VRが育む世界
中州修一
出会い、始まり
1話 夢の形
お母さんの歌が好きだ。
鮮烈に記憶に残っているのは小学4年生の時のこと。
お母さんが初めてドームでワンマンライブをやるとかで、お父さんが私の分までチケットを取って連れていってくれた時のことだ。
外野スタンドの一列目、つまりアリーナとステージを一望できる席に、私とお父さんは隣り合って座る。
当時の私は「前に人がいなくてラッキー」程度にしか思っていなかった。
外野席から開演前のアリーナを見渡す。
ドームに充満する雰囲気と、満席に近い客席から漏れ出てくる歓喜の声が、お母さんが多くの人に愛されている事を示していた。
私もそのムードに流されていた。
いくら胸を抑えても鼓動はやまない。この時の高揚感は、小学生だった私の少ない経験のうちで、圧倒的な刺激として脳みそに焼き付いている。
開演時間を少し過ぎて、照明が落ちる。
観客がワッと立ち上がり、歓声が大きくなる。
ライブが始まってからの記憶はほとんどない。楽しい時間はあっという間に過ぎるというが、これは本当らしい事に初めて気がついた。
ライブが終わった時には私を含めた観客全員が夢から醒めたばかりのような顔になっていた。
ライブが終わって、ひと足先に帰る準備をしているお父さんに、私は熱を出した時のようにぼーっとした様子で言ったらしい。
「お父さん?……私、お母さんみたいになりたい」
こんなにすごいパフォーマンスができなくても良い。大きな舞台で歌えなくても良い。
ただ人を笑顔にさせたかった。
お母さんが歌ったあと、お客さんの表情は満面の笑みで眩しかった。
笑顔の中心にいる人になりたい。私が父に言いたかったのはそういうことだと思う。
父がそのあとどんな顔をしたか、どんなふうに言ってくれたか、覚えてはいない。
でも、あの日が私の、全部の始まりの日であることは、今でも私の本能が覚えていることだった。
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