word2 「嫌いな上司 裏垢」①

 1日中活力がみなぎってくるようだった――。


「おはようございます!」


 オフィスに着くと5割増しくらいの声量で挨拶した俺は、1日中その元気を維持できた――。


 まだ夢を見ているみたいな……これが本当に現実が疑わしくなる気持ちもあった。


 まさか…こんなことあり得ない。何度かベタに……頬をつねったりしてみた。


 けれど、それ以上に心がときめく気持ちが溢れた。


 まるでこの世の主人公になったような気がした。勝手に上がる頬を抑えられなかった。


 書類を整理している時も、取引先のお偉いさんと会話している時も頭の半分は別のことを考えていた。


 普段はほどほどにサボりながら仕事しているのだけど、こんなことも言ってしまった。


「他に何かやることありますか?」


 言ってから、入社1年目以来に言ったなと思った――。


 突然現れた、何でも検索できるとぬかす謎のパソコンが本物かもしれない。ただのイタズラかと思われたのに、少なくとも1回は力を証明してみせた。


 もしかしたら、もしかしたら、もしかする。とんでもない代物を入手してしまったかもしれない。急に人生が楽しくてしょうがなくなった――。


 昨日は断った、帰りたくないと言う同期からの誘いにも乗った。先輩も後輩も引き連れて、男4人で華金の街へ繰り出した。


 まずは何と言っても飯!飲み!――歩きながら決めた居酒屋に入って、テーブルを囲むと、座るやいなやビールと適当なつまみを注文した。


 仲間と今週犯したミスを笑い話にしながら、最初に呑むビール。これの為に生きていると言っても過言ではない。この1杯が1週間の疲れやストレスを吹き飛ばす。


 ……そのはずだけど、今日は既に忘れてしまっていた。


 寝ていないことや、ショッキングな出来事もまとめて綺麗さっぱり、どうでも良かった。これから得られるかもしれない利益を思えば取るに足らない。


 行きつけの雀荘では無限に対局し続けた。パイをいじりながら、鳴いてもいいところでは全て鳴いた。こんなにポンやチーという言葉を言ったのは記憶にないというほど攻めた。


 当然ボロ負けだった。


 けれど、俺は笑った。


「様子がおかしいけど、何かあったのか。マジで頭打ってんじゃない」


 同僚からガチで心配される1歩手前くらいまでは不思議がられたけど、笑うのをやめなかった。


 笑われると、知っているのが自分だけという優越感を感じてよりおかしくなった――。



 0時を過ぎた頃に俺は自宅アパートに帰ってきた。隣の部屋にも2階の部屋にも明かりは無かった。


 お隣さんたちはいつも……寝るのが早い。


 あまり音を立てないようにそっとドアを開けて中に入る。


 鞄を玄関マットに置くと、あくびをしながらスーツのボタンを外した。


 いつもならここで風呂場のほうへ行くのだが、今日は違う。


 リビングの机に移動させた黒いパソコンの前に座った――。


 まずはちゃんとそこに残っていたことに安堵する。無くなっていないか心配したけど、良かった……。


 さて、何を検索してやろうか……。


 俺は帰宅して即、1日1回の検索に取り掛かることにした。我慢ができないからだ。

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