第2話 おろろろろろっ!!
雨宮小春、芸能人になります。
なぜなら芸能界に初恋の人が居るからです。
小学2年生。7歳、冬--
「……いい?小春。お母さんもお父さんも小春のやりたい事を応援する。でもこれだけは約束して」
「うん」
「売れたら必ず恩返しするのよ?」
「うん」
我が母の現金な手を握り、白い息を吐きながら敷居を跨ぐのは大手芸能事務所の運営する養成所……そのオーディション会場である。
--KKプロダクショングループ
お笑い芸人、俳優、子役、声優、歌手…
あらゆる分野でタレントを育成、マネジメントしている大手芸能事務所である。
雨宮小春はここに決めた。
そして1次選考の書類審査に通った。
そして今日--2次審査…つまりオーディションである…
*******************
「ドキドキ……ワクワク……」
憧れのあの人--日比谷真紀奈に再会する為……そして約束を果たし、この恋を実らせる為……
雨宮小春はとうとう芸能界の門を叩く…
「じゃあみんな、お名前呼ばれたら元気よく返事して入ってきてくださいねー」
「はーい」「はーい」「はーい」「はーい」
愛しき母の手と名残惜しいお別れをしオーディションを待つ子役候補達の待つ控え室へ…
そこで口角に釣り針が引っかかってそのまま竿を振り回されたみたいなお姉さんがニコニコしながら説明してくれた。
「オーディションではその台本の台詞読んでもらいますからねー。緊張しなくていいからねー。元気よく可愛く頑張ってねー」
「はーい」「はーい」「はーい」「はーい」
「ドキドキ……ワクワク……」
子役ってこんなに沢山目指す人居るんだ……
広い部屋の中に敷き詰められた子供達…下の子は幼稚園児くらいから上は中学生くらいの子まで居た。
そのみんなが、僕みたいにソワソワしてない。
ある者は楽しそうに笑って、ある者は渡された台本を読み込んで、ある者はチョコレートを貪っていた。
少なくとも僕みたいにドキドキワクワクなんて言ってる奴は居ない……
「はぁ……はぁ……はぁ……うっ!!」
いや、もっと緊張した子が居た…
サラサラの黒髪をツインテールにした、大きな目がくりくりな女の子である。同い歳くらいに見えた。
その子は階段を3段登ったご老体の如く胸を抑えて苦しそうにはぁはぁと浅い呼吸を繰り返していた。額には脂汗が浮かび、目の焦点は合わず膝は震えていた。
死にそうだった。
「落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ落ちたら死ぬ……」
「……」
お母さんが言っていた。こういう目をした人には関わってはいけないと…
これはあの目だ。僕の生まれ育った街の人達がよくしている目だ。
しかし残念なことにその子は僕の隣に座っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
「…………」
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ!!」
「……………………」
「ひぃーーっ!!ひぃーーっ!!ひぃーーっ!!ひぃーーっ!!」
……関わっちゃいけないと言われてるけど女の子には優しくしなさいとも言われている僕。
隣で失神秒読みの少女がどうしても気になり声をかけることにした。
「……ねぇ、ダイジョー--」
「はっ!はっ!はっ!…うっ!!」
……嫌な予感はした。
「うぇげぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「ひぃっ!?」「なに!?」「あの子吐いたぁっ!!」
「おろろろろろろろろろろろっ!!」
「うわぁぁばっちいっ!!」「たいへん!!隣の子にゲロが……っ!!」
「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「--雨宮小春です。よろしくお願いします」
名前を呼ばれたのでオーディション会場の部屋に入室した。そして今日の為に母が未来の投資として買ってくれた一張羅はゲロにまみれて重たかった。
もうやけくそだった。
「……おぉ。どうしたの?それ」「大丈夫?」「また随分やさぐれた子が来たな…」
面接官は3人みたいだ。左からおばちゃんとあごひげの業界人っぽい人とメガネをかけた人。
「ゲロかけられました」
「まぁまぁ大変ね。ふふっ」
笑ってんじゃねーよ。
「小春君。君はどうして子役になりたいのかな?」
え……?このまま始めるんですか?確かに呼ばれたから入ってきたけれども…
ゲロが服から滴っているんですが……
………………いや、落ち着け。
僕は日比谷真紀奈が好きになるようなかっこいい芸能人になるんだ。
ここでコケる訳にはいかないんだ……考える。子役に求められもの…それは可愛らしさ。間違いない。
「えっと!テレビが大好きで、僕もテレビに出てみたいと思ったからですっ!!」
入室時の死んだ魚の目を捨て、キラキラ宝石のように輝く瞳をくりくりさせながら少年は笑う。
模範的7歳児。もうすぐ8歳児。平均的小学2年生。
あれ?平均的じゃダメなのでは?
「……変わり身がすごいな…」
「入ってきた時は荒んだ目をしていたのに…」
「あっ!あれ演技です☆こっちが素です☆」
「嘘つけどー見ても今の方が作り物だぞ?」
業界人っぽい人が鋭い視線を向け、ついでに鼻に洗濯バサミ装着して「まぁいいや」とオーディションを進める。
「じゃあ小春君、向こうのお部屋でご本貰ったでしょ?そこに書かれてる台詞を読んでみて?」
「はい☆おばちゃん☆」
「次おばちゃんって言ったらその服に染み込んだ汚物を雑巾絞りで飲ませるからね?うふふ」
……台本に書かれた台詞を読めと。
これ幼児が読めるのか?ってくらいびっしり台詞が書かれているが…
「赤い字ところ読んでね?」
「はい☆メガネさん☆」
「……ど、どうして僕の苗字が
……ふむふむ。あっ。なんだこれ、いっつもお父さんが言ってるやつだよ☆
「--待って……待ってくれ!!捨てないでくれよっ!!お前無しでどうやって生きていけばいいんだよぉぉぉぉぉっ!!おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「あらまぁ…」「おいこれ台本おかしくね?」「あ、高等部用のやつでした。てへっ☆」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!ぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉぉっ!!」
「もういいぞ」
「うわぁぁぁぁぁぁっ!!ぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いつまでやってんだ」
「…ありがとうございました」
「さっきまで語尾に☆が付いてたのに…お前気持ち悪いな。どこ小だおめー」
「はい
「……あの街か。道理でおかしいはずだ」
--合格しました☆
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