襲撃計画
「じゃあ、鏃は
「ああ。海辺にある。あんたらの街と比べて何もない場所だけどな」
最初は遠慮してたけど、「歳や役職が同じなら、変に畏まってるとやりにくい」と向こうから言ってきたので、わたしは彼とため口で話していた。
こういうことをさらりと言えるなんて、外見に違わず鏃って外向型なんだろか。
少なくとも黄色矢さんはよりは話してて疲れないからいいや・・・何でわたし、あの人に苦手意識あるんだろ?
う~ん・・・何となく、としか言えない。ああいうタイプとは馬が合わないっていうのかな。
例えば青い部屋で出会ったあの・・・
あれ・・・誰だっけ?
「ひとり帰ったんだろ。何か事情があんの?」
鏃の言葉に引き戻される。いけないつい変なこと考えてた。
「そう、まあ色々と。意見の相違というか、その場のノリで行っちゃったというか」
「ノリって」
信じてないような、微妙な表情で鏃がこっちを見てる。
しょうがないでしょ。わたしの知る芦間ヒフミさんはそういう人だから。
「まあ、わかる気がするが」
「わかるんだ」あっさり信じたのは、結構意外かも。
「知り合いに似た人がいてな」
どんな人だろ。ヒフミさんと同じようなのがいるなんて、世の中は広いんだな。
「それで、準備はこれで全部ですか」
日没後、東の門に向かうまでに、後方で待機するヤマメさんと持ってきた外付けの装置を確認する。
「『スコープ』と音を拾うのと、それから熱遮断のコート・・・」
「後細かい諸々・・・よくこれだけの数を持ち込めたよね」
ヒフミさんが今更のように感心して言う。呑気に聞こえるけど、確かにその通りだ。
一応街に入る検問とかもあったのに、当たり前のようにこうして一通りの装備を揃えるなんて。さすがに大きいものは「擬態させた」とはいえ。
「僕だけでは全部は隠しきれなかったのに。一体どうやったんですか?」
「メイド服ですから」
答えになってないのに、変な説得力があるから困る。上手くいったから文句はないけど。
「元主、それにヒフミ様。おふたりの方は」
「マイク、と後は発信機。マーカーを拾うのはこの機械で」
部屋の床に置かれた無骨なタブレット装置の画面を指して言う。
「先ほど動作もチェック済みです」何かあったら、これでヤマメさんは僕たちの位置を捕捉出来る。
「それから、使わないに越したことはないんですが、一応武器も」
短刀に拳銃。見た目は頼りないけど、それ相応の性能はあるし、持ち運びしやすい。何よりも足がつかないのがいい。
「それにしても、向こうも時刻を指定してくれれば良かったのに」
「向こうなりの方法で、こちらを試しているのではないでしょうか。言われた通りどれほど待っているか」
誠意を見せろってことか。そういうので時間取られるのは嫌だな。
ざっくりと夜とだけ言われてもどのくらい待てばいいのやら。下手すりゃ数時間以上? 勘弁して欲しい。
「よく来てくれたね、ヒルメそれにアカメ」
執務室に呼び出された。毎回わたしたちの方がここに来てやり取りしなきゃならないんだろうか。
うちではなんだかんだ団長の方がいきなりやってきて仕事押し付けてくるパターン多かったから新鮮。
部屋には先に黄色矢さんが入っていた。
よく考えたら、いきなりこの人が現れたらちょっと心臓に悪いな。じゃあこっちから出向く方がいいや。
そんなこと考えてると、兄さんは私たちに机の上に置かれた冊子を手渡ししててきた。結構分厚い。
「大まかな計画だ。状況に応じて確認してくれ」
そんな大雑把に言われても。そうそう想定通りに進むことはないでしょうに。
相手は異能持ち、自然現象よりも予測不能の集団なのだから。
「・・・襲撃の時は別々に行動する。相互連絡は徹底するが、それでも妨害で遮断される可能性は高い」
そういえば、土蜘蛛の十八番は隠蔽、陰に潜むことと聞いていた。ならこちらの目や耳を奪うのは造作もないんだ。
「だから、最悪孤立した状況でも対応出来るように、今のうちに想定される事態への対応は全てはっきりしておきたい」
「それでもわからないな、フシメ団長」
兄さんがそこまで言った時、わたしの横にいた鏃が口を開いた。
「何で一気に複数の場所を襲撃、なんて無謀なことをする必要があるんですか?」
そう、確かにヒフミさんも呆れていた。いくら戦闘向きの能力持ちとはいえ、ただでさえ少ないのにわざわざ分散してまで同時攻撃に拘るのは変でしょ。
「これは、はっきり確証がある訳じゃないんだが」
鏃の問いに慎重に、言葉を選ぶようにフシメは答える。
「奴らは思考の伝達、情報の即時共有能力を持つ可能性がある」
伝達、共有って。そういえば精霊の類にはそんな力を持つって、昔聞いたような。そして土蜘蛛はそれら堕ちた神を兵器として扱える。
「全員で一か所を襲撃して、そこが外れだった時、向こうにそんな能力を使われたらまずい」
こちらの狙いが「蜘蛛の親」だと知られたなら。
「どこか地の底にでも隠されたら、再び見つけるのは不可能になる」
「ちなみに実際の所、そのお宝が今回の場所にあるってのは確かなんですか?」
鏃が問うと。
「ああ。それについては詳しいことは話せないけど、信じてくれ」
その言い方だと、ここの機密とかに関わるか、もしくは情報源の秘匿とかか。
ああ、でも。
「何だか一方的な話だよね。全部話さない、もしくは情報を小出しにしておいて、こっちには信用してくれだなんて」
身内として言うべきことは言っとかないと。
「そもそも今の話をヒフミさんに伝えておけば、彼女も出ていくことはなかったろうに」
わたしがそう言うと鏃が「そうか~?」と呟くのが聞こえた・・・どういう意味だろ。
ま、いいや。
「・・・それについては確かにヒルメの言う通り。否定出来ないな」
フシメ兄さんはこちらの言い分を認める。
「でも、まあ些細なことだ」
・・・この人は昔からこうなんだ。一応人の話は聞いて応答はするけど、自分が正しいと信じ切ってる。根本的に話が通じない。
「探偵ひとりの存在など、大した要素ではない」
自分たちの存在意義すら、探偵団長はそう言って否定する。
「全てが正しい世界にあれば、僕たちが勝つ。そうでなければ失敗する。それだけだ」
蛇宮、あるいは同じく神を奉ずる家なら程度の差こそあれそういう人間が多いのは知ってるけど、ここまで典型的なのはそうそういない。
いてたまるか。
こんな意味の分からない内輪でしか通じない話をさも常識かのように語る組織の頭だなんて。
そして質が悪いことに人間性がイカている程、探偵としては強くなる。
実際にフシメもわたしなんかと比較にならないくらい成果を挙げているからこそ、他の探偵団も今回のでたらめな計画に人材やらを送って支援した訳で。
・・・本当についていけない。
「あ~団長、それにヒルヒル。落ち着いて、ね?」
微妙に険悪な雰囲気になりかけてると、横から黄色矢さんが場違いな程明るい声で話しかけてきた。
「折角だから、この書類見てから話を進めない? 当日の大まかな流れは私の方でまとめてるからそこだけでも読んで」
あっけらかんと言われてようやく冷静になる。
いけないいけない。何だか最近探偵らしくなくなってる。
これも切り捨てられて、その挙句あいつに関わったせいなんだろうな。
早めに何とかしないと。
「じゃあ行ってくるぞ、ザザ」
塗り潰したような暗闇に向かってジキは声をかけた。当然返事はない。でもそこにいるのはわかっているのだから。
「早めに帰る、と言いたいがそうはならんじゃろ」
「・・・・・・・・・・」
「十中八九、小競り合い、悪い方に転べば混戦になるの。一応それ用の道具も持っていくが大事にはしたくない。おんしもじゃろ」
手に持った槍のようなものを示した後、相手の返事を待たず、彼女は話を続ける。
「相手の実力を測って、そんで肝心な場面でこちらの役に立ってくれるか見定めるには、程よい混乱がええんじゃけど」
なお、ジキたちにとって「程よい」とは普通の感性で言えば「手の付けられない」状態を指す。
「まあ、そうは言っても拾人形。あの『来訪者』を二柱葬ったからには力は本物じゃろて」
「・・・・・・・・・・」
「ああそうじゃな、それにネネが『覗いた』情報もある」目を細めて、心底楽しそうに。相手の返答を聞かないまま、ジキはひとり芝居のようにセリフを続ける。
「数百人分。『胞子』で弄られとった脳を読むのは時間がかかったが」
記憶を操るのはヒフミたちの専売特許ではない。特に「土蜘蛛」の本文は情報操作。それに特化した能力がいないはずはない。
ケラ、ヤマメ、そしてヒフミの素性。特にヒフミについては通信の前からそのおおよその立場は把握されていた。
あの盗聴は彼女と怪人側の関係についての、最後の確認に過ぎなかった。
同じ怪人、異能であっても情報を扱う能力については、それほどに彼我の差は大きい。
特に断片的な記憶を集めて再構成し、事実を明らかにするのは土蜘蛛の専門分野といっていい。
だからこそ、「迦楼羅街」の裏で何が起きていたか、ジキたちは容易に理解出来る。
「『変異体』、向こうの言葉で『英雄』じゃったか? それを討ったっちゅうのはどうやら本当のようじゃな」
だから面白い。
一通りからからと笑って、糸追ジキは暗闇を出て街に向かう。
「タンテイクライ」に会う為に。
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