第23話 もしかしてマイナス?

「早見くん早見くん」


 静かな教室にも時間が経つにつれ、いつもの様子が見えるようになり、ホームルーム前にはだいぶにぎやかになっていた。


 桜來がトイレに行ったのを見計らって、わたしは早見くんに話しかけていた。


「あ、白風さん」

「桜來に聞いてきたよ」

「ほ、ほんと!?」


 本当は昨日の放課後に伝えるつもりだったんだけど、梗のことで頭がいっぱいになってすっかり忘れていた。


「うん、あのね……」


 正直桜來から返ってきた言葉はいいものではなかった。


「なんとも思ってないって言ってたよ」


 少し言いづらい感じはする。だけどこんなところに気を使っても仕方がない。


 わたしが早見くんのことを好きだという疑惑が浮上してしまったことにより、これ以上桜來に聞くことはなかったけど、なんとも思っていないということはつまり桜來の中で早見くんはゼロだということ。


 ゼロって聞くと良くないイメージがあるけど、プラスに考えれば、これからまだ上がって行く余地はあるし、前向きに捉えられることはたくさんある。


「なんとも思ってない……か」

「……頑張ってね!」


 無駄に「早見くんならいけるよ!」とか「早見くんならきっと大丈夫だよ!」なんて言っても、意味はないだろう。


 あとは自分で頑張ると言っていたし、わたしがあと早見くんにできるのは応援してあげることだけ。


 さすがに桜來には実は好きな人がいるとは桜來のプライバシーがあるし、そもそもそんなこという勇気がわたしにはないから言えないけど、応援するぶんには別にいいよね。


「うん…… 俺、頑張るよ。本当にありがとうね、白風さん!」

「うん!」


 どういう結果になっても、早見くんが納得できるといいな。


(……ん?)


 わたしはふと後ろに人の気配を感じた。


 そりゃ教室には人がいっぱいいるんだし、後ろに人くらいはいるだろうけど、もっとなんか寒気のするような気配だった。


「あ、桜來……」


 後ろを振り向くと、そこには桜來が立っていた。


(やば…… 今の話聞かれてないよね?)


 いま戻ってきたのか、それとも少し前から戻ってきていたのかは分からないけど、もしも今の話を聞かれているとしたらマズい。


「早見くん……だよね?」

「は、はい、早見です、草刈さん……!」


 早見くんは桜來と話すのに緊張しているみたいだ。


「茉莉花に何か用?」

「あ、いや白風さんにはいろいろ助けてもらっていたというか、なんというか……」


 桜來の口ぶりからさっきの会話は聞かれていないみたいで、わたしはとりあえずほっと肩を撫で下ろす。


 でもさすがに早見くんも本当のことは言えないから、言い淀んでいるみたいだ。


 わたしも助けてあげたいんだけど、こういうときに限って、上手い言い訳が思いつかない。


「さ、桜來、もうすぐ先生來るし、早く席戻ろ!」


 わたしは桜來の手首を掴んで、一緒に席に戻ろうと、桜來を引っ張った。


 だけど、桜來はその場から動こうとしない。


「桜來?」


 わたしはどうしたのかと思って、桜來の顔を覗き込むと、桜來は不機嫌そうな顔で早見くんを見つめていた。


(え…… もしかして、ゼロじゃなくてもしかしてマイナス……? でも早見くん良い人だし、マイナスになるようなことはないと思うんだけど……)


 早見くんの方を見てみると、早見くんも何がなんだか分かっていないみたいで、目が泳いでいる。


 さっきまでは普通に楽しくわたしと話してたんだけどな……


 なんかよく分からないけど、とにかく桜來を席に連れ戻さなくては。


「桜來!」


 わたしは後ろから桜來にギュッと抱きついた。


「ま、茉莉花!?」


 桜來はすぐにわたしに反応した。


 桜來を動揺させるのに一番効果てきめんな技はもうすでに習得済みだ。


「席、戻ろ?」

「あ、うん……」


 そう聞こえたわたしは桜來から離れ、手首を掴んで桜來を引っ張った。


 今度はさっきみたいに動こうとしないことはなく、桜來はちゃんとわたしについてきてくれた。


 わたしは早見くんにごめんの気持ちを込めた目配せをして、桜來を連れて、自分たちの席に戻って行った。


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