蜘蛛の暗闇

「いいから、いいから。私のおごりで」

 そう言って注文をする黄色矢さん。何だかわたしって、出会った時からこの人にペース握られてるような気がする。

「何にする? ちなみに私は・・・」そう言って何だかやたら長い名前を言う。多分ケーキだと思うけど、長過ぎて憶えられないって。

 他のメニューの品も、やたら複雑だから困っちゃう・・・

「じゃあ、このイチゴケーキを」取り合えずこれならわかる。

「並、盛、イチゴ特、白特、スペシャル、適当、お任せ、ランダムの内どれにしましょうか?」

 いきなり専門用語をぶっこまれた。

 しかもいくつか聞き捨てならないのもあった、何なのさ適当って。

「・・・お任せで」

 これでも割と有名な店で他の街にもあるらしいけど。世の中にはわからないことが多いなあ。


 ヒルメが注文に悪戦苦闘している所から離れた席では、男女ふたりが同じくやたら長い注文をしていた。

「では、こちら『本日のおすすめフルーツ・さっぱり・並・青』と『スペシャル・チョコレート・まろやか・ランダム』でよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」ヤマメがそう言うと給仕は笑顔で店の奥に向かった。

「・・・ちなみに、今のどういう品なのかわかります?」ケラがそう聞くと、

「さあ? あのウェイトレスの制服の観察に忙しかったので」ヤマメはそう答えた。

「言い方変えましょうよ。それ、普通に犯罪に聞こえますから・・・」

 言い方の問題なんだろうか。

 でもヤマメさんは純粋にメイドっぽい服自体に欲情しているだけで、中身には何もやましい感情を持ってないって前に言ってたような。

 それはそれでダメな気がする。というか。

「メイド服以外の着替え、持ってきてたんですね」

 目の前の席に座ってる彼女はワンピースというありふれた服装だった。

「? 何で制服のウェイトレスがいるのに、私がメイド服を着る必要が?」

 そんな当たり前のことを聞くな、って感じで返されてもあなたの常識には、僕にとって未知の概念が詰まってるんだから。

 何だよ。同じ場所に異なるメイドは存在してはならないとかそういうルールでもあるのかメイド界。

「・・・それで、聖屋さんには連絡したそうで」

 何だか訳のわからない業界に脱線しかけた思考を無理やり戻す。

「ええ、先ほど。あなたと行く人間の変更を」

「そう。彼もまあ忙しそうだから」

「私の方は予定通りの場所で清掃を」

「必要ならヘルプに回ってもらうから」

「先方の対応次第ですよね。なら、なるべく元主がうまく機嫌を取れば済む話です」

 さすがに公の場所だから、あまりツッコんだ話はしないし、色々ぼかしているけど今のセリフの意図は。

「もし『土蜘蛛』との交渉がうまくいかなかったらお前の交渉が下手なせいだから、ヒフミ様のせいにするなよ。私に尻ぬぐいさせないよう精一杯努力しろ。そうしなければ処すぞ、元主。わかってるよな~?」

 ということだろう。

 口調が物騒? こんなチンピラ紛いのこと言わない?

 まあヤマメさんだし大体こんなもんだろ。

「今さらっと失礼なこと考えませんでした?」

「気のせいです。じゃあ、ひとまずはこれで」

 今の所、「拾人形」としてはこのまま明日を待つ。

「露骨にごまかされたような気もしますが。まあ、大方問題ないでしょう」

 ヤマメさんも同意する。まあ彼女の役割は変わらないし。

「お待たせししました。『本日の特別フルーツ・さっぱり・並・赤』と『デラックス・チョコレート・ぽっかり・ランダム』です!」

 そこにウェイトレスがオーダーした品を持ってくる。

「あれ・・・微妙に名前変わってない?」

「さあ? まあ私は制服が同じなら全く問題ないので」

 本当にこの人はブレたり怯んだりないのな。



 勢戸街の周辺には森が広がっている。

 混乱期の中幾たびも焼き払われてもなお木々が生い茂る地には、いくつか洞窟が存在する。

 薄暗い森よりもなお暗い、その闇の奥に地上とは別の世界が広がっていた。


 暗い暗い地の底。広大な空間が広がる暗闇の中に蜘蛛の巣はある。

 様々な機械に生物組織、呪術道具、魔導書の類が乱雑に積み上げられている。

「ザザ。ジキじゃあ。戻ったぞい」

「・・・・・・」

 返事は返ってこない。姿も見えない。当たり前だ。ここは灯りひとつない、真の闇の中だから。

 人の生活を考えていない空間、異臭が漂う澱んだ空気であっても、彼女にとっては心地いい。


 地の底の泥こそ土蜘蛛の起源なのだから。


「そんで、おぬしが言ってた、拾の人形じゃな、簡単に見つかったぞ」

「・・・・・・」

「ああ、しっかりと見た。無論全て聞いてきた」

「・・・・・・」

「さっき伝えた通り。向こうからは擬態型の彼と、潜ってる人が来る」

「・・・・・・」

「うん。たまたま会ったんじゃ、あれと同じ蛇宮の女」

 一切の返答がないまま、ひとり暗闇に話しかけていた、糸追ジキはそこで得心がいったように頷く。


「一目でわかったわ。ありゃ『ソトガミ』が混ざっとる。遅かれ早かれド派手に厄を撒き散らすじゃろ」

 まあ、ええじゃろ。闇の中目を細めて『土蜘蛛』のひとりは笑う。

「せっかくじゃから、ワレらの方でお膳立てしてぱっと一花咲かせてもらおうか。それが粋な心配りじゃと、そう思うやろ?」

 糸にぶら下がったように、ブラブラして一貫性のない口調と言葉遣いのまま、ジキは暗闇に問いかける。


「あなたの好きにすればいい」


 それまで何も反応がなかった場所から初めて声がした。

「そうか、そう言ってくれると信じてたぞ」

「・・・・」

「ああ、まただんまりか、まあええな。うん」



 黄色矢さんといっしょに、何だかよくわからない名前のものを食べて、その後用意された部屋に行って、そのまま休んだ。

 そして次の日の朝。兄に呼ばれてわたしは執務室を訪れた。なんだよ・・・まだ眠いのに、とはさすがに身内相手でも言わないよ。

 そんなわたしに向かって、フシメは3年前から変わらない淡々とした口調で言う。

「ヒルメ、昨日話していた『第8』の人が今到着したらしい」


 第8探偵団の人。5人目の探偵。


「そうなんですか。早いですね」

「本当は昨日の内に、きみたち『第19』と同じタイミングで着く予定だったんだけど。まあ諸々の所用で遅れたらしい」

 急な仕事が入ってくるのはうちもよくあるから、普通だよね。まあそれほど探偵周りの実務やらが雑ってことだけど。

「ああ、そんなこと言ってたら来たらしい」

 その言葉に私が入り口を向くのと同時に扉が開いた。

「失礼します」

 そこにはフシメより少し若い男の人が居た。同い年かもしれないけど、見た目がチャラいから年下に見えるなこの人。

 そんな風にわたしが思っているとは知らず、男は言葉を続ける。


「『第8探偵団』から出向して参りました、やじりアカメです」


 聖屋アメはフシメとヒルメ、ふたりの探偵にそう名乗った。


やじり聖屋ひじりや、アカメをアメ・・・あんまり変えてないんじゃない?」

 勘のいい人なら気付かれるんじゃないの。何でそこで中途半端に綱渡りするんだろうか。

「ついつい忘れがちになるけど、普段私たちが呼んでる方が偽名なんだよね」

 

 聖屋アメ。彼の本名は鏃アカメ。第8探偵団所属探偵。


 普通に考えれば両方の陣営で同じ名前使ってる私の方がおかしいんだけど。

 しょうがないでしょう、「芦間」の名前が知れ渡り過ぎて隠せないって事情があるんだから。馬鹿正直に本名で掛け持ちなんて真似をしてるのも、家と身内のせいだ、私はちゃんと考えてる。

 探偵の集団に潜入してる時点で馬鹿な行動だというのは考えないでおこう。


「でも一旦探偵として入ったら、仕事もあるだろうに。どうやって明日ケラと行動させるつもりだったの」

 私はいつもそれで散々苦労してるし。

「昨日の時点では、適当な理由をでっちあげて、到着を遅らせようかと」

「また杜撰なことを」

「聖屋さんによれば、自分は元から期待されてないからそんなんで良いんだと」

 言ってて悲しくないんだろうか。

 まあ、人の事情だから、軽々に口を挟めない。私にも触れられたくないことは山ほどあるから。


「それで、ヒフミさん。今日の夜までは下手に動かないということで」

「うん。まずは『土蜘蛛』に接触しないことには始まらない」

 ここのあれこれを向こうが素直に教えるとは思えないけど、まあその辺はケラと私で立ち回るしかない。

 ・・・そう考えたら、今更ながら無駄にプレッシャーが・・・こういうの得意じゃないんだから。


「それで、これ以上変な仕事とかをねじ込んできたりはしないですよね」

 念押ししてくるなあ。

 そりゃ急に計画を変更したのは悪かったよ。

 でもさ、あの場面では探偵として我慢出来なかった。


 私にだって、探偵であることにそれくらいの執着はあるのだから。

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