無慈悲に強襲
夜が明けた。
「到着しました。・・・本当にひとりでいいんですか、ヤマメさん」
「元主が言ったのでしょう、黄色・・・矢? とかいう探偵の相手は私しか出来ないと」
「とか」って。
この人にとって自分の関心とか趣味の外の物事には心底どうでもいいんだ。
だからこそ、あの探偵に勝てるとヒフミさんは判断したんだけど。
「でも治療が終わったばかりなんでしょう」
後から聞いた話。ヒルメがハガネハナビに負わせた傷は想像以上に危険でえげつない性質だった。
それはザザいわく、「傷口が絶えず動いているような」状態のもの。どういう意味なのか、いまいち理解出来ない。でもそれが与える苦痛や損傷が深刻なのは容易に想像可能。
「全く問題ありません」
なのに彼女の声はいつも通りだった。
「主の為でしたら。あんなのひっかき傷程度ですから、間違いなく」
正確には「自分が観てて面白い」ヒフミさんの為だろ。
さっさと仕事を済ませて、面白そうな見ものを観たいっていう何処までも利己的。
そんな悪趣味だからこそ、船織ヤマメのバイタリティは天井知らずに跳ね上がる。憎まれっ子世にはばかる・・・いや違うか?
「そうですか、あなたの相変わらずのゲテモノ趣味に感謝ですね、ヤマメさん」
「素直な称賛と受け取っておきます、元主」
もちろん冗談みたいなタフさだけではヤマメさんは回復しなかったろう、多分。
彼女の復活がここまで迅速に完了したのは、もちろんザザ、「土蜘蛛」のおかげ。
彼らの治療技術は、最低限の知識がある僕の目で見ても理解の取っ掛かりすらなかった。
ただ、言語レベルで格が違うくらい、高度なものだったとはわかる。
それを当然のようにザザは使いこなした。公園で派手に大立ち回りを演じたからといって、戦闘一辺倒じゃない。
土蜘蛛の王。
底が知れないな。
そう言えば・・・彼の技術も「蟲脳」を介してジキとかに共有されてるんだろうか?
「いや、さすがにあれは無理じゃ。なんちゅうか・・・そう『特化』され過ぎてる」
横のジキにあっさり否定された。
「『特化』? 専門化されたってことですか?」
「同じ虫でもクワガタムシに寄生バチの真似は出来ないじゃろ」
何となく言いたいことは伝わるけど、もう少しわかりやすい例を出して欲しいな。
「あのレベルの治療はザザと、あとナナっちゅう奴しか出来ん」
「そうですか。じゃあそのふたりが医療担当なんですね」
始めて聞く名前が出た・・・大事な場面に変に脳の容量使うのは、何かやだな。
「・・・ザザはそれ以外もしとるが。えっと戦闘、建設、栽培、偽装、索敵、事務と・・・」
「すみません。ちょっと一気に話すの止めてください」
無駄に形式を整えて情報量を増やすな。
あとジャンルがごちゃ混ぜになってないか、それ。
「しょうがないじゃろ、あいつはそれだけすごいんじゃから」
「それは何となくわかりますけど」
「言いたいことは・・・それくらい、ザザ、ワレらの頭は何でも出来るっちゅうことじゃ!」
ドヤ!
自慢気な顔をするジキ。
この人本当に何歳なんだ。
「なにせザザには『何でも出来て、何にでもなれる怪物』という『キャラ付け』がされとるからの」
・・・キャラ? また変な専門用語が湧いてきたな。
というか、ザザのことになると、ジキが急に早口になったな。
・・・この人もしかして自慢したいだけなんじゃ・・・
・・・ストレス、溜まってるんだろうな。
普段からコソコソ隠れてそうだし。
昨日今日会ったばかりの人間を、その解消に突き合わせるのは自重して欲しいけど。
標的を確認。
どうやらひとりでだけのよう。これは都合が良い。
朝も早いのにご苦労なことです。事務所前で走り込みでもするんでしょうか?
まあ興味ないですけど。
さて。
ではつまらない仕事をちゃっちゃと終わらせましょうか。
私は無警戒にさりげなく、探偵の背後に忍び寄り。
「黄色矢リカさんですね」
後ろから朝の挨拶のような気軽さで声をかけた。
「? 誰?」
彼女が呼ばれて振り返る前に、瞬間的に変身してから。
「ハガネパンチ」
思いっきりぶちかました。
「ゲフォ・・・ゲフォ・・・?」
「『何で?』って顔ですね。
こんな単純な攻撃を何で喰らった?
いや、そもそもなぜこいつはここまで近づけた?
いまの「ゲフォ」を意訳するとこんな内容でしょうね。
「もう種は割れてんですよ? あなたの浅い能力程度に、私ひとりで十分なんです」
それには何も答えない。ヒフミ様の前であれだけ囀っていた女は、船織ヤマメ相手に一言も発しない。
その代わりに身体を駆動させる。
自分のやり方が通じないことを否定するように、目の前の相手を速やかに倒す為に、一切の遊びを排除し最適な行動を黄色矢リカは選択する。
一秒にも満たないその思考の結果。
黄色矢は身を屈め、一瞬後に跳ぶ。
方向は横。同時に懐から何かを取り出す。
あれは・・・枝?
それも数が多い、多過ぎる。
数十本、下手をすれば百本以上の大中小様々な長さや太さの枝を投げ矢のようにばら撒く。
遥か遠方の宿屋を狙撃したのと同じものを。獲物を狩る弾丸にして、探偵は私に向かって無造作かつ執拗に投げる。
「何処にしまってたんですか、それ!」
「いつも肌身離さず持ち歩いているに決まっているでしょ! だって植物はうるさくない、何より私を裏切らないから!」
今さらっと痛々しい発言を聞いた気がしますが、私の中のセンサーが反応しないってことは、そこまで深い意味はないでしょうね。
ヒフミさん程とはいかなくても、せめて元主くらい屈折してないと観てて面白くないです。
しかし、黄色矢リカ。
てっきりその場にあるから利用しただけだと思ってたのに。
まさかお箸感覚で持ち歩いてたとは。
こういうのを自然派というんでしょうか。あまりよく知らないけど。
実際、彼女のここまでの枝への偏愛、枝マニアっぷりは予想外ですよ。
それ以外は全て想定の範囲内ですが。
この距離、あの時とは比べ物にならない威力のままハガネハナビの身体をハチの巣にするはずの投擲。
だけど。
カラン。
カラン、カラン。
それだけだった。
ただ単に勢いよく投げつけただけの木の棒は、何も貫かず誰も傷つけない、
「・・・っつ!? 何でっ!?」
今度ははっきりそう口に出して、しかし動揺を戦意で強引に押さえつけて、探偵黄色矢は次を繰り出す。
手刀一閃。
それはヒフミ様を沈めた理不尽な暴。
一撃で戦闘継続不能にした必殺の攻撃を。
「っと」
当然私は難なく回避する。
「動きが鈍い。居眠りしそうになるくらい鈍重」
そのまま相手を流れるように煽りつつ、突き出された腕を掴む。
「あなたって接近戦に向いてませんよ」
「っつ・・・離しなさい、よ」
こちらの挑発に顔を歪ませる。
賢明な探偵なら、いい加減事実を受け入れるでしょうね。
どう考えてもこの人は肉体派ですが。
しかたありませんね。
ここは「世界有数の気遣いが出来るメイド」こと私が親切にはっきり言ってあげましょう。
「あなたの権能、『自分に恐怖した相手を支配する能力』は私には効きません」
範囲はおそらくこの勢戸街全域。
元主は「黄色矢リカのことを」「怖い」と口に出して言った。
街の中で誰かがその条件を満たすセリフを言えば、そのことは即座に彼女に伝わる。
同時にそれを口にした相手が人、探偵もしくは人外、混ざりものか、その大雑把な判別情報も同時に届くはず。
人や探偵なら無視する。
それ以外なら。
ただ撃つだけ。
恐怖の源である黄色矢リカの攻撃は、どこから撃っても必殺の狙撃となる。
それが例え足元に落ちている枝を適当に放り投げただけであっても。
彼女を恐れる相手がそれを受けて倒れるのは必然。それが世界の理。
だからこそ、私にはそんな押し付けは一切通じないのは自明の理、だって。
「大して関心もない、嫌悪感すら湧かない相手を、どうして恐れなければならないんです?」
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