第4話 新しいお父さんが出来ました

 雨宮小春、またの名を日比谷教教祖。芸能プロダクションのオーディションに合格致しまして今日からレッスンが始まります。

 小学3年生、春。小春の冒険が今始まる……



 --KKプロダクショングループ

 小春君が今日から所属することになる芸能事務所である。業界では大きい方らしい。わくわく。


 いきなりデビューって訳にはいかないのでまずは養成所で勉強。事務所と契約し一流芸能人になるべく修練を積む。


 …そう、日比谷真紀奈が思わず惚れるようなかっこいい芸能人に……



「はーい、それじゃあ入所式があるからこのお部屋で待っててねー」


 お姉さんに集められた年少組クラスの数は20人くらいだ。豆腐の内側みたいな真っ白な部屋になんだか既に垢抜けしたおマセさん達が居並ぶ。彼らは僕とレッスンを共にする戦友であり、同時にライバルという訳だ…


「…………俺の名前は風見大和かざみやまと


 と年少組の中で頭1つ抜けた大柄な少年が自己紹介の手間を省いて名乗っていた。しかし誰も聞いていない。


「…………俺の名前は風見大和」

「……」

「…………俺の名前は風見大和」


 俺の名前は風見大和bot。


「はじめまして」


 あんまり誰も構ってくれないものだから目がうるうるし始めた強面の美丈夫に雨宮小春が話しかけた。

 ガッチリした体格の彼は声をかけた僕に視線を寄越してその存在を認識する。


「…………俺の名前は風見大和」


 しかし彼はbotだった。


「僕は雨宮小春。北桜路市から来ました」

「俺の名前は風見大和」

「よろしくね大和君。君どこ小?」

「俺の名前は風見大和」

「…………」


 これはアレだ…今からキャラ作りに勤しんでいるのだ。彼はこういうキャラで今後売り出していくつもりなのだろう…


「俺の名前は風見大和」

「……俺の名前も風見大和だ」


 僕も風見大和って言ったらどうなるんだろうか…

 危険な好奇心に背中を押されて真似をしてみたら少年--大和君の目がギンッ!!って見開かれた。凛々しい瞳がフクロウのように丸く拡大した。その迫力はフクロウに襲われるリスの気分を味あわせてくれる……


「なんだお前は…俺は今練習してるんだ。邪魔をするな。そして俺が風見大和だ」

「なんの練習?」

「よどみなく台詞を読み上げる練習だ」


 コイツ…既にプロ意識が芽生えている……


「それはごめんなさい…てっきり自己紹介を無視されまくってる可哀想な人なのかと…」

「貴様……俺がそんなに惨めに見えたのか?」


 でもさっき目がうるうるしてたよ?


「はっ…はっ…はっ…ひゅーーっ、ひゅーーっ!」


 早くもクラスメイトとの間に亀裂が入りかけたその時、フラフラとこちらに歩いてくる女の子が自己主張高めの呼吸音と共に僕らの間に割って入った。


「だ…大丈夫?」

「俺の名前は風見大和」


 嫌な予感がした。いや、嫌な記憶がフラッシュバックした。


 その子はオーディションの時僕にゲロを吐きかけたあの子だったのだ。

 無意識に距離を取ろうとする僕を捕まえた少女は真っ青な顔色のまま僕のことを凝視していた。


「はっ…はっ……君は……オーディションの時の……」

「……あ、はい……」

「あああ、あの時はごめんなさい…私…クリーニング代を……」


 同い歳くらいなのにしっかりした子だなぁ…


「いや、気にしなくて--」

「うぷっ!!」


 研ぎ澄まされた危機察知能力が赤信号を灯火する!!フグみたいに両頬を膨らませて瞳に雫を溜めた少女はぎゅっと僕の服の裾を握りしめたままその顔を真っ直ぐ僕に向けていた。

 この子の事はゲロ子と呼ぼう……


「っ!!」

「うぅえっ!!」


 咄嗟の判断で僕は少女の手を叩き落としバックステップ!!が、僕の浅はかな予測を大きく上回る少女の吐き気は大きく前傾姿勢を取る少女の口から胃の中身を射出した!


 凄まじい射程距離を誇るゲロが顔面にヒットした……


「みんなー、そろそろ入所式……えぇ!?どうしたの!?」



 ……バイオハザードにゲロ吐きかけてくる敵居るよね?そんな感じか?


 *******************


「よくぞ集まったな、ひよっこ共!!」


 雨宮小春、早くもゲロまみれです。僕は一体何度ゲロを浴びればいいんでしょうか?

 ゲロの臭いをプンプンさせながら文字通り鼻つまみ者扱いされ部屋の隅に追いやられた僕が見つめる先では頭が天井スレスレまで伸びている巨漢が威圧的な態度で練習生達を歓迎する。


「貴様らの教官を務めるマットだ。軍曹と呼べ!!」


 赤いベレー帽を被った髭を生やした巨漢でした。軍曹らしいです。鼓膜が破裂しそうな大声と巨人と見紛うマッシブな体型。そして迷彩柄の軍服……


「貴様らを一人前の兵士に育ててやろう!!」


 どうやら騙されたらしいということを今悟る。芸能事務所だと思っていたここは軍隊の養成学校だったようです。


「ここでこのクラスの担当になるマット軍曹の略歴について軽く説明します」


 とお姉さん。


「マット軍曹は元陸軍特殊部隊『レッドべーレー軍』で数々の偉業を成し遂げた伝説的な兵隊さんです。ゲリラ戦を得意とし現役時代はそのナイフを300人の血で染め上げてこられました」


 ガチモンの軍曹だった。


「紆余曲折あって今はこの養成所で教官をしている。貴様らを芸能界という魑魅魍魎の跋扈する伏魔殿で生き抜くゴッドアーミーに育ててやる!!返事はイエス!ファーザーだっ!!」


 ガチモンの軍曹だったけどガチモンの養成学校の教官らしいです。前の方でゲロ子がゲロ吐きまくって窒息してる。


 ……芸能事務所ってこんな感じなのか?


「さて貴様らっ!!貴様らにはまず基礎レッスン、そして基本的な礼儀作法から学んでもらう!!この業界は上下関係が厳しい!!下積み以下の貴様らは礼儀から身につけなければ生き残れんぞ!!分かったかっ!?」

『はーーい』

「返事はイエス!ファーザーだっ!!」

『イエス!ファーザー!!』



 …暗雲立ち込める養成所入り……

 この後僕の身に想像を絶する試練が降りかかることを、この時僕はまだ知らない…

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