拝啓、輝くあなたへ☆【お前なんなん?続編】
白米おしょう
養成所編
第1話 会いたくて会いたくてバイブレーション
--その日、運命が降ってきた。
「--痛っ!!」
星々の浮かぶ暗い宇宙の海原まで透けて見えそうな青空の下…黒い影と共に放物線を描いて僕の頭に落ちてきた四角い電子機器は僕の額を割って赤い雫を噴き出させた。
足下に転がるスマホは無惨にもお亡くなりになり、白い亀裂の走る黒い画面は白黒の空を反射する。
「だっ……大丈夫!?」
つまらない青空と…その人を……
「お姉さん、昨日失恋したんだ」
喧騒の溶け込むハンバーガーショップで僕の向かいに座るその人は綿みたいな柔らかい笑顔でそう言った。
「好きな人にフラれたんだ」
「……すきなひと」
「その人も私の事好きになってくれるって思ってたけど、ダメだった」
その日産まれて初めて人に殺意を抱いた。
誰よりも綺麗で、優しくて、この奇跡のような人にこんな顔をさせる奴が存在するなんて…
僕なんて……
僕なんて…………
「--まだ好きなんだけどね……」
ぐちゃぐちゃになりそうな幼心にその言葉はナイフのような切れ味で入り込んだ。柔らかくて脆弱な少年のハートは冷たく薄い言葉の刃にスライスされたのだ。
しかし……
しかしだ……
「--僕かっこよくなります!!」
少年はそんなに弱くなかった。
少なくとも現実を見て妥協や諦めを選択する程少年は大人でもなく……
「だから大きくなるまで待っててください!!その時お姉さんに僕の事……好きにならせてみせるから……」
そして少年は無謀な告白をその人に叩きつけた。
遠い遠い未来の約束と共に……
「……じゃあ、大きくなったらね?でも、かっこ悪かったら好きにならないからね?」
小僧の戯言を笑いで包みながらあの人は言ったよ……
--その少年の名前は
--そしてその人の名前は……
これは遠い、遠い時間の糸を紡ぐ約束の物語……
少年があの人との約束を果たすまでの…物語。
「……なのである。作、雨宮小春…」
「というわけなのでお母さん、僕芸能人になりたいんです」
「作家になりな」
*******************
--雨宮小春、7歳。小学2年生。夏…
春を越えた初夏、少年はその人の事を知った。
それはお母さんと観に行った映画だった。
小学校低学年には早すぎる、恋愛映画。不倫関係に落ちた女の破滅の物語。純粋なボクちゃんには重すぎて胃もたれしそうなその映画であの人は実に艶やかに映っていたのである。
『賢治さん……』
『どこまで行っても、僕は君と一緒だ』
『賢治さんっ!!』
『この先何があっても離れないように、このへその緒を結ぶんだ…』
『結ぶってどうやって…?』
『小指と小指で……』
『干からびてて無理だよ、賢治さん…』
「…………田中マリヤって言うのか…あのお姉さん……」
「バカね小春。それは役の名前…この女の人は日比谷真紀奈っていうのよ」
「ひびや……まきな……」
お母さんの買ったパンフレットを凝視して、あの人の名前を頭に刻み込んだ。
そして大きなスクリーンで髪の毛を揺らすあの人の姿も……
その姿はあの日初めて出会って、あの春僕と約束してくれた時の姿よりずっとずっと輝いてて……
--僕は絶対に忘れないようにってその人の顔を脳に刻み込んだ。
大きくなっていく熱い気持ちと共に……
心臓が燃え上がり、血が熱い。
初めて行ったハンバーガーショップであの人の笑顔に魅入られ……
再会したあの人の笑顔に約束を刻み……
スクリーンの向こうのあの人の姿に今日3度目の恋をした。
*******************
--日比谷真紀奈。
モデル、女優。『ハニープロダクション』所属。
高校2年生の時バイト先のハンバーガーショップで撮影された写真がネット上で「可愛すぎるスタッフ」として話題になりスカウト。
モデルとしてデビュー後、持ち前のルックスで順調に人気をあげていき今や女優としても活躍している売れっ子芸能人。
透き通った真っ白い肌にウェーブのかかった柔らかそうな茶髪…大きなサファイア色の瞳の下には妖しい泣きぼくろ…
見る者をハッとさせる天性の美貌を持った芸能界のスター……
……芸能人。
僕は震えていた。
どうやら僕はとんでもない人に告白してしまったらしい。
そして約束してしまったらしい……
--かっこよくなる…
芸能界で輝くあの女神のような彼女へ……
あの人はただのハンバーガーショップのお姉さんじゃなかった。
足を運べば会える距離の人では無い。僕なんかでは見上げても見えないくらい遠い場所で輝いてる人だった。
……もう一度、会いたい…
「--そりゃ小春よ。男が一度した約束は死んでも守らなきゃならないよ?」
蝉が全力で生を叫ぶ庭を眺める縁側でおじいちゃんがそう言った。
スイカの種を高速で庭に撃ち込むおじいちゃんの横で僕も真似をするけれど秒間12発の我が祖父には敵わない。
「でも、難しいんだ。どうしたらいいのか分からない」
「小春…人生は長い」
説得力しかないシワだらけの横顔である。
「悩むのも諦めるのも、がむしゃらにやってからでも充分遅くないわい」
「おじいちゃん……」
「--ごめんくださーーい!!」
玄関に向かうおじいちゃんに着いて行ったら玄関扉の先に町内会のおばちゃんが立っていた。
おばちゃんは大福みたいな顔に笑顔を湛え両手をこちらに差し出してきている。
「町内会費、お願いします」
「……」
僕は知っている。
祖父は入れ歯を買い換えて金欠であることを…
祖父は若い頃まともに仕事をしてなかったから年金が少ないことを…
「いやぁ……」
「雨宮さん?町内会の規則ですよ?払ってもらえないなら村八分しますからね?この街で宇佐川さんに逆らって生きていけると思ってるんですか?あ?」
宇佐川さんとは町内会長である。とても怖い人らしい。本人がというよりお孫さんが恐ろしいらしい。
困り果てたおじいちゃんは曲げた腰をバイブレーションする他なく、かと言ってバイブレーションしていても誰も助けてなどくれなく……
「--おじいちゃんこの前入院して今お金ないの、おばちゃん」
僕はおじいちゃんの深いすね毛に抱きつきながらおばちゃんを健気な瞳で見上げていた。
その姿は幼い体を呈して祖父を守る健気な孫……
「えぇ?ほんとかい?そんな話聞いた事ないけど……」
「ホントだよ?腰悪くしたんだよ。ほら震えてるじゃん!」
ブブブブブブブブブブブッ
「………………そう、仕方ないねぇ」
--おばちゃんが帰っていってようやくおじいちゃんの腰は静止した。骨粗しょう症の祖父の仙骨はバラバラだろう。
「いやぁ……助かったわ。小春」
「おじいちゃん、買い換えたばっかりの入れ歯無くしちゃったもんね」
「ふははは。それにしても大人を騙すなんて小春はすごいの。将来は役者かの?ふははははははっ」
歯茎(歯無し)を剥き出しに笑う祖父……
……………………あぁ。そっか。
日比谷真紀奈にもう一度会う方法…
--芸能人になればいいんだ。
「ふはははははははっ!!はっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!」
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