専用銃「悪路・井戸」

 恐怖には匂いがあるらしい。


 その匂いを嗅ぎつけて、暴く。

 一度でも「黄色矢リカを恐れている」と認めた人間は、決して彼女に勝てない。

 それが彼女が敷く法則、探偵黄色矢リカの権能。

 あらゆる手段を用いて恐れさせ支配する。

 そこに論理も倫理も道理もない。あるのはシンプルな強弱のみ。

 弱点はその「下準備」が必要なことと、元からそんな感情を黄色矢に抱かない、ぶっ飛んだ感性の敵には無意味であること。


 そして言うまでもなく、船織ヤマメはその種の人間、ケラやヒフミが認める悪趣味の権化である。

 宿屋で初めて顔を合わせた時から、ヤマメは黄色矢という人間に、何の関心も抱いていない。

 彼女にとっては自分の趣味に合うか否かの、1か0、それが対人関係の価値観の全て。敵意の有無など些末なこと。


 そして船織ヤマメは興味を持たない人間を、決して恐れない。


 何故ならそれは舞台装置、空っぽな書き割り、枯れ尾花に過ぎないのだから。彼女の心を動かすはずがない。

 そんな極まった世界観が彼女の内面。


 鋼の箱の中で完結した、閉ざされた世界。

 そんな心の持ち主だからこそ、唯一ハガネハナビだけが、恐れを操る探偵に打ち勝てる。


「舐めるな、三下っ!」

 掴まれてない左手に銃を構え、黄色矢は密着した状態で私を撃つ。

「・・・無意味です」

 当然、いくら零距離で打ち込まれようと、ただの銃では鋼の装甲の表面を傷つけることすら出来ない。

 それはこいつもわかっているはず、だから今の銃撃の狙いは。


 パァン。


 音を聞きつけた仲間を呼ぶこと。

 乾いた音とともに、建物の中から弾丸が撃ち込まれた。


「黄色矢さん、無事ですかっ!?」

 そして私は、探偵芦間ヒフミとして、黄色矢を助ける為に駆けつける。


「・・・・・状況っ、教えて!」

 すかさず問いただす黄色矢。

「戦闘型の怪人との交戦規則に則り、非戦闘員は後方に下げて、施設の警戒に回してます」

 それに私は即座に回答して、自身も銃を構える。

「そいつとは、何度も戦った経験があります」

 数発撃ちこみ、探偵は黄色矢を解放しようとする。

「気をつけて。重火器、爆発物等を使ってくる厄介な怪人です」

「爆弾・・・・・・・・? だったらこの場所で戦うのはまずいよね!?」

「はい。そいつは自爆に躊躇いがないヤバい奴です、倫理観ゼロです、はっきり言って脳のネジが数十本単位で抜け落ちてます!」

「・・・・・・・・・そうなんだ」

 流れるような罵詈雑言だった。


「ヒノッペってもしかして普段猫被ってるつもりなの?」


 無駄なく発せられた罵倒に、黄色矢も一瞬素面に戻る。


「何か色々と含むところがありそうな表現ですが、それについては後にしてください」

 後で。

 ここまでは計画通り。こんな所で躓いてられない。


「まずはそいつをここから別の場所に運びます。あなたも協力してください」


 そう言って、私は専用銃、「悪路アクロ井戸イド」をハガネハナビに向けた。


「まずは・・・二、三発喰らっとけ!」

 何か話す前に撃つ。

 ドンドンドン。重厚な外見に似つかわしくない軽快な音を立てて、手元の銃から弾丸は発射された。

 容赦なく。

「・・・・・って、うわ!」

 明らかに素で動揺しつつ、そこはヤマメさん、しっかり対応してみせる。

 黄色矢を掴んだまま、身体を捻って片手で弾を弾く。

 結果。一発当たって残りは外れた。


「黄色矢さん、今です!」

 余計なことを言われる前に、咄嗟に探偵、標的を焚き付ける。

 それを聞いた探偵は、反射的に右足でハガネハナビの頭部を蹴り上げた。

「予期せぬ」銃撃に一瞬注意が逸れた瞬間を完全に突いた一撃。

 権能による問答無用の破壊力がなくても、素の強化された肉体によるキックがきれいに決まればそれなりの威力はある。衝撃は与えられたハガネハナビの手の力が僅かに緩む。

「ほら、そこ!」

 丁寧にそう言った後、私は再び銃撃する。

「ちょっと・・・待って・・・」

 悪く思わないで、ヤマメさん。

 ここで黄色矢を油断させるには、本気で戦う必要がある。

 安心して、なるべく手加減するから。なるべくね。


「減衰」

 声に発することなく、心の中でその言葉を唱える。


「悪路・井戸」を手にした時から、黄色矢にもヤマメさんにも悟られず、密やかにその波動は銃に装填され続けている。

 その効果は言葉通りの単純な威力の減衰に留まらず、着弾点に私の力の受容体を形成し、減衰の波動が通りやすくすることも出来る。

 周りにはあくまで「撃ったものの動きを鈍らせる」という絶妙に弱い効果で伝わってるけど。

「そういう・・・ことは・・・もっと相談・・・」

 回避しつつ、ヤマメさんの口から途切れ途切れにキレ気味のセリフが声に出てる。

 ・・・聞こえなかったことにしよう。


 恐怖を抱いた相手を支配し、自由に破壊する。

 黄色矢の能力に私は既にマーキングされている。


 ーまるで幽霊みたい・・・気味が悪いー


 最初の襲撃のごたごたで、うっかりそんなセリフを吐いてしまった。

 考えればあの時の挙動や情緒不安定な演技も、全ては相手に不気味な印象を与え、怖がらせる為の「演出」だったろうな。


 はっきり「怖い」「不気味」と口に出さなくても、心の中でそう思っただけで、黄色矢は相手より優位に立つ。


 何も知らなかったとはいえ、易々と思い通りの言葉を言ってしまうなんて。

 ケラも私も完全に油断して、致命的なやらかしを最初の段階でしてしまっていた。

 不幸中の幸い、というか、言動も思考も恐怖からかけ離れた人間のヤマメさんが仲間で本当に良かったよ。

 そして私は自分の失敗を雪がなければならないから。

 その為にはヤマメさんだけに頼る訳にはいかない。

 この場で黄色矢と相対して乗り越えないと、私は自分を許せない。


「・・・相変わらず、面倒くさいね。お姉ちゃん」


 その声はいつも通り、一切の兆しなく、こちらの事情を顧みることなく無遠慮に響いた。


 うるさい。久しぶりに話しかけてきたと思ったら、第一声がそれなのか。

 今本当に忙しいから黙ってて。


「気にならないの? 私が『誰の中』にいるか」


 この場に居なくても、遠方から声をかけてくることは出来る。

 そんなインチキなデタラメ寄生虫の事情をいちいち慮る程、私は寛容じゃないんだよ、シイ。

 性格的には目の前の黄色矢、あるいはフシメ団長・・・というのはわかりやす過ぎるから絶対にない。

 大方顔も知らない職員あるいはこの街の一般人だろ。

 なら誰でもいい。

 私に直接影響しないなら放置しておいて問題ない。

「それであっさり片付けるんだ」

「相手してる暇はない。二度言わせないで」

「何を言ってるの?」


 まずい。

 黄色矢に聞かれたじゃないか。


「独り言です。この銃を使うとたまに精神的に不安定になるんです」

「それ大丈夫なの?」

 真顔で訊かれた。

「はい、問題ないです、絶好調です」

 赤っ恥をかいた・・・

 おのれ芦間シイ。

「違う違う。ヒフミお姉ちゃんが迂闊なせいだよ。それをすぐ人のせいにしちゃうからいつまで経っても成長しない」

 我慢しろ、私。

 ここで煽りに反応したら、もう収集がつかなくなる・・・!

「その辺り、私はずっと心配してるんだから・・・」

 なおも垂れ流される益体のない言葉を。

「黄色矢さん!」

 強引に大声を出して断ち切る。


「気をつけて! そいつ何かしようとしてますよ!」


「! こいつ、銃を出して・・・施設を撃つつもり・・・!?」

 切迫した声をあげる黄色矢を見ながら。

「その推理は外れですよ、探偵」

 ハガネハナビは最初と変わらぬ興味なさげなさげな口調で淡々と告げる。

 そのセリフと同時に彼女の体内の推進機構が起動した。

「あなたたちの望み通り、場所を変えてやりますから」

 そして再び黄色矢をしっかり、今度は両手で決して逃がさぬように拘束する。

「涙を流して、せいぜい感謝してくださいね」


 怪人ハガネハナビと探偵黄色矢リカ。

 ふたりはそのまま飛び上がった。

「え?」

「・・・ぼやぼやしてると、置いていきますよ」

 腕の中の探偵ではない、他の誰かに向かって怪人がそう呟く。


「任せろ」


 そして私は、変身する。

 探偵、芦間ヒフミから怪人タンテイクライへ。


 そのまま地を蹴って、飛行するふたりを追う。

 速度は当然、探偵の時の比ではない。

 目に映る風景も既に完全に変化している。

 支配者である探偵から、異端の怪人へ全身の感覚が反転する。


 取り合えずは怪人らしく、容赦なく片付けようか。


「ヒフミお姉ちゃんはそれでいいの?」


 そんなの、2年前から決まってる。

 あなたこそわかってるでしょう、シイ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る