第19話 怪人の時間

 目が覚めると目の前に生首があった。

「おはようございます、主」

 ・・・ええ~

「その、ヤマメさん大丈夫ですか?」

 

 船織ヤマメは生首にコードのようなものをつけて、車いすに乗っていた。いやこれは「置いてる」というべきか。

 

 その状態でここまで来たんだろうか・・・怪人ってすごいな。

「おかげ様で。こうして無事に生きています。身体の九割は新しく作り直すことになりそうですが」

 それは無事じゃないと思うけど。


「あの時は、何と言うか・・・すみませんでした」

 なんかいきなり湧いて出た彼女を思いっきり蹴り飛ばした。

 あの場にいた蛇宮に、どう見ても怪人、妖怪な生首と私のことをペラペラ喋らせておくのはまずかったってのもあるけど。

「大丈夫です。あれは私を助ける為だったのでしょう?」

 一刻も早く鍵織ツナゲに治療させる為には、あれが一番手っ取り早かった。

 冷静になって考えると、他にやりようがあった気もするけど。

「それが理解出来ない程、私は愚かではありませんよ」

「そう? そんな風に言ってもらえてるならありがたいね」


「何よりも焦って動揺するあなたの姿は美しかったです。それを観て、生きる気力が沸々と湧き上がったからこそ、私は生き残ることが出来たのですから」


 いきなり話が不穏な方向に振り切った。


「本当に、追い詰められた時のヒフミ様の愛らしさは私の命を救いましたね」

「うんわかった。大体何言ってんのかわからないけど、何かいい感じのこと言おうとしてるのはわかった」

 

 どうしよう。この人もういろいろ取り繕わなくなってる・・・!


「・・・でも本当によく無事だったよね。あの時密室に取り込まれたまま自爆したんでしょう?」

「ええ、まあ直前に装甲で頭部を覆ったので、まだ脳みそが残る可能性はありましたし、それにあそこは不完全な密室でしたし」


 井草要。閉鎖切断の権能が生み出した最小の密室。閉ざされた部屋にしてハガネハナビの為の棺桶である空間。名探偵が船織ヤマメただひとりを閉じ込める為に作り出した部屋。

「だからあそこには私と彼女、犯人と探偵のふたりしかいなかった。被害者役がいなかったんです」

 探偵、犯人、被害者の三役がいる閉鎖空間を周囲から切断するのが井草の権能。

 そのいずれかが欠けていれば、必然的にそれは不完全なものとなる。

「ま、向こうはそのくらいでも最悪足止めにはなる。先に屠れば問題なしって感じだったんでしょうけど」

 は徹底的に確実にひとりひとり怪人を葬ろうとした井草要。「油断はない」そう言い切っていた彼女だけど、念入りに敵を始末するつもりで権能を行使したことが敗北の原因になったのだから皮肉な話だ。

「というわけで密室が不完全なら、壊すのは容易。そんな穴の開いたスカスカ空間だったおかげで、爆発で中から強引に脱出することが出来たというわけです」

「なるほど」

 いや、それでもいきなり自爆する人間がそこまで計算してたとは思えないよ。

 私の前で命に鮮烈な最期を遂げたい。その願望が強すぎたからあんな無茶をしたんじゃないよね?

 ・・・割と真面目に私はそう疑っている。

 破滅願望とこっちの苦しむ様を愛玩する性癖・・・危険過ぎる組み合わせだよね。

 そんな生首メイドとふたりきりで病室にいる私・・・やばくね?

 

「ボス、目を覚ましたのか」

 身の危険を感じていると、聖屋アメが部屋に入ってきた。

 助かった・・・

「今いいか? 状況を知りたいだろうと思ってな」

「ありがとう、聖屋。説明してくれる?」

 まともな奴が来てくれて良かった。このままじゃ延々話が進まなかった。

 あとヤマメさん、そういう邪魔者を見る目で同僚を見ないでよ。

 これ以上ややこしくしないで、お願いだから。


「鍵織兄妹の方も問題ない。治療能力も使用出来る」

「良かった」医者が負傷して動けなかったら詰みだった。

「さっきまで回復ついでに、あんたを改造しようとしてたのを俺とメイドで宥めてたからな。それくらい元気一杯だってことだ」

 意識失ってる上司の身体をノリで弄るなよ、マッドサイエンティスト兄妹。


「街の閉鎖も解けて、あそこにいた他の連中は探偵団が保護してる。前に俺らと戦ったことのある、確か時木野という奴、あの探偵が指揮してるみたいだ」

 探偵。街の外にいた時木野アキラ。異変を知って戻って来たのか。

「蛇宮はどうなったかわかる? ムナにやられて、意識を失って倒れていたけど」

「団の連中が収容していたのがそいつだと思う。治療とかは向こうでやってるだろうが・・・」

 ムナが彼女をそのまま放っておくだろうか。

「最後に芦間ムナ。彼が何処にいるか。どういう状態なのか。少しでも情報が欲しい」

 芦間ムナ。「私の為に」名探偵を殺すと言った弟。

 私の正体、暗躍も全部彼にバレていた。何時から、何てどうでもいいか。

 

 これであそこに戻る道はなくなった。

 

 でも、あれはさすがに放っておけない。私の幸せの為にそれは出来ない。

「探偵団に大きな混乱は見られない。頭がいなくなったらそうはいかないだろうから、あいつは今も指揮を執ってると思う」

 

 

 英雄になることが目的だったとムナが言っていた。

 それがどういったものかはわからないけど、目的を叶えた彼を最後に見た時、明らかに異常だった。あの状態で冷静に命令を下すなんて可能なのだろうか?

 そんな疑問を抱いた私に対して、これは俺の私見だが、と断ってから聖屋は話を続けた。

「むしろ周りの人間は。まるであれだけの騒動がなかったみたいにな。誰も彼も、一般人さえ黙々と指示に従っている」

 何やら気に入らない口調で聖屋は報告した。



「そしてもうひとつだけ、ボスに伝えることがある」

「どうしたの、もったいぶって」

「・・・ケラの奴が行方不明だ」

 ・・・・・・・・・・・・・正直忘れてた。


「今ひどいことを言われた気がした」

「何を言ってんの?」

「いや、何でもないです」

 シリアスな場面なのに、つい虚空にツッコミを入れてしまった。

「・・・まぁいい。それでわたしの提案はわかってもらえたぁ?」

 提案ね。

 丁寧に全身を拘束されてる状況ではそう言われても、脅迫にしか聞こえないけど。

「しょうがないでしょう。そっちは下手に縛った程度じゃ抜け出るんだから」

 ・・・ま、厳密にはこの状態でもやろうと思えばやれるんだけど。逃げてもここじゃすぐに捕まるから意味ないな。

 第19探偵団内部、収監室。

 現在コンテナ詰めの状態で発見された擬態型怪人の尋問中。まあ僕なんかに構う余裕があるってことは、広場での戦いは一段落着いたってことなのか? さすがに訊いても教えてはくれなかったけど・・・

「あんたが、もっと素直にいろいろと教えてくれたら、こっちも情報を開示出来るんだよ? 知りたいことは沢山あるからさぁ」


 そんな事、信じる奴はいないだろ!

 思わずそうツッコみかけて自重する。


「・・・そうですね。例えば何であなたがわざわざ僕の尋問をこのタイミングでひとりでしてるのか、ですかね」

「擬態型怪人の危険級数はそれなりに高いんだよ。原則として尋問は一定以上の戦闘能力持ちの探偵によるものでなければならない。そう規定されていますんで?」

 規則をそんなペラペラ喋っていいんだろうか。


「まあ、今となっちゃそんなのはどうでもいいし」

 この人さっきからなんだか情緒不安定じゃないか?

 まるで書類ラッシュを喰らった時のヒフミさんみたいだ・・・今どうしてるだろうか。


「でもたったひとりでそれを行う理由にはなりませんよね? これでも目はそれなりにいいんです。見たところどこか別の場所で他の人が見てる様子はないですし」

 半分はブラフだけど。

「・・・芦間ムナ」

「あなたたちのリーダーですよね」


「私は今彼に追われてる。見つかったら今度こそ始末されるかも」


 さらっとすごいこと言った。


「この部屋に来るのにも『加速』を使って、何とか忍び込めた」

「そうですか・・・便利な能力ですね」

「ちなみにあちこちの監視カメラが何故か故障してたんで、その点は楽でしたけど」

 その原因に心当たりはあるけど黙っていよう。

「あいつ、ムナは今この事務所で指揮を執ってる」

「他の職員もあなたの捜索をしているんですか?」

「ただ行方不明とだけ説明したみたい。原因とかも言ってないのに、他の連中は疑問も持たず唯々諾々と従ってる」

 従う・・・あいつに。「いつも正しい」探偵に。

「結局、見逃されてるってことかな・・・ムナにとってはどうでもいいんだろうな・・・わたしもあんたも」


 よく知らない相手から一方的に仲間認定された。


「あなたは彼の部下ではないのですか」

「いろいろあってね・・・聞きたい?」

 いえ、特にどうでもいいんで早く解放して下さい。

 そう言いかけて慌てて口をつぐむ。まずい、こっちまで精神的におかしくなってきてる。

「擬態型怪人さん?」

「はい」長いよ、その呼び方。

「わたしの言うことを聞いてくれれば、あなたを解放しようと思ってる」

「そんな無茶な。探偵のあなたがこの探偵団を裏切るんですか?」

「違います。わたしは探偵としてあのムナを倒す。それにはひとりじゃ無理って判断したんです」

「倒す。自分たちの団長を、ですか」

「あいつは清廉潔白な態度の裏で、わたしのような探偵を名探偵に喰わせていたんです。ご立派な「正しい」目的とやらの為に」

 目的。あれの能力は最適解。だったらそれが周りの人間にとって一番正しいってことなのか?

「そんなの知ったことじゃない」

 裏切られ、切り捨てられた探偵はそう断じた。

「取り合えずあの薄汚い廃棄物以下の裏切り者を潰さないと、わたしの気が収まらないんで」

 あ、そうですか。


「その為には、あなたたち怪人と休戦、してもいいと思ってるよぉ。あなたの釈放はこちらの誠意の証明ってことで」


「そういうことだそうです」

 ひょっこり帰ってきたと思ったら、ケラ、また頭の痛い問題を持ち帰ってきた・・・・

「蛇宮は他に何か言ってた? そう、私のこととか」

「いえ・・・彼女自身隠れたままだと情報が満足に得られないそうで。ヒフミさんは行方不明扱いらしいとしか」

「そういう扱いなのか」


 ムナの奴・・・まだ私の正体とかを周りに言ってないのか。私にとっては朗報だけど、不気味だな。


「それから、気になって見てみたんですけど、探偵職員の様子はやっぱりどこか変ですよ」

「変?」

「従順すぎるんです。まったく余計なことひとつ言わず、団長からの指示に全員夢中で取り組んでる。傍から見るとまるで機械のようでした」

 そういえば聖屋の報告にもそんなことがあったな。

 黙々と従順に迷いなく、機械のように。それじゃあまるで。

「井草要は自分の作った空間の中で大多数の人を操る能力を持っていましたよね」「職員ははまだその効果を受けてるってこと?」

 あの名探偵はヤマメさんが消滅させて、密室は解かれたはずだけど。

「いえ、自分で言い出しておいてなんですけど、あの能力とは違うように感じます」

「例えばどんな所が?」

「あれは人の意思を奪い、役柄を演じる人形にするような異能でした。でもムナの部下たちは自分の意思で、彼の命令に絶対服従って感じなんです」

「・・・それは元からの素質、カリスマとかじゃなくて?」

「だとしても、こんな急にひとり残らず心酔するようなのは不自然でしょう」

 だとしたら、その原因はひとつしかない。


 「英雄」


 もしそれに名探偵のように人を支配する力があるんだとしたら。


「それで、どうするんです、ヒフミさん。蛇宮ヒルメはあまり待つつもりはないと言ってましたけど」

「はったりだと思う・・・時間がないのはむしろ蛇宮でしょう。その洗脳じみた力は探偵には効かないみたいだし。それでなくても面従腹背。裏の事情を知ってる彼女はいつ処分されてもおかしくない」

 ムナにとっては仲間の探偵なんて、名探偵の餌程度の価値しかないと思い知ったろうし。

「でも、下手に駆け引きの真似事をしていられないのはこちらも同じ」

 特に私の正体が蛇宮にバレたら、反発されて協力どころじゃなくなるだろうし。

「あと、接触するにしても他の探偵職員がいる所では無理でしょう。蛇宮は何処で私たちと落ち合うって?」

「教会です」


 名探偵を拝し各都市に作られた聖探偵教会の中、礼拝堂。

 私は白い怪人の姿で探偵蛇宮ヒメナにふたりきりで向き合っていた。

「『タンテイクライ』さんでしたっけ?」

「・・・・・・・・・・・・・ええ。そうです」

 ・・・どうしよ。いざこうやって顔をあわせるとすごく気まずい・・・怪人形態だから顔は隠してるけど。

「じゃあ話をまとめると、我々が芦間ムナと交戦する間、蛇宮さん、あなたがもうひとりの探偵含む戦力を抑える役目を果たす。そういうことですね」

 もうひとり。時木野アキラ。確かに変に鋭い所がある彼は排除しておきたいし・・・こういう時、一方的に蛇宮の言うがままで行くのは悪手だ。でも今はそんな風にえり好みしている余裕はないし。

 何より芦間ムナ。ケラの言葉と、実際に戦う姿を見た限り、最適解を常に返す防御系能力の極地。あれを敵に回すのに、余計なノイズは挟めない。

「そうだ。ひとり仲間がいなくなっちゃってぇ・・・もしそちらに情報があれば、共有させていただけると嬉しいです」

「仲間・・・?」

「ええ・・・ヒフミさんっていって。ムナのお姉さんなんです」

「そんな人がいるんですね。私は知らないですけど」

「普段はとっつきにくい感じなんですけど、わたしを命懸けで助けてくれて」

「そうなんですか。いい人ですね」

「わたし、彼女のこと今まで単なる根暗陰キャだって思ってたんですよねぇ・・・無事でいてくれたらもっと仲良くしたいなぁって・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 罪悪感でガンガン殴ってくるな。

「どうかしましたぁ?」

「何でもないです。続けて下さい」

「・・・悔しいですけどわたしはあいつには勝てない」

 きっとそれは時木野もそうだろうな。探偵は正解を求める者。正しさが強さになるのなら、誰も芦間ムナには勝利出来ない。

 でも、それは探偵として、同じ土俵で戦う場合。

「怪人なら。間違えても何度でも見苦しく戦うのが正道の私たちなら、ムナが絶えず引き出す最適解に抵抗出来る」

「本当にみっともない話なんですけど・・・下手なプライドに固執して、あれを許していたら、わたしは本当に探偵でいられなくなる」

 空っぽな探偵。蛇宮ヒルメ。

 名探偵にその本質を喝破されようと、彼女は紛れもなく探偵。そのように生きて来た在りようは誰にも否定出来ない。


「・・・・わかりました。蛇宮。誇りある探偵にして怪人の敵」

 なら、それに応えるのがノリってものだろうね。陰キャにとっては、仲良くしてくれる子は滅多にないことだし。


「仲間を裏切って英雄などと嘯く探偵と、共に戦い彼を地に堕とし、無様に這いつくばらせましょう」

 今までずっと仲間であり敵でもあった蛇宮に。私は誓約を紡ぐ。一切を秘し誠意とは程遠いけれど。それでも言葉に込めた感情。あの名探偵のセリフを借りるなら「敬意」っていうのかな。それに偽りはきっとない。


 標的は定まった。

 ここからは怪人の手番。

 怪人らしく悪性らしく。芦間の残滓を、芦間の最果ての令嬢たる私が蹂躙する。

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