受けとった夢の話

 いや、久々に早退とかしたよね。びっくりしたし従兄にも怒られたし散々。体調管理ぐらいちゃんとしろってのはまあ、正論だからね。なんも言い返せない。


 普通に疲労とか暑気あたりじゃないかって話だったな。その日午前中からだったんだけど、現場の補助ってことでそこそこ荷物運んだりはしてたんだよね。仕事自体はちゃんと済んだしうっすらダルいなぐらいだったんだけど、会社帰ってからもう駄目でさ。目眩と吐き気で一歩でも動いたら人としての尊厳が危ういもう駄目だってのが分かったから、車から降りらんなかったんだよね。そんでまあ、顔色もヤバかったらしくて。いいから今日は帰れってことで家帰されて、ちょうど週末だったから従兄にもバレて病院連れてかれてめちゃくちゃ叱られた。


 寝込んでたのは三日ぐらいかな。あんまり休むとほら、一応ゼミとかあるからさ。俺えらいからちゃんと三年前半で単位は足りてたけど、必修系はどうにもならないからね。幸い金曜に駄目になったから、月曜も午後からは元気に牛丼食べに行ったし。授業ない日で全部治ったから問題なしよ。バイトもちゃんと復帰したしね……そこそんな怪訝そうな顔するとこか? そりゃあ元気になったら復帰するよ、体調不良ってだけだもの。辞める予定も今んとこないしね。


 そういや鷲田さん、お前に伝言してくれたんだって? 一応頼んだんだよね、多分お前いないだろうなーとは思ってたけど、奇特なことに待ちぼうけてたりしたら申し訳ないじゃん。鷲田さんも買い出しついでってことだったからさ。あの人、お前とも話したかったみたいだし。服の趣味がちょっとあれなだけで、普通に気さくな兄ちゃんだよ。本当だって。金とか請求されてないでしょ? あ、話聞いたの。無料タダで。じゃあ……まあ、いい人じゃん。そこまで気遣ってくれるとは思ってなかったな。


 なんかな、鷲田さんの無料体験の後で話してやるから煙草寄越せってのもちょっとあれな気がするけどね。一応持ちかけては──あ、払ってくれんの。そんな食い気味に言わなくっても平気だけど、何? あれか、快気祝いみたいな感じか。病み上がりに煙草の差し入れってさ、本末転倒感が凄くないか。俺は大喜びだけど。


 今回はな、あれだ。夢で見た話。

 他人の夢の話ほどつまんないもんもないってのは正論だけどさ。大丈夫ちゃんと面白いから、っつうか変ではあるから。俺もよく分からんから、お前に聞いて欲しいんだよね。だからまあ、実は今回は俺もタダでも──あ、そう。払いたいんならいいけどさ。返せったって嫌だからね。貰ったもんは俺のもんだよ。そういう欲はちょっと深いんだな、俺。


 車に乗ってた。車種までは分かんないけど、多分軽じゃない。バックミラーに真っ暗い後部座席が映ってて、時々道端の明かりが差し込んで後ろに流れてく。俺もさ、一応免許はあんのよ。自分の車は持ってないけど、実家帰ったり用あるときは親から借りてる……だからかね、夢の中でも運転の基本ぐらいはどうにかなってた。手足の感覚も、ちゃんとあったし。

 何て言えばいいのかね、俺のまま俺じゃないやつの身体に入ってるみたいな感覚だった。当事者なんだけど他人事っていうか、主役なんだけど蚊帳の外っつうか、そんなの。夢だからしょうがないんだけどさ、ふわふわして気持ち悪かったな。延々泥沼の上歩かされてるみたいな感じで、足場が定まんないんだよ。じわじわ足元が沈み込んでる、ってのもなんか分かった。余計に気持ちが悪かった。


 目の前には真っ暗な道がある。対向車も後続車も、一台もいない。信号機もないから、高速道路かなんかだと思う。夜の高速道路。観光シーズンとか帰省ラッシュとか、そういうのが何もないときの、ただ暗い夜道。


 車に乗りながら、一本咥えて火を点ける。運転席の窓と、対角線の窓が細く開いてる。カーステがこう、暗ぁい洋楽流しててさ。多分洋楽だと思う。英語だったから。よく古いドラマ見てると挿入歌で使ってるみたいなやつ。俺の趣味じゃないからよく分かんなかった。

 夜風が吹き込んで、吐いた煙が流れていく。車内が暗いから、煙草の煙なんてぼんやりした代物がやけにはっきり見える。風に流れて、煙の匂いが薄れて広がる。


 煙がね、助手席に溜まるんだ。

 窓開けてんのに、抜けない。何だろうな、そこにあるのに見えなかったものに、包帯みたいに煙が巻き付いていく、みたいな印象。そんで、靄つくみたいに溜まっていって、大まかに人間みたいな形になる──運転中だからさ、俺は正面しか見てない。でも、見えるじゃん視界の端。あとはほら、フロントガラスにさ、映る。白い靄が、暗いガラスに。


 助手席の煙、白い人影が視界に入る。後悔とか焦りとかそれから怒り、とか。そういうのがぐわーっと湧いてきて、バックミラーに目が行く。誰もいない。何もない。いるはずがないってことを俺は知っているし、

 手間かけて苦労して、それなのに結局この様なんだなって、余計に腹が立ってくる。


 これ、俺の感情じゃないんだよ。知識でもない。俺のじゃないけど俺が感じてる。何だろうな、映画だって分かってて、映画の観客の立場と登場人物を同時にやってるみたいな……メタ認知? とかなんかね。正しい使い方かどうかなんて自信ないな。あの辺のこと考えると気狂いそうになるから嫌なんだよ俺。


 そうやって胸が煮えそうになってると、突然車内一杯にぶわって匂いが立ち込める。俺の知らない、でも夢の中の俺は嗅ぎ慣れたはずの煙草の匂い。夜風は相変わらず開けた窓から吹き込んでるし、自分以外に吸ってるやつもいるわけがない。それなのに、ただ匂いだけがまとわりつく。


 助手席のやつが、深く溜息をつくんだ。そんでガラス越しに目が合う。

 そのままそいつ、笑ったよ──白い靄のまま、ただ煙の群れでしかないそのままなのに、確かに笑った。表情も声もないくせに、それだけははっきり分かった。

 ついでに安心した。こいつは俺を許してないし、煙になっても俺を忘れる気がないってことだけ、よく分かった。それがめちゃくちゃ嬉しかった。運転してるやつは、あー、な。


 やっぱ熱あって見る夢ってどうにもなんないね。しんどい。

 夢ですかって夢に決まってるだろ。ここまででおしまい。ちゃんと寝床で目覚めたからね。あんまりべたべたするから朝一で風呂入って、一回目で頭泡立たないから二度洗ってさ。

 そんでまあ、何でこの話したっていったらさ、身に覚えが全くないんだよ。そりゃ運転免許は持ってるけど、夜中の運転なんてしたことないし。そもそも俺そんな目にあったことないしね。経験したことがなくても夢ならなんでもありったって、流石に何一つ心当たりがなくって嫌な夢見たらさ、困るのよ。

 別に気にしなくていいったらその通りだけどさ。俺昔すごいジャンプ力を手に入れて電線飛んで渡る夢見たことあるけど、立ち幅跳び四点とかだったからね。着地で横に倒れたし。砂場だから目に砂入って最悪だったから未だに覚えてる──何が言いたいかってあれよ、本体に関係がなくても夢は見られる、みたいな。でもこの夢も出処が分かんないのは一緒だな。そう考えるとちょっと不安になる。俺何で電線飛び移って遊んでたんだろ。やだな要らん不安が増えた。自分の無意識とか一番探りたくないものだよ。覚えてられないことなんて、大体覚えてたらろくなことにならないことだろうし。だから無意識とかいう押し入れにしまってんだろ。


 んでさあ、おまけじゃないけど、これ。

 知らんうちにね、煙草の箱に一本入ってた。本数の数え間違いとかじゃないよ、俺そんなまめなことしないもん……ほら、見て分かるだろ。品が全然違うんだよ。メントールのやつな。俺これ好きじゃないから、多分自前のじゃないんだよ。じゃあどっから湧いて出たかったら知らない。従兄のでも多分ないしね。あの人なんか……顔に似合わないの吸うんだよ。昔一本貰って噎せた。

 まあ、一本だし、代金だろうしね。受け取ったからには俺のもんだよ。引き取ったからにはちゃんと吸うし。吸って燃えればどうせ灰だからな。

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