動機
「それで、あんな嫌がらせ100%の回りくどい呼び出し方をして、何の用なんですかねぇ・・・この変態怪人」
「さっきからテンションおかしくない!?」
「エッヘヘ、人間大の蜻蛉に襲われたら誰だってこうなるよぉ」
おかげで、昔あったことを色々思い出しちゃったし。
「ねえ、そろそろいいんじゃないかな、蛇宮ヒルメ」
「質問の答えになってませんよ、それ」
「わかっているだろ? 君自身、なんで私がここにいるのか」
わたしの反論を意に介さず、白い怪人は言葉を続ける。
「きみに私たちの仲間に加わって欲しい」
「当然却下ですよ、脳みそ怪人女」
「・・・・・・」
顔は見えないけど、断られるとは思ってなかったみたいな表情浮かべてるんだろうな。
こいつわたしがはいよろこんで、なんて言うと思ってたんだろうか。何でそこまで前向きになれるんだ。あるいは人間のことがよくわかってないのか。
怪人だし。
「きみは一度私たちと一緒に芦間ムナと戦った」
「あれは向こうがわたしを切り捨てたから。裏切ったのは彼の方」
「その前にきみは名探偵に喰われた」
何気ない口ぶりで、怪人は思い出させる、わたしが目を逸らし考えないようにしていたことを。
「大義の為でも理想の為でもなく、ただ何となく自分の糧になりそうだからという理由で」
献身も忠誠も関係ない。あれらにとって探偵の存在など補充可能な餌と同列に過ぎない。
「繰り返されるよ」
ふと、これまでの掴みどころのないふわふわした口調に真剣さが混じった。
「この世界に名探偵だの探偵だのがいる限り、間違いなくムナのような奴が出てくる」
「あの人は勝手に暴走して、それで・・・」
「名探偵は、神は私たちのことを見ていない」
それはわたしがあの時悟ったことだった。
今まで戦うしかなかった怪人、まともに話をするのもこれで3度目の、わたしのことなどまるで知らないはずのタンテイクライは、蛇宮ヒルメと同じ結論に達した。
「『名探偵は、混沌とした旧き世を壊し秩序と平和をもたらした』」
それは人々が信じる世界再生の神話、名探偵の神性を示す物語。
「そんなのはお題目。あいつらが望むのは破壊だけ」
それを目の前の怪人は欺瞞と断じて切って捨てる。
「性質的にも、あれらは外から飛来した汚染源。秩序を謳いながら存在しているだけで世界を、人を歪めて壊す災害に過ぎない」
「災害・・・」世界を自分の色で塗り替える蛇宮のように。
「探偵っていうのは、そんな災害に惑わされて目を瞑ったまま異能を振るう走狗に過ぎない」
秩序の守り手なんて虚飾は、怪人には通じない。
「そんな人間の中にとって、名探偵やその力だけが至高。だからムナのように周りを平気で捨てることが出来る」
圧倒的に輝いて見える存在の御心に沿うことや、その超常性に近づくことがあまりに魅力的だから。
それに比べれば他のどんな物、家族すら自分自身すら秤にかける価値もない。
「この世界に全能の神のような探偵はいない。いるのは探偵という名の災害とその狂信者だけだ」
「・・・・・・何度も言うけど、わたしもその一員なんだけど」真剣にこの人忘れてる訳じゃないよねぇ?
「でも、きみは違う」
てっきり適当にごまかされるかと思ったら、思いもかけず真摯な様子で白の怪人は返答した。
「酔ってない。名探偵の神性にも、探偵としての自分の権能にも惑わされない」
空っぽだから。
いつもズレてるから。
その時、わたしは彼女の言葉を何処かで受け入れている自分を感じた。
「‥‥黙れ」
それが怖かったから、今度こそ全霊で眼前の相手を拒絶した。
「そんな風に知った風なことを・・・わたしは自分の意思で生きて探偵になった、それだけ」
ーあなたは好きに生きてー
「・・・だから、あんたたちの仲間になんてなる理由がない」
「だったら聞くけど、蛇宮ヒルメ、蛇宮の末裔」
間髪入れずにタンテイクライは口を開く。
ここまで散々好き勝手な詭弁じみた長台詞を聞いてきた、どうせまた適当なことを言うに決まってる。
そのはずなのに。
これ以上こいつの話を聞けば戻れなくなる。
理屈抜きにそう直感した。
それが躊躇いとなって、相手の口を防ぐことを妨げる。
そのまま怪人の言葉がわたしに届く。
「何できみは探偵になったの?」
そんなことは決まっている。
「この世界の秩序を守る為・・・」
「それはわかりやすい嘘、だよね。だって私よりもあなたの方が、名探偵は秩序も市井の人々も何も見ていないと理解している」
何でこいつはさっきからこんなにわたしの心を抉るようなことを囀るんだ!
いらだちを押し殺し、機械的に口を開く。そうしなければ自分の足場が崩れ去るように感じたから。
「探偵の力が欲しかった。馬鹿にしてくる奴らを見返したかった」
我執。動機としては最悪の類。そこまで言う無様を晒しても。
「違う。そんな感情はきみの中にないと断言する」
逃がさない。
タンテイクライは安易にわたしが露悪へ逃げることを許さない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・ひっ」
声が出た。
何か言わないと。理由を言わないと。そう考えたんじゃない。
何で自分が言葉に詰まっているのかが、全くわからないことにわたしは困惑していた。
まるで理解出来ないことを突き付けられた。
いつかどこかの青い部屋で、あの名探偵のように、その対極である怪人がわたしに真実を示す。
「そう、名探偵井草要に飲まれ、芦間ムナに斬られてもなお探偵であり続ける。それが異常なことだと思わない」
そんなことがあっても蛇宮ヒルメは自分が探偵であることに疑いを持たない、それは何故か。
使命も卑小な我執ですらその動機にはなり得ないとタンテイクライは断言する。
だったら何。
わたしが探偵であり続ける理由は。
「教えてあげる」
いつか感じた始めて感じる感情の上から、白い怪人は語り掛ける。
「蛇宮ヒルメが探偵になったことに動機はない」
「ない・・・?」
「私はきみのことを、きみが想像しているよりもよく知ってる。普段きみがどんな感情で私たちと戦っているのかも」
何を言ってる、何を言おうとしてるの。ダメこのまま言わせたままじゃ。
わたしは。
「埋めたいんでしょう? その空っぽさを」
そして怪人は決定的な言葉を吐いた。
「あなたが探偵になったのは蛇宮だから、家族が皆探偵だったから、自分が品種改良の末裔だから・・・突き詰めれば生まれた環境がきっかけ」
「それの何が悪いっ・・・わたしが蛇宮に生まれた。だからっ・・・」
無能な妹。生かしておくと危険・・・
周りの家族はわたしを探偵に向いていないと言っていた。他に生き方があるとも。
フシメのように高い能力を持っているならまだしも、無能なわたしには蛇宮は探偵となる理由にはならない。
「私は悪いと思わない。でも蛇宮ヒルメ、あなた自身はそうじゃない。そんな『惰性』で探偵となった自分に後ろめたさを感じている」
だから戦う。そのことを忘れる為、見ないようにする為。
「戦っていれば、そんな自分に空いた部分が埋まると信じた」
ー神様、神様、お願いです。もっと意味のある強敵をわたしに与えてくださいー
そんな風に無意識に願っていたのは何時のことだったろうか。
「そしてついでに言わせてもらうと、探偵である限り、あなたは決して満たされない」
冷酷に、女怪人はわたしに向かって断じる。
「その理由は言うまでもない。探偵という存在自体が救いようもなく空虚なものだから」
世界自体が外部から飛来した連中に喰い散らかされ、スカスカの残骸を秩序と信じる神の眷属。
「だったら、このまま私たちの仲間になればいい。そうすればきっとその胸に空いた穴も埋まるはずだから・・・」
怪人はそのままわたしの方に手を伸ばして・・・・・・・・
「んな訳ないでしょ、この怪人がっ!」
ドカ。
重い音が夜の公園に響く。わたしの渾身の右ストレートは目の前の怪人の顔に見事直撃した。
ざまあみろ。
訳知り顔で気持ちよく弁舌を振るっていた時は、まさかこんな仕打ちを受けるとは想像していなかったでしょう。
顔は見えないけど、その仮面の下で呆然とした表情を浮かべてるかも。
うん、これはいい、快感だよね!
「わたしが何の為に探偵であるのか、そんなのはあんたに関係ない」
「探偵? 私たちに泣きついてムナと、それから芦間ヒフミの記憶を消去したのを忘れたの?」
「ムナ団長については、泳がせてた方が都合がいいだろうから、元々適当に脳を弄る予定だったんでしょ、わたしとは関係なく」
「そんな力を怪人が持ってることを誰にも言わなかった。それが背信以外の何だというの?」
まさか、それが私を取り込めると思った根拠なの?
だったら浅い、浅いよ。
「あんたたちと一時的にでも手を組んだことがばれるようなことを、私が言いふらすはずがないから」
「そんな風に片づけられる程記憶操作って些細なことかな~!?」
「手の内はもうわかってる。胞子でしょ?」
「・・・・・・・・・・・」
今度こそ、仮面の下の顔は蒼白になっていると確信する。
「あの時わたしが唯々諾々とムナの処置を見逃すと思っていたの?」
だったら楽観的過ぎるな、怪人。
「観察は既に終わっている。鼻や口から入り込み、脳に寄生し記憶を操作する胞子。その習性がわかれば、いくらでも対策は立てられる」
万象を観察し、そこから勝利の道筋を構築する。
それが探偵の王道ってものでしょ。
「初めから、あんたたちはわたしに利用されていた。それを自覚しなさい、怪人『タンテイクライ』」
そういって、「まるで名探偵のように」わたしは言葉を叩きつけた。
・・・・‥まずった。これはやってしまった・・・・
「百眼」はこちらの切り札である記憶、そして思考を操作する技術。
念の為ヒルメには単なる記憶消去としか伝えてなかった。
それだけでも十分に脅威である怪人団の機密をあえて彼女に伝えたのは、ムナの記憶消去に関して共犯意識を持たせる為だった。
もし何か怪しいそぶりを見せれば、傍にいる芦間ヒフミにはいくらでも上書きする機会はある。
それが油断だった。
こちらを侮る隙をヒルメに与えてしまった。
あくまでも探偵として、蛇宮ヒルメは私の前に立つ。
彼女は名探偵の加護を信じず、空っぽなまま探偵であり続けようとしている。
「わかったかなぁ、怪人? じゃあ、そうね、ええ。やられっぱなしってのは良くないから」
ここからは探偵の手番だ。
そう呟くと蛇宮ヒルメ、怪人タンテイクライにとって最悪の相性の探偵は私へ飛びかかってきた。
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