ。それじゃあただのキメラで、ザザとキャラ被りするじゃろ」

 気にするのはそこなんだ。

「しかし本当に黄色矢を倒すとはの。正直あのふたりがここまでやるとは思わんかった」

「じゃあ、打ち合わせ通りに、行きますよ。えっと・・・『のみとんぼ』」

「『耳蜻蛉』じゃ。それじゃあただのキメラで、ザザとキャラ被りするじゃろ」

 気にするのはそこなんだ。

「しかし本当に黄色矢を倒すとはの。正直あのふたりがここまでやるとは思わんかった」

 背中から大型の羽を生やしながら糸追ジキが語りかけてくる。

 ちなみに服は破けないらしい・・・そこをツッコんだら負けだろうか。

「どうやったとか、勝てる算段はあったのか・・・と今訊くのは野暮じゃろな」

 どのみち答えられない。だって詳しい細部はハガネハナビ、それにヒフミさんしか知らないし。


 どれだけ念入りに計画しても、特にヒフミさんが絡むと大抵想定外のグダグダが起きるから。


 こっちとしては大まかな粗筋だけ把握し解けば、変に凝り固まらずに柔軟な対応が出来る・・・なんて言ったら、大抵は引かれるか呆れられるかだけど。知り合ったばかりのジキにそこまで教える義理はないし、それに僕たちと組んだことを土壇場で後悔されても困るし。

 だから沈黙は金。もっと有意義なことに話題を振ろう。

「中はどうです。聞こえるんですよね」

「黄色矢を追って増援を十数人程出た・・・残りは北区に四・・・東門に六・・・」

「肝心の団長の所在は?」

「執務室・・・くそ。さすがに壁があるの。はっきりせん」

 ここで言う壁っていうのは、「魔的」なそれだろう。第19でも重要な区画には「霊的防護」が施されてたっけ。どうにもそっちの方は明るくない。でも魔術だの神秘だのを学ぼうにも、その為の伝手がないんだよな・・・あれこれ考えてても詮無いことだけど。

 今は目の前のことに集中しよう。


「十分です。守りには最低限の人数を残してるってことですよね」

「そっちの頭が非戦闘員の退避やらのどさくさに紛れて、めぼしい奴を外を街の方とかに回したからの」

 普通なら他所の団長代理にそんな権限があるはずないってわかるけど、「迦楼羅街事件」でも甚大な被害を探偵団に与えた「鋼の怪人」が乗り込んできたんだから、そういう細かいことはどうでもよくなる。


 そしてそういう混乱した状況こそヒフミさんの独壇場。口八丁で自分の望む場を作るなんて造作もない。

 もっとも問題はその後なんだけど。

 何かにつけて取っ散らかって収集つかなくなる。探偵の仕事でもそんな傾向があるんだから、蛇宮ヒルメやらも絶対内心で余計なことするなって思ってるだろうな。


「そうだ、ヒルメ、団長の妹の方はどうです。やっぱり中にいますか?」

「え、ああ迦楼羅街から来た奴・・・うん。これは・・・移動しとる・・・?」

「「そうだ、ヒルメ、団長の妹の方はどうです。やっぱり中にいますか?」

「え、ああ迦楼羅街から来た奴・・・うん。これは・・・移動しとる・・・」

「移動? 外、あるいは団長の所へ?」

「それが・・・うろうろしとる・・・見張り? なんじゃこいつ・・・?」

 うろうろ? 何やってんだろ。

「・・・あんまり時間をかけるのはまずいです」

 ザザ、あの「斑鵺」ももう待機してるだろうし。

「せやな。ほんならワレらもそろそろ行こうか」

「はい」



 ヒフミさんはどうしてるだろ。

 さっき慌てて飛び出して行ったけど。

 そういえばあんなやる気満々のヒフミさんって滅多に見ないな。


 いいや、わたしはわたしのやるべきことをするだけだ。

 ぐるっと一周。この建物は一通り回って、元の場所に戻ってきた。

 そのまま殺風景なドアをノックする。

「・・・ヒルメです、団長。頼まれていた準備が終わりました」

 シュっと音を立てて扉が開く。

「ありがとう。もうじきここに本命が来るだろうからしかるべき準備をしないとね」

 準備か。

 変わらないな。実家にいた頃からフシメ兄さんは石橋を何度も叩いてようやく渡るタイプの人間だった。

「とはいえ、だ。正直その『鉄怪人』がいきなり乗り込んでくるのは予想外だった」

 そりゃそうでしょ。

 わたしたちが交戦した怪人の中でも、あれは特に行動が無茶苦茶で予測不能な奴だった。


 きっと中身もろくでもない性格に違いない。


「・・・・・・・・・・・」

「? どうしたんです?」

「いや・・・ヒルメ、随分変わったなと思ってね」

 何を藪から棒に。今にもあれの仲間が攻め入ろうって時なのに。


「家にいた時と比べて・・・そうふてぶてしくなった」

「これから戦いって時に、何でわたしは罵倒されてんの!?」


 兄さんの恨みを買うようなことをしたっけ・・・・・・・・割としてたわ。


「褒めてるつもりだよ」

 とてもそうは聞こえない。

「昔は自信がなくて・・・ああこれは能力云々とは別の話だよ」

 探偵でも何でもない、無能で子供だったあの頃のわたし。

「周りの目を伺っておどおどしてたヒルメが、しっかりといろんなことに向き合ってるように見える」

「・・・・率直に言って、その言い方は少しイラっとする」

「他に言いようがないから仕方がないよ」

 フシメ兄さんとしてはどこまでも誠実に語っているつもりなんだと思う。

 でも、結局これって・・・・・・・・・・


「ごめん。一応外に出て確認しないと」


 わたしはフシメ兄さんから逃げるように部屋を出る。



 これがわたしたち兄妹が交わした最後の会話だった。




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