word1 「ピンポンダッシュ 誰」②

 最初は小学生がその場のノリでやっただけで2回目以降はないだろうと思った。


 へー今どきの子でもこういうことするんだと懐かしくて可愛く感じたくらいだ。


 けれど、その数日後には2回目があって、そのまた数日後には3回目も来やがった。


 初めのうちは数日おきに忘れた頃にやってくるという具合だったのだけど、この俺様がちょろい相手だと思われてしまったのか徐々にヒートアップしてきて、今では毎日のようにやってくる始末である。


 無論のこと俺の怒りもヒートアップしているし、顔も知らないのに……できることならグーパンしてやりたいくらいだ。この完璧な俺の生活にガキがイタズラで水を差すなんて許せない。


 相手が小学生だと分かっている訳ではない。犯人には全く心当たりがない。ただ、家にいてもチャイムが聞こえてくる距離に小学校があるものだから犯人は小学生だとは考えている。


 最近のストレス社会ならあり得なくもない気がするが、まさか大人がピンポンダッシュなんてイタズラをする訳もないし……。


 今もちょうど通学路を歩くランドセル姿が見えているから、きっとああいう感じのガキの誰かなはずだ。ほとんどは無関係な小学生をにらむように見た。


 やられる度に舌打ちしているが、未だに何も対策はしていなかった。朝やられても夕方に仕事から帰ってくる頃には忘れてしまうからだ。


 今は忘れないようにしなきゃと思っていても、仕事に疲れて帰ってくる頃にはどうしても……飯のこととかプライベートタイムの過ごし方を考えてしまうのだ。


 ただ今日は違う。流石にお前はやり過ぎた。もう限界である。


 一応、左右を確認してからドアを閉めた俺は、リビングに戻るとまずメモ用紙を取り出した。


 今日は木曜だが、今週はもうずっとだったはず。4日連続なんて今までなかったのに、そこまでされたら俺も忘れない――忘れたくない。


「ピンポンダッシュ 対応」


 ペンを走らせてこう書くと、机の真ん中に置いておいた。


 明日だ、明日こそはとっ捕まえてやる――。そう決めた。そろそろ痛い目に合わせてやらないと気が済まない。


 中途半端に冷えたコーヒーを一気に飲み干すと、家を出る支度をするのにちょうど良い時間だったので、スマホで今日のスケジュールの確認をした。


 どうやら、今日の仕事は楽ちんらしかったので、足元にあったクッションを蹴っ飛ばすまではしなかった――。


 諸々の準備を済ませると、俺は玄関のドアを開けた。


 最後に付けたフレグランスの香りと、朝の澄んだ空気。その上、今日は忙しくない日なので、爽やかさも感じる。


 しかし、全くピンポンダッシュの件を忘れはしなかった。いつもはすぐ忘れてしまうが、今朝はどうやって痛い目に合わせてやろうかとずっと考えていた。


 鍵を回してしっかり閉まっていることを確認すると、歩き出す。


「――おはようございます!」


 道路に出るところまで来た時に後ろから声がしたので振り返ると、そこに1人の女の子がいた。


 ランドセルを背負って白い歯を見せる彼女は、同じアパートに住んでいる小学6年生の女の子だった。


「ああ、おはよう」


 挨拶を返して、小さく手を振る。


「いってきます!」


「いってらっしゃい、気を付けてね」


 俺はその場に立って、しばらく女の子が小学校のほうへ歩いていくのを見送った。


 かわいくてお気に入りの子だった。親とも話したことがあるから6年生だと知っているのだけど、今どきの小学生は6年生くらいになると、そうは見えなくらい大人びている子がいる。


 彼女もそうだった。他の子より一回り背が高いし、すらっとした長い髪。そこに子供っぽいあどけなさが残っているから、なんだか特殊な気持ちですごくかわいい。


 ロリコンじゃないし、他のガキはかわいいと思わないが彼女だけは別だった。その上、俺を見かけるといつも元気よく挨拶をしてくれるものだからよりそう思う。


 この話を大学時代の友達に話すと、「そりゃお前、不審者じゃないか牽制してんだよ」と笑われて、最近の小学生は不審者対策として挨拶をするように教えられることがあることも知ったが、そんな訳はない。


 俺のどこが不審者に見えようか。きっと彼女は賢いのだ。賢いから挨拶をしておいたほうが良い人間を小学生ながら見分けられる。ませているから俺に惚れているかもしれない。


 全員が彼女くらい頭が良い子だったら、ピンポンダッシュなんてイタズラも無いだろうに……。

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