一対一

 前提。

 一対一の至近距離で、合図と同時に真正面から戦闘を行う場合、怪人と探偵は3対7の割合で探偵が有利である。

 何故なら探偵の異能とは、単に人が得た超常の力ではなく、世界を支配する神より与えられた恩恵。


 つまりそれを行使することは世界自体の助力を受けるようなもの。出力安定性ともに後天的に作り上げた怪人のそれとは比較にならないほど強い。


 だから権能を解放し加速と同時に突っ込んでくるヒルメをタンテイクライは迎撃しきれない。人の姿でありながらそれを超えた挙動で、取り出した短刀を振りかざすー


 しかし、それだけでは決まらない。


「勝手なことを言うな、あなたとの繋がりは利用出来る。そう簡単にはいさようならってなるか、馬鹿!」

 両手の刃で「零時間」の連撃を防御し、かつそのまま逆に相手を押し返す。


 二つ目の前提。

 能力の単純な強弱もその頭数も劣っている怪人が探偵と今日まで互角以上に渡り合えてきた理由。それは探偵より力は劣るがより複雑な異能を駆使した搦め手などの戦術、そして何よりも。


「一対一のぶつかり合いなら、例え重火器を持ち出そうが私の、私たちの方が上だっつってこと、いい加減理解しなさいよ!」


 単純な力や五感、動体視力など、怪人の身体の性能は探偵を上回る。


 そのまま斬りかかる。命までは・・・・なるべく取らない、多分。

「ちっ・・・見え透いてるなぁ。そんな斬撃はぁ」

 横方向加速ー強化した脚力を十全に使用し、人間離れした挙動で刃の射程から逃れようとー

「そっちの動きの方が単純だって。大体あんたの身体の選択肢は私より少ないからさ!」


 怪人は異能の同時に、自己の身体を異形に変える。人の形を保ったままの探偵より遥かに多い行動をとることが出来る。


 例えば肘の所から「もうひとつの腕」を生やすなんてことも。


「っ!」

 捕えた。不意を突くことが出来た。際どいタイミングだったけど。

 新しく生やした副腕の先端はヒルメの首に絡みついてる。

 蟲の脚のようなそれに握力はほぼない。でも加速を始める直前に身体に棘のついたものが引っかかってると、出来ないよね。下手に動くと切れるかも。そんな恐怖は能力の発動を遅らせる。

「そのまま永久に停止しててっ!」

 引き寄せてバランスを崩す、ここを逃したら手が付けられなくなる。だから速攻で潰さなきゃ・・・・・・

「誰が」

 一瞬ヒルメの身体が掻き消えて、掴むものを失った蟲脚は空を泳いだ。

「止まるっての」

 そしてほんの僅か、ズレた場所に再び現れる。

 ヒルメは手にした短刀を振りかざし、自分に絡みついていた細い脚を容赦なく寸断する。

「縛られるのはそっちの方って決まってるからさぁ!」

「・・・・っ!」っつ・・・・

 鈍いとはいえ副腕にも痛覚がある。その痛みに否応なく動きが停止してしまう。


 瞬間移動・・・・「不在証明」

 確かに拘束から逃れるのに最適だけど、実際に即座に発動出来るかは別の話。あんな風に縛られた状態で不用意に用いれば、再出現の位置次第では、密着した腕が首にめり込むかもしれない。


 それを知ってなおヒルメは躊躇いなく使ってきた。


 こいつは自分を世界から放逐するような真似を、本当に恐れていないの!?


「今更」

 硬直を突いて今度はヒルメの方から私の懐へ突っ込んでくる。武器は短刀。なら大ぶりの刃を構えた私は密着すれば不利ー!

「わたしのズレを知った風に語るなぁ・・・不愉快だわ」

 突き出された「零時間」が左肩をかすめる。反射的に減衰で動きを殺そうとするが、ダメだ。

 こいつに私の能力は効かない。


「わたしたちは与えられた権能一本をどう使うか、いつもいつも考えて、どんな状況でもそれを起動出来る精神を内に築いてる」

 身体性能強化の上に加速、空間跳躍。

 それを組み合わせて攻撃。

 単純極まる方法で、だから私の天敵になる。

「自分の身体の能力に胡坐書いてるあんたたちとは、力に対する理解も信頼が土台から違うんだって脳に刻み付けときなさぁい!」

 加速、加速。突き出し、斬る、斬る。


 っつ・・・・・・・減衰出来ない。通じない。

 世界を自分の都合のいいように歪めるムナを倒した力も、この蛇宮ヒルメに届かない。


 何故なら彼女の力は何処までも強化。

 自己の内部に働きかけて、速くなる、そこにいる、その可能性へ自らを存在ごと適応させる。その能力は外部へ全く影響しない。

 だから外部に放射される力を衰えさせる私の波は効果がない。


「ほら終いだから、白いの」

 斬る。斬る。斬って。斬る。繰り出される刃は装甲を斬り、削っていく。

 こっちが辛うじてそれを防ぎ続ける一方、斬撃毎に増々ヒルメは加速していく。

「って調子に乗ってんなよ!」

 そう、相手は完全に調子に乗っている。

 今や完全に腕の防御を貫通する速度で舞う刃が、確実にタンテイクライの身体に傷をつける。

 短刀自体の一撃は軽い。しかしそれは何度も何度も私を斬り刻んでくる、その蓄積は確実にこちらの身体が削り取られていく。


「好きにするってったでしょ。取り合えずあんたとの腐れ縁をここで斬って捨てるわっ!」


 そんな勝手な宣言とともに、繰り出した突きは今度こそ怪人の首を刎ねる勢いで迫る・・・それを許す訳がないでしょう。


 ゴガッ・・・

 鈍い音が響く。


 相手の突貫に合わせて、私の膝から生えた脚によるカウンターは見事にヒルメの腹に命中した。

 不意を突く為とはいえ我ながらギリギリのタイミング。ほんの一瞬生成が遅れていたら終わってた。

 怖いって。

 でも、腕からもう一つ腕が出るなら、足からも生やせるって考えなかったのは手落ちだったね、ヒルメ。

「ぐけ・・・・」

 決まったと思ったけど、斬られた分蹴りに力が入らなかったのか、吹っ飛ばされても彼女は再び立ち上がってくる。

 ちょっとまずいな。私も思ったより損傷が蓄積したせいで、微妙に足がふらついてる。

 下手すりゃ共倒れ。

 ここは勢戸街の外れとはいえ、騒ぎに気付いて、そろそろ第11の人間が来るかもしれない。

 向こうは見た目以上に頭に血が上ってるせいか、時間稼ぎって発想はないみたいだけど。どのみち長引く程こちらが追いつめられるのは明白。


「がっ!!」


 私がそんな賢しい計算をしている間に、ヒルメはそう気合を入れて立ち上がる。これはもう真剣に潰しにきてるよ、殺気バリバリで。

 まずったな・・・・さっき煽り過ぎたせいなのか。

 私ならうまく取り込める自身は・・・・正直あまりなかったけど。

 最初にキツイことを言って頭を真っ白にして、そこに色々注ぎ込めば私の言うことを聞いてくれるはず。

 そういうことを昔読んだ本に書いてあったし。それと実践するのとは違うとはわかっていたけど。

 結果は見事に裏目に出た・・・・笑えない。

 ケラに昔調子に乗って余計なことを言う悪癖があるって言われたの。真剣に聞いておくべきだったかな。

 でもそれを言ったあいつの方が、無駄に私含めた周りを煽ってるし、そんなの真面目に聞けるかっての。


「はぁ・・今のはキツ・・・・でも、逃がさないから」


 無駄な思考で現実逃避している間にも目の前の探偵はにじり寄ってくる。

 何で今日に限ってこんなにアグレッシブなんだよ。

 普段私と仕事してる時は、あなたそんな性格じゃないのに。

「よくも・・・・人のことを決め付けたな・・・ウザいんだから・・・」

「決めつけてない。ちゃんとあなたの心に寄り添って、相談をね・・・」

「少しは口を閉じてろよぉ・・・・テンパると口数が多くなるの、知り合いを思い出して不快なんだから」

 誰のこと言ってんの?


 はぁ・・・・・本当に油断した。

 ケラは今頃聖屋の病室、ヤマメさんはあいつといっしょにいるはず。

 仕方がないとはいえひとりでヒルメを相手取るのは、無謀だった・・・いや、例の襲撃までになるべく早いタイミングで勧誘する必要があったし。

 後になると接触も難しくなる。ここを逃すことは出来ない相談。

「っ・・・つまりこの面白くない状況は、私の交渉が下手なせいで招いた自業自得ってことで」

 自業自得って嫌いな言葉なんだけど。さすがに認めるっきゃないね、これは。


 さて、どうしよう。


「ヒルヒル。怖いことになってんね」


 そこに更なる災いが来訪した。


「あっれ・・・昼間の、あの怪人!」


 笑顔で黄色矢リカは戦場に現れた。

「まだこの街を出てなかったんだ、意外だなぁ~」


 ・・・ここで何で来るんだよ、しかもアッパーモードで。こういうのを相手にするのって凄まじくめんどくさいのに。

 嫌がらせか。あの惨敗からまだ一日も経ってないのに空気読まずにこいつは・・・


「取り合えず、うん取り合えずピンチぽいんで」

 内心でそんな八つ当たりをする私の前に、黄色矢は一瞬で距離を詰めてきた。

「・・・へ?」

 あまりにあっけなく接近された驚愕のあまり、間抜けな声が漏れる。


 あの時といい、こいつ、何なんだよ。


「捕獲させてもらおうか、白いの」

 ごく自然に、当たり前のように突き出した彼女の拳は私の胸を打った。


 ドクン・・・

 鉄の塊を受けたような衝撃が、身体の中に広がった。

 さっきまで受けていた斬撃とは完全に異なる、脊髄まで届く重い一撃・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・・あ」

 それが脳を揺らしたことを感じたそのすぐ後、一切の抵抗をねじ伏せる暴力に私は意識を奪われた。

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