第20話 怪人の矜持
「じゃあ取り合えず爆撃っておきましょうか」
「却下」
初手全方位攻撃はさすがに被害がシャレにならない。
あと「爆撃る」という動詞はない。
「そもそもヤマメさんはその身体じゃそんな無理でしょう」
「頑張れば何とかなりません?」
「それを私に聞かないで」頑張るって何をだ。
「あの、そろそろ僕の方からも進言をしたいんですけど、いいですかね?」
ケラ、助かった。
私はヤマメさん相手だとどうにも調子が狂うんだから。
「あの『最適解』の能力は、奇襲であろうと自動的に反応して、全て防ぐと考えられます」
自身の戦った経験から、ケラはそう言うけど、そうなると・・・
「ムナ本人が認識する必要もないんだ」
それだけでも厄介な力だけど。
「一番の脅威はそこじゃない」
蛇宮との戦いで彼が言ったことを信じるなら、芦間ムナの能力の本質とは。
「正解の創造。例えどうあっても防御も回避も不可能な物量で押し切ろうとしても、たったひとつ、最適の回避、防御行動という正解の存在を無理やり成立させ、それを実行する」
自動防御だけでなく、下手したらこれ世界法則に干渉してるぞ。
・・・理不尽さでは名探偵より上では?
どうしよう、手詰まりになってないか。
そう内心で私が焦っていると。
「ヒフミさん。この一見無敵の能力ですが、一点だけ、弱点・・・と呼べるかは微妙ですが、付け入る隙があります」
丙見ケラ。怪人カオトバシはハッキリと口にした。
「だから、これから僕が話すのは推理ですらない」
推理をするのは探偵。なら怪人がするのは妄想か?
「それを基に構築した策は策未満。それを踏まえて聞いてください。最適解の化身、芦間ムナの能力の『縛り』を」
そしてケラは自分の考えを話し始めた。
「それは・・・弱点と言えるの・・・?」
ケラが推測したムナの能力の弱点は、考えてみれば当然のことだった。
逆に言えばその程度の制限しかないってことだ・・・むしろ絶望感が強まった。メンタル弱いんだよ私。
でも。
確かにケラの言った通り、これで突破口は出来た。
僅かなものだけど、最適解の能力に抵抗出来る余地が生まれた。
今こちらにある戦力で、それを突くことが出来るのはひとつ。
「『減衰』か」
タンテイクライ。
名探偵、そしてその眷属たる探偵の天敵の力。
「ならちょうどいい。あれの相手は私がしないとダメだと思っていた所だし」
「それは家族だからですか?」
「わからない。でも散々振り回されてきたのは確かだし」
だったらきっちり怨み返しするのが筋だよね。
「聖屋と鍵織バララは蛇宮の陽動に協力して。彼女、それに時木野となるべく派手に立ち回って」
「あの女と、疑われない程度に小競り合いをしてそいつらを引き付けておけばいいんだよな」
「そういうこと」
聖屋は何をすべきかわかってくれてる、この人こういう時は頼りになるな。
「胞子に興奮作用を付与して出しておけば、その場を熱くすることは出来ますよ」
「それは頼もしいね」
バララもやる気になってるみたい。
「それで、ヒフミさんちょっと相談したいことが」
「何?」
「蛇宮さんといいましたっけ、協力してくれる探偵さんに、ついでに脳みそ弄らせてもらえるよう、あなたの方から頼んでくれませんか? あの有名な蛇宮の生んだ成果物を診る機会なんて、そうそうあるもんじゃないんで」
「却下」即答した。
「・・・・どうしても?」
「どうしても、です」
「折角だからやってみよう」くらいのノリでそういうイカれたことを言うもんだから、いつまでたってもあなたたち兄妹は油断出来ないんだよ。
「やっぱり僕もいっしょに行きます」
会議の後。ケラが声を掛けて来た。
「要らないよ。邪魔」
「ひどっ!?」
こいつ相手だとついつい素が出てくるな。やっぱり付き合いが長いから?
「まあ、それはともかくヒフミさん。ひとりで戦うのに拘ってませんか?」
「そんな美学めいたものは持ち合わせてないよ」
「美学とか矜持じゃなくて執着でしょう、ヒフミさんの場合は」
執着? 私があの自称弟に執着してる?
「そんな訳がない。彼を調べてたのは芦間の名前を出されたから。そしてこれからあいつを排除するのは私について知りすぎてるからだ。個人的な理由じゃない」
「それを言うなら、最初から超個人的な動機で設立されたものだったんですけどね、この怪人団は」
「・・・そうだな。丙見ケラ。お前が最初に私の仲間になったんだった」
あの夜。私が家の外で初めて出会った人間。
最初の仲間。
「とにかくヒフミさん、大事なことを忘れてないですか? 僕たちはあの芦間ムナを倒せばそれで終わりじゃない。まだまだ殺すべき名探偵は残ってます」
「・・・わかってる。本当はあれと戦う理由もない。さっさと逃げ出すべきかもしれない」
「それいいですね。理不尽な能力の相手とわざわざ付き合うべきじゃない」
正々堂々の対極。搦め手奇策が怪人の王道。一対一の決闘程馬鹿げた展開はあり得ない。
「でも。ここで逃げたら・・・安心出来ない」
「安心?」
「だってあんな訳のわかんない奴が私の個人情報把握して、正体を知っている。爽やかにカリスマ溢れるリーダーに限って、内面はぐちょぐちょかも、いやそうに決まってる。現にあいつは仲間の蛇宮を切り捨てて叩きのめして平然としていた。あいつは平気で何人も何人も平気で殺せるタイプの人間、そう感じた、きっとそうなんだ。そんなサイコ度過去最高レベル。強さもついでに不条理な程、そんな奴を放っておいたら、何時かきっと取り返しのつかないことになる。昨日まで、あいつは私に向かって姉さん姉さんって馴れ馴れしくしてた。下手したらあいつは私もケラも監禁して手籠めにしようと考えてるかもしれない、いやきっとそう。陽キャの性欲は強いから。サイコな陽キャってそういうものでしょう。私の幸せの為に、そんな危険因子は排除して消去しないと気が休まらない。安心出来ない!」
「よし、取り合えずあなたは今すぐ全世界の陽キャに謝れ」
「数が多いよ」陽キャはそこら中にいるし。
「腹黒サイコな奴なんて、陽キャの内せいぜい4割くらいしかいませんよ」
「結構多いな、それ」
こいつも陰キャ度数では私に並ぶ人間だからな~いいとこの坊ちゃんだったのに、どうしてこうなった。
「さあ。あなたに出会ったからでしょうか」
「嘘。元々そんなキャラだったと思う」人のせいにしないで。
「・・・ヒフミさんも変わりませんね。その臆病さと攻撃性の傍迷惑な混ざり具合」
「それ褒めてるの?」
「べた褒めです」
わかりにくいよ。
「安心しました。いつも通りの自己中心的で、保身から出た行動だと知れてよかったです」
「今のは思いっきり悪口だったろ!?」
「大義だの秩序だのの為に戦うより何千倍もいいですよ」
丙見ケラ。
丙見の家は名探偵の為、この世界の秩序の為に戦うことを至上の使命に掲げる一族。その末裔であるケラにそんな価値観は無意味で無価値なものにしか見えなかったらしい。
だから怪人になった。
だから私の仲間になった。
こいつも大概拗らせてる・・・まあそのおかげでこうして仲間になったんだからまあいいか、いいはずだよね。
「繰り返しますけど、半端な所に満足してもらったら困るんですよ。後継で上位互換、その程度の相手に立ち止まってる暇はないでしょう。芦間ヒフミ」
「・・・・・・・・そっか、そうだよね」
ここは通過点。名探偵殲滅の途中、当然のように突破しないと。
「わかった。ふたりでやろう。丙見ケラ」
怪人団を始めたのはわたしたちふたり。芦間の家の因縁は、ふたりで断ち切るのが筋だろう。
「適当に囮兼盾にするので。よろしく」
「途中までいい話だったのに、いろいろ台無しだ・・・」
「だって、私もあなたも弱いんだから。真正面からは戦いにならない。だから怪人らしく、卑怯卑劣に立ち回ろう」
「そういうのは英雄に負けるのがお決まりの展開でしょう」
「私たちがそんな王道の筋書きに従う必要はないから」
悪性令嬢。物語に逆らうのが私だから、好き勝手やらせてもらう。
「まあ、それでもこうして真面目に相手してる時点で、向こうのペースに乗せられてるのかもね」
「でも戦うんですよね」
「うん。あいつはあなたや蛇宮、仲間を傷つけたから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「裏切ってるからこそ仲間は大事にするんだよ。自分の役に立つものを、そう簡単に失うなんて冗談じゃない」
そう、この怒りはあくまで自己の利益の為。身内を斬られたら、私の身が危うい、きっとただそれだけだ。
「私以外が、私が利用している人間を傷つけるのは許さない」
「ここでそういうこと言うかな・・・ズルいな~そんなこと言われたら、全力でやるしかなくなるな~」
こいつは何言ってんだろ。わかんないけど、何か調子乗ってるみたいでムカつく・・・けど、やる気になってるなら、ま、いっか。
「…作戦は、打ち合わせの通り。ケラ、確かにあなたがいっしょならほんの僅かだけど勝つ確率は上がるかもしれない」
確率云々言い出す時点でダメだけど。
「いつも通り必死に喰らいついて突破する」
結局の所、それだけの話だから。
そしていつも通り、怪人と探偵の戦いが始まる。
「北方面。アオマントと蛇宮『模擬』戦闘開始」
「合図来ました。ヒャクメホウシ。指定区域に胞子散布開始」
「『怪人さん』秘匿回線なんでぇ返信は必要ないですけど、時木野とムナ・・・団長、ふたりを引き離すことに成功しました、あとはあなたたち次第ですので」
「はい、こちら時木野・・・ヒフミさん!? 無事だったんですね。今本部が怪人の急襲を受けて・・・団長には話を通してある? ええ、確かに蛇宮にはそこに行くように・・・はい、了解です」
「何時でも解剖も治療も思うがまま、バリバリ斬られてバンバン撃たれて下さい、全部直して、ついでに弄りますんで!」
「兄上、ちょっとは自重しないと・・・そういうのは黙ってやるのが一番です」
「あ~ボス。もし俺が負傷しても、こいつらの治療時には必ず誰か見張りを立ててくれ、絶対に」
通信機から様々な声が聞こえる。怪人も探偵も、私が共謀してる人間も裏切ってる人間も、皆の声が聞こえてくる。
昔は、こんな時に聞こえるのは「家」の声だけだった。よくやった、ダメだ。成し遂げれば称賛を、失態を犯せば叱責を返される、ただそれだけ。単純だった。
今は違う。複雑でややこしい。利用してるつもりで振り回されてばかりだ。
想定通り、団長室へ向かう通路に人は居なかった。
予想通り、向こうは私を迎え入れるつもりのようだ。
上等だ。
探偵として何度も通った廊下を、怪人として、タンテイクライとして歩く。
一歩一歩、進む程に先で待ち構えている者の圧を肌で感じる。
悪性の令嬢がそれを倒す。
そして私はその部屋の扉を開けた。
「待たせたね、ムナ」
「待ってたよ、ヒフミ」
「ひとつ聞いてもいい? 私の為に名探偵を皆殺しにするというのは本気?」
「冗談でそんなことは言えないよ。その為の英雄化だよ」
英雄、仲間を神に捧げて得た力。
「向こう側で名探偵がなったのと、同じ存在になる。あらゆる人間を従わせるカリスマ性に探偵を遥かに上回る身体能力。物語の主役に相応しい存在だろ?」
「名探偵と戦う、その為にそんなものになったの」
「あなたたち怪人は。徒党を組んで初めてまともに名探偵に対抗出来る。でも英雄は違う。単独であれに比肩する力を持つ」
人の中から生まれた人の上位存在だから。
「この世界を名探偵の手から取り戻す。その最適解がこれ、一番正しいやり方なんだ」
一切躊躇うことなく芦間ムナは断言した。
「ヒフミ姉さん、あなたなら理解出来るだろ」
理解? ああその通り、よくわかる。
「だからこそ、お前の考えは受け入れられない」
『向こう側』にある英雄譚という物語を再現し、その登場人物になる
どうやってこの魔術儀式めいた方法をムナが知ったのか、大体予想はついている。
そしてそこからも、このやり方の欠点は明白だ。
「お前は向こうのルールに乗ってるだけだ。相手を根っこから否定出来ていない」
そんな方法で生まれる英雄という存在は結局の所。
「名探偵もどきに過ぎないだろう」
ああ、自分でも無茶な理屈だとわかってる。本当は、それが嫌なのは。
「おまけに仲間を名探偵に喰わせて得た力なんて、反吐が出るな」
「あなたも同じ穴のむじなだろ。裏切り者の探偵」
「裏切り方にも気に入るものと気に入らないものがあるんだよ」
「どういう理屈だよ」
「ただのつまらない悪党の理屈だよ」
そのつまらない理屈と意地でここまできた。だから今さらそれを曲げることは出来ない。
「じゃあ始めようか。いい加減芦間だのの名前を聞くのにはうんざりしていた」
「あなたは、家を離れて、この秩序も世界も否定してる。否定して壊すだけ。そんなの何処にも辿り着けない、未来がない」
「そんな上等な考えは知らない。何時も何時も私の周りの探偵は私をいらだたせ、そして怯えさせていた」
何故? その理由はひとつ。
「思い出させるんだ、お前たちは。昔の私を。ただ世界の為、皆の為に頑張ればいいと信じていた馬鹿を」
「それの何が間違ってるんだ? 正しいことだろう」
その問いの答えを。あの時シイに突き付けることが出来たら彼女を失わずに済んだんだろうか?
まあそんな考えは詮無いこと。だから今は目の前の英雄にただ答える。
「何も見てないんだよ。結局は自分の頭で考えることもなく、周りに褒めて欲しい、認めて欲しい、令嬢として自分は役に立つんだと証明する為に、世界だ家族だの大義に寄りかかって」
いろんなものを奪ってきた。
「そんなつまらない人間なのに、立派な誰かの振りをしただけだ。名探偵なんて、常に正しい、絶対に間違えない神様に縋るだけの空っぽな価値観しか持たない薄い自分をごまかしてた。私も、あの家族も皆」
誰より空虚な人間だった。
私も、そしてシイも、誰より神様に、正しい答えに依存していた。
「・・・それがヒフミ姉さんの見方、正しいと信じることなんだね」
「そんな訳がない。間違いを繰り返す私の、精一杯の答えだから」
「・・・蛇宮、彼女がいろいろ企んでいたようだからそれに乗っかったのもあなたとこうしてもう一度話をしたかったから。でも無駄だったみたいだ」
探偵英雄、芦間ムナは椅子から立ち上がる。
「あなたはもう、救いようがない」
「世界に縋ってるだけの人間の救いなど、ごみにも劣るね」
そのまま怪人形態に変身する。目の前の英雄を屠り、彼の正しさを否定する為に。
芦間ヒフミ、怪人「タンテイクライ」
芦間ムナ、探偵英雄「最適解の王」
怪人対探偵の私闘、
ここに開戦。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます