word5 「松阪牛 タダで食べる方法」⑤

 別に1等の大トロが欲しいと言っているのではない。ただ魚介類のちょっとしたご褒美グルメも欲しいのだ。何でもいいから、イカ以外の何かが、1つでいいから欲しい。


 再び海鮮ガチャの前へ立つ。手には5000円札を両替した1000円札5枚を持って。


 完全にギャンブルで負けた時に陥りがちな状態だった。一瞬で金が溶けてパニックを起こしていしまい、正常な判断ができないまま負けた分を取り戻そうとやけになっている。


 でも、両替を挟んだことで少し冷静さを取り戻せた。大丈夫だ、あと1回だけやってイカ以外の何かを引けばいいだけ。何も難しいことはない。3回もイカが出たのだから次はイカじゃない。


 冷静になってもまだ続けるという選択に変更は無かった。


 俺は1000円を入れ、今度は1のボタンを押してみた。何も考えずに選択していたのも悪かった。ちゃんと勘を働かせれば、持っている俺なら当たりを引ける。


 これで確実にイカ以外が出たはず――。


 そう思いながら、取り出し口を開けた。しかし、そこにあったのは「イカ」だった――。


 待て待て待て待て、流石におかしいだろ。意味が分からない。


 もう鞄もパンパンだぞ。イカ自体そんなに高級品じゃないからだろうか、700円分となると容器にびっしり詰まっているし重い。


 あと包装紙に書かれた絵が腹立つ。2本の触腕を上にして笑っているのが煽ってるように見える。これが本当のアオリイカってか、やかましいわ。


 俺は1枚だけ1000円を残して、あとは財布にしまった。手汗が親指から染みて、お札の先が湿るのが分かった。


 もうこれで最後だ。いくらなんでも次もイカなんてことはないし、次もイカだとしても、もうやめる――。


 歯を食いしばりながら、1000円を入れる――――。




 帰宅した俺は、すぐに玄関マットへ鞄を放り投げた。いつもよりも重い音がして、少しマットが滑る。


「それでも勝ちそれでも勝ちそれでも勝ち……それでも勝ちだよな」


 すぐに靴は脱がなかった。玄関に立ったまま重い荷物を運んだ手をさすって労わった。


 大きく息を吐いてから、今度は早足で鞄を冷蔵庫まで運んだ。冷凍室を乱暴に開けると、中のものを捨てるように投げ入れ、足で冷凍室を蹴り締める。


「終わり終わり。もう忘れよう。だって俺にはこれがあるから」


 松阪牛だけはキッチンに置いた。容器を開けて、美しい霜降りを見ると、1時間ぶりに笑うことができた。


 そう、これがあるから俺は勝ったんだ。帰り道ではずっと自分に言い聞かせ続けた。そんなことしている時点で気持ち的に負けかもしれないけど、とにかく俺は勝ったんだ。


 俺は先に風呂に入るか迷いながら、食卓の準備をした。いつもはどんなおいしい物を食べる時でも風呂が先だけど、嫌なことがあったから酒を入れて忘れたい。


 テレビをつけた後は、黒いパソコン入手祝いなので机に黒いパソコンも置いた。対面に座っているかのように、いつも俺が座っているのと反対へ置いて、開いた。


 すると、俺は違和感を覚えた。画面がいつもと違う、顔を近づけるとやはり……何故かワードボックスに文字が入力されていた。


「イカ 5000円分(笑)」


 ………………………………。


 黒いパソコンはわろていた。当然俺が入力したのではない。俺はその文字を読んで全てを理解した……。すぐに頭を抱えた。


 そうか、そうだったんだ。こいつは全て知っていたんだ。何もかも知っているパソコン、当然今日の出来事も全て起こる前から把握していた。こいつはこうなると知っていたうえで、俺に注意しなかったのだ。


 それどころか……まさか誘導されていたりするんだろうか。俺が海鮮ガチャにまで手を出して5回連続イカを出して爆死するように、検索結果で操ったのかもしれない……。


 理由はきっと俺が黒いパソコンの性能を舐めたからだ…………。


「はははははははは」


 俺はしばらく沈黙したあと、笑った。とてつもない強者に完全にはめられたので、怒りを通り越しておかしくなってしまった。


 前回の検索結果を思い出す。俺に謝罪まで求めて黒いパソコン。今まではそんなこと無かったのに、意志を持っているかのように自我を見せた。


 やっぱりまだこいつ、怒っていたのか。


「ははははははははは」


 ツボに入ってしまって、さらに声を出して笑った。


 まるで、いちいち細かい条件を付けなくていいAIチャットみたい。検索エンジンを使って何かを調べるのよりもそれに近い。ただ超がつくほどの高性能。意思や感情があるし、ワードだけでなく俺の頭を読み取って、会話するように答えを出す。


 神の領域にある代物だ。それなのになんだかちょっと可愛らしい性格をしているらしい。


 こいつがいれば、これからの生活は楽しく過ごせるだろう。思い返しても何も記憶が無いなんて日々とはおさらばできそうだ。


 笑いが止まらない。腹が痛くなるほど笑ったのはいつ振りだろう。もしかすると悔しがってほしかったのかもしれないが、何もかも思い通りにはならない――――。



 風呂に入る前に松阪牛を焼いて食べた。期待以上の美味だった。本当に舌に触れた瞬間に溶けるし、それでいて脂がしつこく感じない。今まで1番を軽く超えた。


 ビールも一緒に飲んだけれど、今日の夕食の味は一生忘れない思い出になると思った。

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