第13話 レベル200

「茉莉姉、おかえりー」

「緋衣。ただいま」


 家に帰って、リビングへ行くと、緋衣が机に座って宿題をしていた。


 緋衣はいつも自分の部屋でやると怠けるからと言って、人の目があるリビングで勉強している。


 なんて偉い妹なんだろうか。


「ねえ茉莉姉、これ分かる? 答え見ても分かんなくて」


 そう言って、緋衣がわたしに見せてきたのは数学の問題だった。


 数学は正直得意ではないけど、理科よりはマシだ。


 それに中学生の問題。わたしなんて高校で正弦定理も余弦定理も確率だって簡単なものならちょちょいのちょいなんだから。


 中学生二年生の問題くらい……


 そう思っていたのに、なんだこれ。全然分からない。


 分からないと言うよりは全く覚えていない。


 緋衣が分からないと言っている問題は三角形の合同を証明する問題。


 これには確か、パターンの答え方があったはずなんだけど、そんなこと高校受験が終わるとともにわたしの脳から記憶が消えて行っていた。


「ちょ、ちょっと待ってね」


 なんとか緋衣の期待に応えたいと思って、わたしは答えを見た。


 本当は問題を見ただけで「あー、これね(ドヤッ)」って言って、スマートに教えてあげるのが理想なんだけど仕方がない。


(あー、なるほど。こことここがこうなってるから……)


 答えを見れば、だいたいは理解することができた。


 お姉ちゃん、もう高校一年生だからね。これくらいは!


「緋衣、合同条件は覚えてる?」

「うん。それは覚えてる。えっと、三組の辺が等しいのと、二組の辺とその間の角がそれぞれ等しいのと、一組の辺がその両端の角がそれぞれ等しい、でしょ?」


 な、なんて優秀なんだ、うちの子は。お姉ちゃん、誇らしいよ。


 何にせよ、それが分かれば証明はできる。


 あとはちょっとヒントを出してあげればいいだけ。


「こことここの角度が一緒でしょ? それでこことここの角度も一緒なの」

「……あっ、この三角形、二等辺三角形になってるんだ!」

「そう!」


 やっぱりうちの子は優秀だ。


 それさえ分かってしまえば、あとは答えを書くだけ。


「ありがとう、茉莉姉!」

「うん!」


 いつ如何いかなる時でも妹に感謝されると嬉しい。これでまた一つ緋衣が賢くなったと思うとなおさら。


 お姉ちゃん冥利につきますな。


「やっぱりお姉ちゃんがいると、いろいろ教えてもらえるからいいなあ」

「それは確かにそうかもね。わたしもお姉ちゃんに勉強教えてもらったし」


 わたしも中学生の頃、お姉ちゃんによく勉強を教えてもらっていた。


 受験前には特にお世話になった。


れん姉、元気かなあ」


 蓮姉とは、白風家長女、白風蓮しらかぜれんのこと。


「たぶんもう就職活動終わってるだろうから、またお正月に会えるよ。でも来年からお姉ちゃん社会人だから、どうなるか分からないけど……」


 わたしとお姉ちゃんは五歳離れている。ということは緋衣とは七歳離れているということ。


 わたしが中学一年生の時にお姉ちゃんは高校三年生。ということはお姉ちゃんが高校三年生の頃、緋衣はまだ小学五年生。


 そして緋衣が小学六年生になる頃には、お姉ちゃんは大学に通うために一人暮らしを始めた。


 緋衣はもっとお姉ちゃんと一緒に遊びたかったんじゃないかなと思うけど、こればかりはどうしようもない。


 だから緋衣はお姉ちゃんが帰ってくる日をいつも楽しみにしている。


「大変だね、就職って…… 緋衣働きたくないよ……」

「まあ緋衣にもわたしにもまだ先のことだよね」


 お姉ちゃんが去年、書類を書いて、面接して、お祈りされての繰り返しだと言っていた。


 最後のお祈りだけよく分かんなかったけど。


 正直まだ高校一年生からすると、就職活動とはどういう流れなのかよく分からないけど、大変なことだけは分かる。


 社会人になると完全な大人として見られるようになるだろうし、やっぱり学生っていうのは一番楽なんだろうなとは思う。


 まあわたしにはまだ先のことだし、目下重要なのは大学受験なんだけど、その大学受験ですらまだ遠い先だと思っているわたしには就職はまだまだ遠すぎること。


 あんまり気にすることではない。


「でも蓮姉ならどれだけ仕事が忙しくても帰ってきそうじゃない? だってわたしと茉莉姉のこと大好きだし」

「まあ確かにそうかもね……」


 緋衣の言う通り、お姉ちゃんはわたしと緋衣のことが大好きだ。


 疑いの余地すらないシスコンそのもの。


 ちなみにわたしよりもシスコン度は高い。


 わたしがシスコンレベル100だとするなら、お姉ちゃんはシスコンレベル200だ。


 さすがのわたしでもレベル差が100もあるモンスタ……、ごほん、レベル差が100もあるお姉ちゃんには勝てない。


 真のシスコンの座はお姉ちゃんに譲ろう。


「茉莉花、緋衣ー」

「お母さん? どうしたの?」

「悪いんだけど、明日でいいから帰りに便箋買ってきてくれないかしら?」

「あー、今年もそろそろだもんね」


 もうすぐお姉ちゃんの誕生日がやってくる。


 一人暮らしをしているお姉ちゃんを直接祝うことができない代わりに、いつもわたしと緋衣が誕生日に手書きで手紙を送っている。


 こんな超デジタル化社会に手書きの手紙なんて……と思われるかもしれないけど、わたしと緋衣はお姉ちゃんとほとんど連絡をとらない。


 もちろん連絡先自体は知っているけど、お姉ちゃんはわたしと緋衣と連絡をとってしまうと、会いたくてどうしようもなくなってしまう病を発症してしまう特殊体質らしいので仕方がない。


 だから誕生日の日だけは特別ということで、手紙を書いて渡している。


「あ、じゃあわたし明日の放課後買ってくるよ。緋衣は部活行くかもでしょ?」


 緋衣は美術部に所属している。


 顧問の先生はゆるーいおじいちゃん先生で、結構サボりやすい部活ならしい。


 かといって緋衣はわたしみたいに帰宅部で暇なわけではないから、わたしが行った方がいいだろう。


「うん、ありがとう、お姉ちゃん」

「茉莉花、ありがとうね。それじゃあそろそろ晩ご飯にしましょうか。お父さんは今日外で食べてくるらしいから」

「はーい」

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