絞殺と切断と英雄
第1話 探偵狂乱怪人跋扈
画面の中で、探偵が
白木国の誇る19の探偵団、最年少の団長ムナ、私の弟は、人間の身体能力を易々と突破して、数体の地霊を拳だけで貫通している。まあそれ自体は珍しいことじゃない。その様子をタブレットで目の前の男に見せながら言う。
「おかしいですよね、人間がこんな真似できるわけないじゃないですか。それもたかが神様の眷属になった程度で」
クルクル。長い髪を弄びながらひとりごとのように口から言葉が出る。答えがないのは承知だけど、それくらい許して欲しい。どうせこれも消すんだから。
「・・・」
「あとのふたり。対集団の『
赤い髪の少年と。
「対個人の『
新緑色の服の少女。
ふたりの探偵。
「ふたりについては、ここまで大体わかってきたんです。でも、ムナ。
今も、ただ叫び声を上げながら突貫して来る化外を、当然のように捌き、拳を叩きこみ、足で踏みつける。そこに超常の力はない。ただの殴打がかつての世界で跋扈していた神秘、妖精を粉砕し、当たり前のように屍の山を築いていく。起こっている事象は単純そのもの。だから不可解。
彼らの仲間として、今この時も指示を出している私、芦間ヒフミでさえ、芦間ムナの本当の能力がわからない。
「だから、私は彼に手が出せない。あなた方の上の上、『名探偵』にたどり着くには能力含め全てを理解して、一切合切奪わなければならないのに」
もう意識もない男、脳を胞子で汚染され切った哀れな傀儡と化した人間の前で私はそう宣言した。
私の、私たちの敵は「名探偵」
この世界へ、彼方から飛来した来訪者。
旧き神を圧倒的な力で薙ぎ払った玉座の簒奪者。
変貌を遂げた世界の全てを支配する管理者。
眷属たる探偵に異能を施す超越者。
それを全て討つことが我らの悲願。
「減衰の神子の名の下に、探偵という神もその寵愛も、殺し尽くして奪い尽くさなけれならないのだから」
・・・ああ、くそ。戦場を観測しながら、思わず僕は悪態をついた。
「聖屋さん、今いいですか?」
「なんだ、ケラ」
横で武器の手入れをしていた長身の男に声を掛けた。
「探偵の動きが予想以上です。このままじゃあの人が標的に完全に植え付けを行う時間が確保出来ません」
地霊の群れが減る速度が早すぎる。対集団の時木野が出ただけではここまでペースが上がることはなかった。やはり蛇宮、そしてムナ。このふたりは個人の武力を逸脱している。本来1対1に特化したはずの能力を数百の群れに同時に適用することで、強引に群れを相手取る。そんなデタラメが探偵。それが上位、貴種。そんな不条理に立ち向かうには、戦いをかき乱す必要がある。文字通り一騎当千の探偵3人が無尽蔵に湧き出る堕ちた精霊と交戦する、本来そんなこれ以上の混沌はない。だけど。
「俺が出張ればいいんだよな。悪名高い『アオマント』が」
「わかってると思いますが、
「お優しいことで」
「あくまで先のことを見越してです。不用意に損害を与えて任務に支障が出れば、中央との繋がりが薄くなる」
「へいへい」
そう軽く言って、聖屋アメ、怪人「アオマント」は飛び去った。・・・飛行能力って便利だよな。こっちは毎回徒歩なのにズルくないか。まあ年上の顔を立てて、それにその分働いてもらってるから。金髪でチンピラっぽい見た目の割にやたら真面目な戦闘狂、時屋アメ、か。なまじ親しくなると情が湧いて、いろいろプレッシャーになるんだよな・・・僕も。
「ケラ」
この人も。
「はい。ヒフミ」
「・・・ヒフミ。聞こえた?」
「ああ、ケラ。アメの奴が来るんでしょ」
「そっちの抜出はうまく行ってる?」
「植え付けに思ったより抵抗された」
「そうなんだ。大丈夫・・・なのか」
「問題ない。今終わった。時木の記憶は全て私の中にある」
だったらこっちも頑張らないとな。
標的、探偵「井草部森」
「探偵殺し」を開始する。
神は地に堕ち、世を支配するは理。
零落した神の奇跡は魔術へと貶められ、天に坐する探偵の魔術が奇跡となる。
これは堕ちた神の魔術で神の理を堕とす物語。
時木野アキラの心は冷めていた。前方の地霊、地を這う霊の群れに向けて、空中に生成した氷塊をぶつけ、同時に後方に炎を噴射する。相反する対軍勢能力を行使しながら、感じるのは失望のみ。この程度なのか? 神、探偵に仇名す堕ちた神。その残党ですらない烏合の衆。この程度では自分の価値を証明できない。これほど弱いと役に立たない。もっとだ。もっと苦戦させろ。もっと苦痛を味わわせろ。その強敵を打倒して初めて神は、探偵はこのオレを見てくれるんだ。
だから神様、お願いです。もっと素晴らしい敵をオレに与えてください。
蛇宮ヒルメに過去はない。生まれた瞬間から、探偵神の道具として駆動し続けることを宿命づけられた彼女に、だから憎しみはない。怒りもない。ルーチンワーク。異なる場所に瞬時に、同時攻撃を地霊上位式個体に叩き込む。頭を次々と潰された群れの統率は加速的に瓦解し始めた。いつも通り。決まりきった仕事に感情はない。雨のように降り注ぐ火球、地霊の行使する古の魔術を探偵権限、魔術殺しで上書きし無力化し同時に射手の背後に「
だから、神様、お願いです。もっと意味のある強敵をわたしに与えてください
数多の古き精霊を屠りながら、より意義のある戦い、より意味のある敵を求める、探偵ふたりの歪な願いはその時、彼方より飛来した怪人により叶えられた。
奇跡のように、悪夢の存在は舞い降りた。
「指揮官。大物です」
「わかってる、こっちのモニターに映ってる」
ああ、やっと来たのか。アメの奴。
「データベースにあった怪人、名前は確か・・・」
「『アオマント』」
ムナに先んじてその名を言う。
「かなり厄介な奴だ。既に何人も探偵がやられてる」
私たちの命令で、だけど。
「時木野くん、姫宮くんだけじゃあぶないかも。ムナ、頼める?」
「もちろん。僕は団長で、あなたの弟だから。ふたりは必ず守る。そして勝利する、探偵として」
探偵として。
何も知らない弟にして稀代の才能を持つ探偵は、薄汚い裏切り者にそう言った。
・・・バカな奴。
苦い感情を押し殺して仕事に戻る。
「井草部森について、あなたが知っている情報をもらう」
目の前に縛られた探偵団幹部、木下に再度宣告した。
彼の頭に植え付けた「
記憶を支配し操るキノコ。
先ほどまで強固に抵抗していた彼の心の防壁。保身か忠誠かそれとも単なる恐怖か。自分が神、探偵の秘密を漏らすことを死よりも恐れるのがこいつらの階級。だからひとつひとつ壊す時間が必要だった。
「追いついた」
通信機から声がした。
「交戦を開始します」
ああ。わかってるよ。探偵。
聖屋アメ。怪人青マント。
探偵の前に現れ、探偵を狙う怪人。この世界において言葉通り神に最も近しい存在に自分から戦いを挑む無謀な愚か者のひとり。
「だってよ。しょうがねえだろ、怪人はそういうもんなんだよ」
悪意。破壊衝動。ただ探偵という存在が気に入らないから、壊す。うん、それがシンプルでいい。
名の通り全身を包む青いレインコートから、四方に降り注ぐ雨を放出する。普通の生物ならわずかに濡れただけで、浸食される毒の雨。探偵、時木野と蛇宮、超常の奇跡を使う神の眷属と渡り合うには、最低限このレベルの武器がないと話にならない。
「面白い、なあ。怪人」
抵抗はできる。だがそれだけだ。雨を凍らせながらアキラは前進する。探偵に通じるのは魔術により構成された武器。並の眷属を焼くほどの毒素の籠った呪いの雨を、容易に凍らせ、同時に聖屋のいるいる位置に着火。豪雨の中心を燃やす、という予測不能の攻撃を、咄嗟に回避する青マント。その行く先に。
「つまらない、ねえ。怪人」
蛇宮ヒルメは待ち受けていた。視界に移る場所に瞬間的に移動する。単純な能力だが全ての探偵が化外が魔術に対して持つ免疫と、身体能力の高い彼女が用いれば、1対1で敗北はない。まして今探偵はふたり。最初から怪人に勝ち目はなく、そして。
「お待たせ、ふたりとも。さあ、探偵を正しく執行しようか」
3人目、あらゆる怪異を滅ぼし尽くす探偵は容赦なく怪異をすり潰す。
「っつ・・・」
まずい。間に合わない。木下の情報の抜出は完了した。記憶を消して傀儡化したこいつを解放すれば終わる。そのはずだったのに、予想以上にムナの動きが速い。聖屋はふたりまでなら相手して、適度に負けて離脱できるはずだった。なのにムナ。こいつは強すぎる。疑われない程度に適当に時間のかかるルートを指示したはずが、途中の障害物を全て吹き飛ばして仲間と合流するなんて。脳筋過ぎるだろ、探偵。
「ケラ」
だけど、だったら使える手を打つだけだ。あんな最強ごときに仲間を奪わせない。
「合流して。私もすぐ出る」
ああああ。くそ。ダメだなこれは。雨も何も通じない。ムナ。こいつに到達できない。他のふたりはまだこちらの攻撃が通ったし、向こうから来る熱波、生成される氷、炎。剣技に対応できた。でもこれはダメだ。同じ土台に立っている感じがしない。文字通り次元が違う。
「でも、そう簡単には、這いつくばるのはみっともないよな悪名高い怪人としては!」
如何にも打って出るようなセリフを吐きながら、もちろん狙うのは逃走。時間稼ぎは十分、ならこれ以上付き合う理由はないよな。こっちは武人でも何でもないただの怪人なんだよ。
「ここでお前を逃がすのは正しくないな」
その企みを。探偵は慈悲もなく粉砕した。
同時に僕、怪人「カオトバシ」がその探偵の背中を斬りつけた。
って硬い。なんだこれ。
「何で斬れないんだよ!?」
「僕が正しい方法で防いだからだ」
一応真面目に訊いてるのにこともなく一蹴する探偵。それでいいのか、話を拒否して。いいんだろうな。探偵だから。
「新手か」
芦間は、特に何の感情もなく、退屈な作業に取り掛かるようにそう言い放って。
「これ以上増える前に倒す。それが正しい選択だろ」
最大効率で決まりきったルーチンをこなすように呟いた。
気配もなく怪人が背後に現れたことに全く動揺は見せない。そのまま虫を潰すように手を振りかざす。
まただ。これの能力がわからない。指揮を執っている仲間にもわからない、ただ強いから強いというふざけた力。質の悪いことにこの世界ではこういうのが一番厄介なんだ。
「まずはその手を潰すのが正しい手順・・・うんわかった」
その一言で、怪人カオトバシの右腕が消滅した。
「・・・!? あ」
痛みがない。まるで初めからなかったように削除された。その場に崩れる僕の目の前で。アオマント、聖屋の左足も同様に消されている。
甘かった。時間稼ぎ程度で済むはずがなかった。
探偵。芦間ムナ。今の世界で最も名探偵に近い探偵。ただの怪人では相手にならない。半端な能力は意味を持たない。それほどの戦力。だから。
抵抗するには、同類をぶつけるしかない。
その時。
時木野アキラは震えた。ようやく価値のある敵が来てくれた。
蛇宮ヒメナは震えた。自分の価値を否定する相手が現れる予感に。
そして。
芦間ムナは心の底から歓喜した。ようやくだ。ようやく会えた。
堕ちた神、探偵、怪人。
3勢力が入り乱れる戦場に最悪の怪人が降臨した。
純白の花のような禍々しい仮面と、昆虫のようなドレス。
上位怪人「タンテイクライ」
裏切りと欺きの化身として、芦間ヒフミは弟たちの前に立つ。
・・・だるい。怪人は戦闘時に例外なく高揚するらしいが、この姿になるとひたすら疲れる。私は戦いたくないんだよ。痛いのも疲れるのも苦しいのも嫌なのに、なのに「名探偵」あれが放っておいてくれないなら。ヤルしかないよな。
「左手を奪う」
問答無用でタンテイクライ、私に攻撃するムナ。収奪。ただ手をかざすだけで、狙ったものを消す。その法則も規則もわからない。でも対処することは出来る。
「減衰」
どんなに逆らえない能力でも、探偵の権能によるものなら、犯人を対象にとる、ふたつの間に繋がりがなければ無力。それがルール。
推理に探偵と犯人が必要なように、異能が引き起こす超常の現象はそれが前提。
なら減らし、衰えさせることができる。
「・・・アキラ。お願い」
「指図すんな、ムナ。前方、高熱。同時に後方を冷却」
時木野が行使する自然現象を無視した気温操作。でもあくまでそれは空間に働くものだから。
「減衰、減衰、減衰」
このタンテイクライには通用しない。
最も余裕なんて全くないんよ。だってさっきからムナの訳のわからん攻撃を減らすことに、頭が焼き切れそうなほど神経使ってんだ、それに気温操作の減衰にリソース回して、ってできるか!?
何より不味いのは、もうひとり。蛇宮ヒルメ。あれは「天敵」だ。
「何をよそ見してんの。親玉」
そんな内心の怯えを見透かしたようなタイミングで、後ろに突然出現した蛇宮。そのまま繰り出されるのは蹴り、殴打・・・これはダメだ。減らせない。
タンテイクライはあくまで間接的な力の行使を枯渇させる力。直接的な攻撃には対応できない。だから。
「僕の出番なんだよな」
蛇宮の姿に擬態したカオトバシが、強引に彼女を引きはがした。
擬態。先ほど失われた欠損部まで補うほど。同じものなら力も互角。理屈になってないそんな理屈で、対個人の精鋭に追いすがり、拮抗する。顔を飛ばす無貌の怪人カオトバシ。
「っ偽物が、目障り視界から惨たらしく消えてよ、ねぇ!?」
「それではいそうですか消えます、ってなるか!?」
同じ姿、同じ顔の探偵と怪人が口論しながら、打ち合う。ケラ。相変わらず忙しい能力だ。というか騒がしいなこれ。
それに。
「あ!? 何だ、倒れてたんじゃねーのか!? 青いの!」
仲間はまだいる。満身創痍で左脚を失った程度で止まらない怪人が。
「集中豪雨注意報ってな、探偵」
「くたばりぞ来ないが、おとなしく探偵に断罪されろよ、怪人風情が」
時木野アキラに向かって最大降水量の毒雨が降り注ぐ。
聖屋アメは時木野アキラを毒に沈めていた。
芦間ヒフミは芦間ムナを絡め取っていた。
3人の怪人が3人の探偵に対処する。対処できてるなら、後は。
「・・・
怪人らしく撤退するだけだ。
そして探偵の誰ひとり察知できないまま、戦場に砲撃が降り注いだ。
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