探偵災害 悪性令嬢と怪人たちのギリギリな日常と暗躍

鳥木木鳥

プロローグ 厄神話

「おまえが犯人か?」

「探偵」は問いかける。


 眼前には数百。内半数は人の身体に馬や鳥、蛇の牙を生やす異形。それらを束ねる隊長はその問いかけに答えられなかった。

 個の戦闘力に特化し、少数での運用が前提とされる合成兵士ジグソーパズル。それはあまりに多種多様かつ破壊的な為、集団での運用が不可能。その常識を覆し、「司令個体」の下完璧な統率を達成した群れ。個の暴力を数の暴風に昇華させた、白国の軍事の要にして暴の象徴たる軍勢。

 

 その全てがたったひとりに敗北しようとしていた。


 ーなんだ、コレは。


 女王蜂の特性をもつ戦闘指揮特化型兵士

 八級はちきゅうアリメ


 これまで同種に限られた「女王権限」能力を種を超えて発揮する。蟲に留まらず獣、魚、鳥でさえ彼女の指揮下では限界を超えて性能を発揮し、逆にわずかでも隙を見せれば、相対する相手は意のままに動く傀儡と化す。集団対集団、軍対軍に特化した戦場掌握の権化は、しかし目の前の現実を理解できなかった。

 眼前に立つただの青年。まったく異形化していないはずの人間が手を一振りしただけで


 数多の異形が同時に縊り殺された。


 外見が人型から逸脱した兵士でさえ、呼吸器をふさがれ、吊られたかのように即座にその場に倒れる。首吊り。絞首刑。効率とは無縁のはずの処刑法が、群れとして最大効率を誇る塊を屠り続けていた。


 自身が誇りとしていた家族、数の暴力が、ただひとりのふざけた動作で片付けられた。それだけでもアリメの矜持を砕くに足る屈辱だったが、何よりも彼女を動揺させたのは青年自身だった。

 違う。

 身体も精神も人間からかけ離れた異形であるはずの自分も、こいつよりははるかに人間的だ。それだけは断言出来る。

 こいつはダメだ。違いすぎる。


 この男が居るだけで、世界に穴が開いているようで。


「犯人なのか?」


「-何を言っている」

 それでも、何とか声を振り絞る。

 指揮官としてのプライドもあったが、何よりこの世界の生物として、ここで声をあげなけれならない。アリメの本能がそう叫んだ。

 そうしなければ自分が世界に生まれた意味がなくなる。

 そんな不条理な感情が心の奥から湧き上がる。

「我々壱四軍の23居住区への攻撃は王命によるものだっ!」

 そうだ、大義はこちらにあるのはわかりきっている!

「地区指導者Rは私利私欲に走り国の財を盗み、あまつさえ庇護すべき民に羽化薬を投与、王国への反乱を図っている! それを誅することはー」

「それはいい」

 

 どうでもいい。

 

 その一言が、アリメが絶対と信じる正義に対する青年の感想だった。


「もう一度聞く。おまえが犯人か?」

「お前はー」

「犯人なのか?」

 壊れた機械のようにそれだけを繰り返す青年。

 不毛な会話の最中にも、何とか隙をついて狙撃しようとした残党ーもはやそう言っていいほど群は損害を受けているーの攻撃をかわすことなく受け止めては、手を振る。

「無意味だ。圧倒的に無意味だ」

 なおも残る兵士を吊りながら、心底うんざりしたように青年は呟いた。

「あ、あああ・・・」

「犯人なのか?」

「私は! 我々は!」

 その時。

 アリメの口から出た言葉の意味は彼女自身にもわからなかった・

 ただこれまで自分が生きて来たその記憶、軍を束ね兵を指揮する者としてそれ以外に言うことはない。それだけははっきりしている!

「最強だ! 白国所属蟲騎士団はいかなる敵にも敗北はしないっ・・・」

「そうか」

 そう言って

「なら消去しないとな」

 そうして探偵は推理を開始した。


「名探偵が一柱 井草いぐさ矢森やもり 司るは絞殺」


 その日。ハルワタト国蟲騎士団は隊長のアリメを残し壊滅する。

 未曾有の損害を受けた国の調査で不可解な事実がいくつも判明した。

 肝心の23居住区はあれの存在を全く知らず、後続の予備兵力を投入するとあっさり投降したこと。

 最も兵力の集中していたアリメ隊以外の部隊へは全く襲撃がなかったこと。

 それらの事実から導き出されるのは、とあれは白国への攻撃でも居住区の防衛でもなく、「ただ戦うこと」だけを目的としていたというふざけた結論であり、当然それを真面目に受け取る者は、少なくとも国や軍の中にはいなかった。

 しかし「死者が出なかったから良かった」から、はいそれまで、と言えるほど傾いた人間は当然おらず、国軍は「対策班」を急遽組織する。

 責任者としてはアリメ指揮者が多数の軍及び議会の推薦により局長に就任、併せて「23攻勢の惨事」の生き残りという称号を得る。

 彼女自身は群れを壊滅させた無能がそんな立場に立つことを全く納得はしていないが、「アレを最後まで戦った」ことで、誰よりもその本質に近い人物という周囲の期待に押される形で「局長」という役職に就任することとなった。


 本質。

 接触からおよそ1年たった「今」でもアリメはあれの本質を理解しているとは言えず、この先もおそらく知ることはないだろうと予想していた。


「たったひとつだけ、あれと相対した瞬間にわかったことがある」


もし、千の群れを一瞬で屠り、こちらとは立つ場所が根本から異なるあの存在が探偵だというなら。


「あれは探偵という名の災害だ」




 聖国の空は閉じていた。



「・・・あ、ああああ」。

 カナメの前には、数分前、自分に聖杖を突きつけていた男が横たわっていた。五重の加護を付与した聖衣を突破し、害することのできる武装も魔術も今の世界には存在するはずがなかった。だからこそ、自分だけがこの男、ユエリ教皇を殺すことができる。


 神を殺すことができるのは神だけだから。


 この聖国を覆う加護の源「アルマテ」の対の神性をもって加護を汚す。

 ただそれだけの目的で一族は神の教徒として共同体そのものを作り上げた。

「タロマテ」奉じる神と同じ名前の社会。数百年という驚異的な短期間で自分たち自身を改良できたというだけでも奇跡的だった。そしてその程度では足りない。だから必要なのはそれを逸脱した規格外。完璧な暗殺者の量産を繰り返した末の歪な最強。それを生みだして初めて対等に立てる。それほどまでに聖国の神の寵愛は完璧で強固だった。


 聖国を打ち破るはずの一族の最高傑作、カナメの全ては、失敗した。

 一族が討とうとしていた神の寵愛を受けし頂点の存在は、いかなる奇跡によっても蘇ることのないよう斬首され横たわっていた。


「なんだ、どうなってる!?」

 思わず口をついた悪態。侍女の服のまま駆け出し、屋敷の内部をただ走り回る。およそ正気とは思えない振る舞いだが今となっては小手先の偽造も何もかも無意味になっていると、誰よりもカナメは理解していた。


 聖国教皇邸内部の数十人は全て教皇と同時に、首を切断されていたのだから。


「まずは街に出て・・・くそ、なんだ、出るしかないのか?」

 生まれてから経験したことのないほど混乱した彼女は、うわごとのように考えを呟きながら郊外の屋敷から安全に街を経て国外にでるルート、頭に叩き込んでいたそれをもう一度脳内で確認する。とにかく今は正常な空間にでることだ。まるで普通の人間のように暗殺者はそう思った。


 聖国城下。

 国の中心として多数の国民が暮らすその街で、全ての人間が首を斬られて死んでいた。


 そしてその時になって初めて気づいた。

 空が。天蓋が閉ざされている。

 黒いベールのようなものが空一面に広がっていた。一目見て直観したのは、それが障壁だということ。内と外。この国と外の世界がその黒い壁によって分けられていた。まるでこの国全体がひとつの閉ざされた部屋にするように。

「・・・はあ?」

 なんだ、なんなんだ。切断面は鮮やかでいかなる刃によるものか。どんな凶器が国中の人間を同時に斬首できるのか。

 空を閉ざし、ひとつの国を丸ごと覆う壁を一瞬で構築できるのか。

 技術も魔術も関係ない。これは違う。まるで自然現象のように人を殺める存在は。

「神?」

 それしかない。なんらかの天罰が、この聖国の全員に同時に下った。合理的でなく証拠もない。だけどそれ以外に、自分が殺そうとしていた標的を諸共横から攫われるなんて理不尽は納得できないのだから。



「神に縋りますか?」


 女がいた。

 白い外套を羽織った女が


「え?」

 マヌケな声がでた。いつの間に、なんて当然な疑問は浮かばない。今の自分がどう思われるかという疑念や、生存者に出会えたという安堵も心に湧いてこない。

「おまえ・・・なんなんだ?」

 女はそれほど異質だった。まるで物語の中に無理矢理別の物語の登場人物を張り付けたように。

 見たところ自分と同じか、より幼い年齢。髪は長め、そして顔は・・・ひとつひとつ瞬時に観察したカナメが異常に気付く。わからない。こいつがどんな表情をしているのかわからない。確かに見えているはずなのに。人外、妖、理の外。そんな発想が脳裏をよぎる。


 そしてソレは名乗った。

「探偵、井草いぐさ。『聖国密室大量殺人』により降臨しました。これよりこの世界は神ならぬ我々が導きます」


「ふざけるな」

 その言葉に一番驚いたのはカナメ自身だった。私が、私の一族がやってきたこと。悪行も怨嗟も踏み越え、ようやくここまで来たんだ。暗殺者。裏切りにより倒れるのはいい、武力により縛されるのはいい。だけどこれはダメだ。他所からやってきた神ですらない奴に、歴史を、物語を奪われるなど許せるはずがない!

「どこの人間だ、女。どういう魔術でこんなとち狂った状況を作った。どういう理由でこんな無茶苦茶を成し遂げた。言え。今言えよ!」叫んだ。恐怖はあった。それ以上に怒りがあった。だから、目の前にいる者を単なる魔術師、暗殺者、単なる超人に貶める。この世界の理の中に閉じ込める。

「言わないなら、おまえは斬られていいってことだよな」

 かつて誰よりも暗殺者らしいと評された歪なほど純粋な傑作、カナメは暗殺者らしくもない直情的なセリフを吐いた。

 まるで今までの自分が、目の前の女に出会った瞬間切り取られてしまったように。切断。残るのは。

「関係ない」

 暗殺者、ターゲット。どれは全て私のものだ。私自身が血をもって歩いてきたものだ。こんな不条理に奪われてたまるか! 理不尽に全てが切り取られた時、そこにいたのは誰よりも暗殺者らしい暗殺者だった。その事実は彼女の一族の執念。もはやなんのために血を流すのか、忘却するほどの熱量で品種改良を繰り返した集団の業の結実にして、その妄念が報われた瞬間だった。

 ただ目の前の存在を消すためだけに思考する殺人者が生まれ、殺しを開始する。


 聖国アルマテ。一瞬で殺し尽くされた国のひとつを舞台に、

 記録された最初の「探偵殺し」が始まった。


 一方的だった。

 次々繰り出される刃が。


「探偵井草。切断の探偵」


 途中でぶつ切りにされたように刃は欠けて、あらゆる攻撃が届かない。探偵には到達できない。

「だったら」

 刃の3連撃で目を覆い、その隙にカプセルを投げる。刀は通じなくても、生物であるなら毒が通じるはずー仕込まれた少量で数百の命を奪う猛毒。


「切断」


 削り取られた。

「・・・なんだそれは」

「探偵を殺すことは犯人にしかできない」

 まるで自明の理であるように、世界の理の外にある白の探偵は暗殺者に告げた。

「あなたの名前は?」

「・・・カナメ。カナメ・キリ」

 名乗るはずはなかった。なのに自然と口が開いた。目の前の存在に畏怖するように。屈するように。

「カナメさん」

 そして探偵は。

「今、この国の中で生命のある存在は、あなたと私、探偵だけです」

 人も獣も虫も鳥も。悉く殺し尽くされた災害の現場。

「だから、あなたがこの事件の犯人です」


「違う」


 滑稽だった。ほんの少し前ひとりを殺すことを考えていたカナメが数百万の殺人を犯した罪から逃れようとしている。


「私は犯人じゃない。なにもしていない」




「貴様が犯人だ。何故なら探偵がそう決めたからだ」


 アパオシャ都市国家連合19居住区

 住民が悉く未知の毒物によって一瞬で死亡した現場で、初老の男は傲岸に断言した。

 震えている少年に宣告する。

「何故なら貴様は探偵でも被害者でもない、だから犯人なのだ」



「探偵は間違えない」

 そうして。

 世界の全てを支配する法則が探偵により告げられた。


 探偵。

 旧き神の世界を壊し、世界を支配した上位存在。

 その日世界に降臨した探偵の数は計15柱。

 その日世界を変革した探偵は神の座に至り、世界の可能性は失われ続けている。

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