何が出来るか

練習相手

少年野球チームに加入することになった万里男君。基本的に練習は土日がメインでそれ以外で練習したい場合、近くに住んでいる人とする他ない。だが、色々な地域から集まっている少年野球チーム、万里男君が住んでいる地域からさ誰もいない。仲のいいお友達は実桜以外にもいるのだろうかと俯瞰ふかんしていた。


いつものように実桜と万里男君は共に一緒に帰っているとキャッチボールの相手をして欲しいとお願いをされる。まともにボールを投げたこともない実桜で大丈夫なのか心配していた。


それぞれの家に帰って実桜の家にやって来た万里男君。近くにある小さな公園に向かい、右投げ用のグラブを実桜に渡して少し離れていく。「実桜ちゃん〜早く投げて〜」


右足を出して右手で投げる実桜だがそのボールは数メートル、いや数センチのところで止まる。キャッチボールは始めてするが体育や外遊びが苦手ではなかったからそこそこ出来ると思っていた実桜。完全に自分で思っているだけ。


その後、数球実桜が投げたものの同じような感じになってしまい申し訳ない気持ちでしかない。その姿に呆れたのか少しずつ実桜の方に近づいてするものの変わらない。


しまいには手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいてくれてボールを投げる。今度は近すぎたせいか万里男君の頭を超えていく。実桜とするよりも公園にいる他の子にお願いをしてキャッチボールした方がよほどいいと思ってしまう。


自分に呆れていた実桜、万里男君にも迷惑がかかるしこれだと練習にならないから帰りたいな。そう心の中で呟いていた。するとボールを実桜のグローブに入れ、至近距離で実桜が投げて暴投した所まで小走りで向かう。


「実桜ちゃんならここまで投げられることが分かったからとりあえずグローブに向かって思いっきり投げて」


ひねくれものなのか、そう上手くいかないと思いつつボールを投げる実桜。そのボールの行方は万里男君の構えたグローブがピクリとも動かずにボールが届いた。


あくまでもメインは万里男君のキャッチボール相手だったはずなのに自分が投げたボールが万里男君の構えたところに届いた瞬間、スゴく嬉しかった。思わずバンザイをしてしまう実桜。これでは万里男君の練習なのか、実桜の練習なのか分からない。


万里男君と実桜、お互いにどこまでの距離なら届くのかを確認しながらキャッチボールをしてこの日の自主練を終えた。実桜の家に着くと万里男君からキャッチボールするの嫌じゃなかったらまた練習に付き合って欲しい。


そう呟いて家に帰って行った。


勘違い

毎週のようにジャパニーズタウンで遊びに行っていたのは既に過去の話。今は平日は自主練で万里男君のキャッチボール相手になる実桜。週末になれば練習を見に行くような感じになっていた。特に何をする訳でもなくグラウンドの外から練習の様子を眺めていた。


何か手伝えることがあればいいが万里男君とのキャッチボールをしている時に気づいたことがある。実桜が何か出しゃばって練習の手伝いをすると言ってグラウンド内に入れば逆に迷惑になるような気がしていた。


練習終わり、一緒に自転車で帰っていると周りからは嘲笑あざわらうような声が聞こえてくる。「マリオのガールフレンドか?」


実桜と万里男君は何か聞こえたよね、気にせず帰ろうと自転車を漕いで帰って行く。万里男君は何を言っていたかよく聞こえていなかったみたいだが実桜には聞こえていた。


「マリオとかガールフレンドとか」

確かにグラウンドに女の子は実桜だけ。その上自転車で一緒に行き来していたら周りからそう思われても何ら不思議ではない。万里男君とは仲のいいお友達だと思っていたが周りからはそう見えていたのかと改めて実感した。


ガールフレンドなのか?そう言われた時はイヤだという感情は全くなかった。でもそう言われてもピンと来なかった。付き合うとは何か、ガールフレンドであったりボーイフレンドとはどういう定義なのか曖昧あいまいだった。


好き、そう言われたら嬉しいしもしかしたら友達以上の関係になるかも知れないがそれよりもまずは万里男君のサポートが出来ればそれだけでいいと考えていた。


しばらくして金属バットを購入した万里男、投げた人に打ち返すトスバッティングの練習をする。相変わらず暴投ばかり投げてしまう実桜、もう泣きたくなるくらい酷い。だが、実桜を責めずにこう説明をする。


「これから先、試合をする場合にコントロールがいいピッチャーばかりじゃない。コントロールの悪いピッチャーの練習もしておかないと」


笑顔で言う万里男君、決してコントロールがいいとは程遠い実桜だったがニコニコと言われるとどうなのかと思ってしまう。どういう理由であれ、万里男君の練習になっているのならはいいのかと思うようにした。


ベースボールのことをよく知らない実桜、どこかのチームと練習試合や公式戦が行われることになったら果たして万里男君は試合に出られるのだろうか。みんな上手いし、どうやって試合の出る選手が決まるのか。


初めての試合

ある日、練習後に翌週にはこのグラウンドで隣街のチームと練習試合が行われることが監督から通達されていた。それを聞いた実桜は万里男君が試合に出るか分からないがいつもと同じこのグラウンドで行われるなら観に行こうと決めた。実桜が出来ることは雨が降らないようにてるてる坊主を作って祈るのみ。


解散をしていつものように自転車で万里男君と並走して帰る実桜。何も言わずに自転車を漕いでいたが実桜の家の前で止まって口を開く。


「来週の練習試合、ダブルヘッダーで選手全員出るみたいだからもし時間があったら観に来て欲しい。ピッチャーなら実桜ちゃんのために三振取るし、バッターなら実桜ちゃんのためにヒットを打つよ」


そう言い残して再び自転車に乗って颯爽と帰って行く万里男君。実桜のためにと言ってくれたのはホントに嬉しかったがダブルヘッダーとは何ぞや、それを聞こうとした時には既に万里男君はいなかった。


家に入ってパソコンでダブルヘッダーのことを調べる実桜。ダブルヘッダーとは1日で2試合することと書かれているのを見てひと安心する。これならどこかしら万里男君の出番がありだな、だがその反面に両方試合に出ることになったらケガをしてしまわないかと。


練習試合の前夜にはティッシュでてるてる坊主を作って部屋の外に吊るして眠りにつく。どうか晴れますようにと願いを込めて。


翌朝起きると腫れていてガッツポーズをして黄色のワンピースを着てカバンの中に翻訳機とお弁当を持って家を出る。まだ練習試合まで数時間なのにも関わらず早く試合が始まらないかとワクワクしていた。


第1試合、万里男君は先発ピッチャーとして左手にグローブをはめて右でボールを投げていた。バッターは万里男君のボールにカスリもせずあっという間にマウンドを下りていく。

ヒットやフォアボール等で塁に出て、万里男君に右打席に入る。ヒットでランナーが返ってくる。


第1試合はバッターとして1安打2打点、ピッチャーとして3奪三振と投打の活躍を見せて勝利に貢献していた。みんなでお昼ご飯を食べている時、万里男君から声がかかってチームの輪の中に実桜を招き入れてくれた。


英語が得意ではない実桜は翻訳機のスイッチをいれる。いつも練習を見ている、結果を求めすぎず楽しくプレーをしようと翻訳機越しに会話をする。


まだ出場していない選手もいるが、次の試合でいつ自分の出番がきてもいいように準備しておかないと。そう伝えるとご飯を食べ終わるとスグに練習をしていた。


第2試合、万里男君はベンチスタートで大声で応援をして仲間を鼓舞をしている。第1試合とは打って変わって劣勢に立たされ、なおもピンチの場面で監督は万里男君を呼び寄せて何かを話していた。


次の瞬間、万里男君がマウンドに行って今度は右手にグローブをはめて左手でボールを投げている。数球肩を作ってプレーが再会をされて見事な火消しのピッチングで点を取られることもなく抑えてベンチに戻る。至って冷静。


1点リードされていて先頭打者がデッドボールで塁に出て万里男君の左打席に入ってサヨナラランニングホームランで勝利する。選手からヘルメットを叩かれて嬉しそうにしている万里男君を見ていると実桜も嬉しくなる。


ここに世にも珍しい両投げ両打ちの選手が誕生することになる。たかが少年野球だが、過去にも例になくこの試合を見ていたカナダやアメリカの強豪高校はリサーチしていたのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る