第2話 不思議な夢

 

 


 「第一ラウンド!翻訳語クロスワード!」


 東大チームは三浦奈穂子ちゃん、、京大チームは松尾恵梨香ちゃんが解答席に立った。


 これは、英語の単語をヒントにしてクロスワードパズルの解答を早押しするもので、日英両方の語彙力が試されるというもの。


 最初の問題は「□□□□ん」で、ヒントは「parents」だった。三浦さんが間髪を入れずに押して、「りょうしん!」と正解する。三浦さんはいつも私と実力が伯仲しているというか、かなり日本語力が高い。

 第二問は、「□□ぜ□□ゃ□□」で、ヒントは「No man is at the entrance .」で、これは松尾さんが押して、笑顔千両を満面に泛べて、「門前雀羅!」と答えた…


… …


ここで私は「テレビ視聴の一般原則」に則って、脳波がα波になったのか、うとうとし始めました。そうして、こんな夢を観ていました。


「……私は地獄にいる。阿鼻叫喚、暗黒無明の殺伐とした残酷極まりない風景が果てしなく広がっていた。針の山、血の池、亡者たちの群れ…そうして、その片隅で、

地獄の新しい門番や拷問係になる、鬼や羅刹の研修生たちが、閻魔大王に、地獄で働く鬼としての心得の手ほどきを受けていた。

 「いいか。人を人と思っちゃならんのだ。亡者はすべて罪人で、何らかの現世での罪業を背負っている。十字架だ。おっと間違えた。卒塔婆だ。これも変か。つまり悪因縁をしょっていて…」…情けをかけたりすると仕事が辛くなるから「心を鬼に」しなくてはならん、と、への字にした口で大王はのたまった。鬼たちは哄笑する。

「鬼の鬼たるゆえんはもともとが「オヌ」、この世にあってはならんもの、が訛って「オニ」になったことからもそれと知れるが、アウトローで、人間の共同体の外にある得体のしれないバケモノへの恐怖心がヒューマノイドの形式に具象化したのだ。人間の精神構造にもアナロジーできるや知れぬ。意識に対する無意識、夢とか狂気とか未開人の精神の異質さも「鬼の棲む世界」なのだ。「この世」である我々の世間とは違う「何か」が、象徴化されたのが「あの世」とか地獄なのだ。そこではもはやラポールを取るためのグルーミングのコミュニケーションは存在しない。コミュニケーションが、喰うか喰われるかの闘いと化す。おれは職業上、亡者の心中を見抜く必要がある。そのコツは、社会的な力関係で圧倒的に優位に立つことだ。生殺与奪、活殺自在の権限を握る。相手はヘゲモニーを掌握されて弱者となって、それゆえに、おどどしているという、そういう心理的な弱みが自我を弱くして、本音を見抜かれれる所以になるのだ。何とはなしに威圧できなくては閻魔大王がそもそも務まらないのだ…」


…閻魔様の「講話」は延々と続き、コミュニケーションの本質はつまり社会関係に立脚する、だから人間関係は意思疎通を介して成り立っているが、その二つは同一不可分、渾然一体の現象であり、その現実的な現前以外には人間というものの本質はあり得ない、などというかなり深遠な議論に及んだ。地獄という非人間的な空間で、いやそれゆえに、人間性というものへの深い洞察が無ければ亡者たちを裁き、断罪して、処罰やら更生やらの適当な処遇を賦与するという、地獄の鬼たる役割に就くことはかなわないのだ、鬼となるには限りなく暗黒で不気味で得体のしれない、それゆえに人間どもを底の底まで見抜いて完全に支配するというそういう”神算鬼謀”を具えた存在であることが不可欠なのだ、…


<続く>

 



 


 






 

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