はれのち、洒涙雨。 ref:Rain

司原れもね

初時雨

第1話 夏が嫌いだ

 夏が嫌いだ。

 暑いし、湿気も多くて、虫はうるさい。おまけに夏休みなんて言うものがあるせいで、騒がしい輩が増えて鬱陶しい。それになにより、夏は俺にとって忌ま忌ましい記憶しかない季節だ。

 暑くなると思い出す。あの日のことを——


「夏なんてなくなってしまえばいいのに……」


 閑散とした美術室の中で、俺は一人呟く。


「また、そんなこと言ってるの?」


 すると、背後から声をかけられた。

 振り向くとそこには、夏風に長い髪をなびかせる少女の姿があった。

 彼女の名前は新島美春にいじまみはる。俺の幼馴染みだ。


「毎年言ってるよね? それ」

「あぁ……悪いかよ」

「ううん、別に悪くはないけどさ……」


 このやり取りは7年前のあの夏から毎年している。

 美春とは家が隣同士ということもあり、家族ぐるみでの付き合いがある仲だ。親の仲も良く、俺達は物心つく前からよく一緒に遊んでいた。

 だからなのか、彼女はいつだって俺の隣にいた。


 幼稚園から始まり、小学校、中学校、そして高校。さらには部活まで俺と同じ美術部に入ってくる始末だ。

 自意識過剰かもしれないが、ここまでくると彼女が俺を追ってきているとしか思えない。


 しかし、彼女は俺と違って明るい性格で、友達も多い。学校のアイドル的な存在だ。いつも周りには人がいて、誰からも好かれている。

 それなのに、よくもまあ俺みたいなやつについてこようとするものだ。


「そ、それより……輝彦はコンクールの題材は決まったの?」

「いや、まだだけど……」

「じゃあさ! 私を描いてみない? きっと最優秀賞間違いなしだよ!」

「……断る」


 即答すると美春は不機嫌そうな顔をした。


「むぅ〜! なんでよー!」


 頬を膨らませている。昔から変わらない表情だ。


「おまえの絵は小さい頃に何度も描いたことがあるし、おまえをモデルに描いたら、賞を諦めたのと変わらない」


 美春は綺麗だ。絵に描いても映えることは間違いない。だが、長いこと付き合ってきたせいか、俺にはどうも彼女をモデルに描いても納得できない気がするのだ。


「えぇ〜!? ひどいよぉ〜」


 美春は涙を浮かべている。そんなにショックなのか。まあ、いつものことだし気にしないでおこう。

 それよりも早く家に帰って課題やらを片付けないとな。残したままだと、絵に集中できない。


 俺は荷物を持ち教室を後にしようとする。

 しかしその時、背後から視線を感じた。振り返ると、先ほどまで不機嫌そうにしていたはずの美春がニヤリと笑っていた。

 嫌な予感がしたので無視して帰ろうとするが、袖を掴まれてしまう。


「ねぇ、私を描かなくてもいいからさ、一緒に明日の星祭ほしまつりに行かない? ほら、コンクールの題材も見つかるかもしれないしさ?」


 星祭というのはこの地域で有名な七夕祭りのことである。確かに題材探しにはちょうど良いかもしれないが……


「嫌だね」


 面倒くさいし、何より人混みが苦手なのだ。しかし、美春は諦めなかった。


「お願いっ! 何か奢ってあげるからさ!」


 両手を合わせて懇願してくる。

 正直、あまり気乗りはしないが、このままだと美春を一人で星祭に行かせることになりそうだ。仕方がない。


「わかったよ……。奢りも何もいらないから好きにしろ……」

「やった! ありがとう!」


 普段ならこんなに甘やかさないのだが、今日は少しおかしい。きっとこれも、夏の暑さのせいだろう。


「じゃあ明日の6時に駅の西口に集合ね」

「はいよ」

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