神と愚者

 エージはジョスランの登場に間の抜けた顔を晒して私を引き裂く事も忘れ、私はその隙に急いで胸の傷を閉じ切った。

 そして、口だけ犬にしてエージの右手首に噛みついたのだ。

 ブラッドハウンドの、あの大きくて攻撃性がありそうな口に。

 ごきゅっと鈍い音が響き、私を掴む手が一瞬緩んだ隙に私はエージの腕から身を捩って逃げた。

 落ちただけ、ともいえるが、とりあえず私はエージの手から逃れたのだ。


「このガキ!う、ぎゃあ!」


 私は再びエージに捕まる前にシャーロットを掴むと、彼女を支えながら自分の神様の方へ逃げ込んだ。

 彼女の足は縛られておらず、自分の足で動いてくれたから私達は走れた。

 よって、エージに私達が取り戻される前には私達はジョスランの足元に辿り着けたのである。


 シャーロットは私に殆ど頭突きをするようにして自分の目隠しを剥ぎ取ったが、猿轡は外せないから外せと、悪霊のような目で私を睨んだ。

 けれど、私はそれよりもしなければいけない事があった。


「何をやっているのよ!天井で光学迷彩でかくれんぼしていて驚いたけど、何よそれ。吊り手付きのワイヤー式降下装置は!」


 天井で私達を観察していただけの男への罵倒である。


 しかし、罵倒された男は自慢そうな顔で軽く体を揺らしてぷらつくと、そおれと床に飛び降りた。


「神様降臨ごっこ。いいでしょう。スーが作ってくれた。ああ、そうだ。下僕よ、僕を召喚してくれてありがとう。本当はさ、バークとレークスがいざという時に目の前に降りようと準備していたのにね。ああ、殺されかけるバークやレークスが神様と唱える前に呼んでくれてありがとう」


「悪かったわね!だけど、バークやレークスの時じゃ、私死んでたじゃないの!」


「だから、君の願いで降りて来てやったでしょう。約束だよ。なんでもする」


 私は人差し指と中指を交差させて、なんでもする、とジョスランに誓った。


「ダウト」


 私は指を解いた。


「ごめんなさい。なんでもいう事を聞きます。私の生殺与奪権を奪われない範囲であったならば!」


「よし!契約成立」


 ジョスランは私の頭をさらっと撫でると、エージではなく祭壇を向いた。

 エージが動かないのはジョスランに呆気にとられたのではなく、わお!バークによって肩を射抜かれていたからか。

 だから私とシャーロットは逃げられたのだ。

 私はバークを見返した。


「助けてくれてありがとう。でも、どうして眉間を撃たなかったの?」


 バークは眉毛が一本になるくらいに眉間に皺をよせ、レークスはぶはっと噴き出したようだが、腹が振動したからか再びゲロを吐き始めた。

 私はレークスから目を背けて再び父であった男を見返すと、エージは撃たれた肩を私に噛みつかれた手で押さえていたが、その手を肩から外した時には彼の大穴が空いた肩は元通りになっていた。


「この部屋こそ俺の肉体みたいなもんだ。ここにある限り俺は不死身なんだよ。俺が神なんだよ。そんな時代遅れの吸血鬼では無くてね」


「うそ」


「いーや。僕こそ神である」


 ジョスランは顎をツンと上げた。

 子供のように両腕を腰に当てて怒っているようなポーズまで取った。


「ジョスラン?」


「僕こそ、これ以上は無い神である。僕の上には僕しかおらず、僕こそ天が天の上に造り上げた神である。この忌まわしき偽物を滅すべく、この偶像に捧げられた命全てを、僕は、ハハハ、没収だあ!」


 ぐんっと室内の空気が動いた。

 壁に埋められた人々の怨嗟の声も魂も命の残り香も、全て赤黒い粒子に化けると、ジョスランへと吸い込まれて行ったのだ。


「ああ!畜生!ああ!俺の集大成が!俺の十五年間が!」


 エージはジョスランではなく祭壇の神へと突進していき、まだ白く輝く死体の左胸へと右手の指を真っ直ぐにして突き刺した。

 しかし、エージが突き刺したその瞬間にその死体は本来の死体に戻り、引き出されたエージの手に握られたいた者は、真っ黒く腐ってしまった心臓だった。

 私はうえっと声が出ていた。


「うわああああああ、畜生おおおおおおおおお!」

「ハハハハハ。絶望の声は何よりも心地いい」

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