土曜日に貴方を送る

告別式

 エージの告別式は土曜日の早朝から始まった。


 私は告別式でも黒ドレスは許されず、生前のエージが私の為に購入していたピンクのフリフリワンピースをリリーに着せられた。


 リリーはエージの死を悲しむために真っ黒のスーツを購入し、今日はそのスーツを着て真っ黒のベールが付いた帽子を被った。

 エージの棺の前に立つリリーの出で立ちはどこから見ても非の打ち所がないほど美しく、パスクゥムの恥知らずな男達は悲しみに沈む彼女に対して好色な視線を注いでいた。


「大丈夫か。リリー。君にそこまで想って貰えて、弟は幸せ者だったと思うよ」


 エージを殺した張本人である男がリリーの隣に立った。

 リリーへの男達による厭らしい視線は脅えを含んだものとなり、一瞬で四散し、その代わりにパスクゥムの独身女性、いや、既婚女性からも嫉妬を含んだ視線がリリーに注がれる事となった。

 単に、うまくやりやがって、というやっかみかもしれない。


 エージの死でエージの財産は娘である私が全て受け継ぐことになるらしいが、その財産の管財人としてレークスが私を後見する事になったのだ。

 つまり、私もリリーもレークスに守られ後見される身の上だ。


 だが、リリーはエージと婚姻する前であり、私はエージの娘という折り込みだが出生証明書の父の欄がアンノウンだった。

 私は娘としてエージの財産を全部引き継げる事が出来たと、レークスに感謝するべきなのだろう。彼は私が正式なエージの唯一の子供として書類を作り、私を正当な相続人として認定させたのである。

 リリーはその行為だけでレークスに永遠の忠誠を誓った。


「俺達は君を最初から弟の妻だと思っているし、君の娘はエージの娘だって、俺達の大事な姪だって思っているんだ。君は俺を兄さんと呼んで、俺が姪に会いに来たらパイでも焼いてくれたらそれでいい」


「ええ、ええ、兄さん。ええ!ローズに会いに何時でもいらして!」


 けれどそんな情の深そうな彼であったが、私以外のエージの子供を持つ愛人にはそれなりの金を渡して追い払うという、いつか誰かに、私が、刺されそうな所業もして見せたのである。

 いつか刺されたくない私がレークスの所業を抗議して見せると、彼は、俺ほどやさしい男はいない、と笑った。


「てめぇのようなデーモンの性質を持った奴は生き抜いて行けるが、デーモンの血が入っていてもデーモンの性質が一欠けらも無い奴らはフラーテルの餌にしかならないだろ。この町から出て再出発した方が幸せなんだよ」


「え、私こそ餌に狙われているし、手切れ金貰って西海岸とか移住したい!」


「ふざけんな。うんこの始末や躾のいらない犬やミニチュアホースと遊べる機会を誰が捨てるか。お前は黙って俺の言うことを聞いていればいいんだよ」


 レークスはドンの長男らしく、時々とっても俺様だ。

 私の前ではだらしないTシャツ姿やよれよれのシャツ姿で気さくに犬になれやラ猫になれやら命令するふざけた男でもあるが、今は告別式だ。


 今の彼は真っ黒のスーツ姿であり、真っ黒な髪を後ろに流して額を出した姿は強面で死神にも見える程だが、告別式に参加している若き女性も老いし女性もこの美貌の男に殺されるを事夢見てることだろう。

 そんな誰もがうっとりする外見をもつレークスが洗練された仕草でリリーの腕を取り、リリーの耳に恋人のようにして囁いた。


「さあ、哀れな弟を眠らせてあげよう」


 彼らはゆっくりと教会から出て行こうと歩き出した。

 私は隣に立つエージの父親、七十代の老人の姿を纏っている黒スーツの男の手を繋いだまま、彼等の後を追おうと一歩前に踏み出した。


「ローズ。エージはデーモンが何たるか理解できなかった。だからこうして死ぬことになったのだよ」


「お祖父様?」


「デーモンはね、大きなエネルギーを手にする事で進化していくんじゃない。様々な種族の特性を喰う事で自らを変質させて進化させていくものなのさ。何十年、何百年かけて、あいつが死体の山を築いて大きなエネルギーを作り上げたとしても、ああ、あいつはそれで一瞬でも力を得ても、それは俺や他の兄弟の為の味付けでしかない。生のままのエビよりも衣をつけてフライにした方が旨いのと一緒だ。ハハハ、確かに揚げたては熱々で喰った奴の舌が火傷するかもしれないが、喰い終われば、おいしかった、それだけだろう」


 あの施設があった土地がドンが魔女達から奪った土地であったというならば、ドンはエージの行動を全て知っていて、それどころか、エージを喰うつもりで十五年間見守っていたという事か。

 パスクゥム外に人狩りに行って好き勝手していたことを見逃していたのも、ただ、旨くなったエージを喰うための熟成期間だっただけということか!


 そして、自分の持たない特性を持つ者をそのまま喰えば良いだけという教え。


 私はちびりそうになりながらも、ごくんとつばを飲み込んでドンに対する恐怖に耐えて見せた。

 脅えで体を縮こませたら、逃げる事などできやしない。

 今まではエージが美味しくなるエージ用の餌として見逃されていたかもしれないが、今の私は誰の餌にもなり得る立ち位置なのだ。


 自分を食べる予定のトカゲが死んだぐらいで、餌コオロギが助かったと喜んでいてはいけないのだ。

 餌コオロギなど、ペットショップの肉食動物のどれの餌にもなり得る。

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