目指すは魔女がいた荒野へ

 レークスは保安官事務所に突撃したが空振りだった。

 バークは集団自殺のあった宗教施設に行っているらしく、レークスは舌打ちをすると再び私を連れて銀色に渋く光るグレーの車の方へと戻った。


 アウトドアが好きな成功しているインテリ男だからか、レークスの愛車はランドローバーとレンジローバーと表記があって、イヴォークともいう文字もある不思議車である。

 レンジローバーが会社名でランドローバーが車種名なのか?それともランドローバーが会社名でレンジローバーが車種名なのか?

 あ、するとイヴォークは何だ?そんな疑問が湧く車だ。

 私は再び車に乗り込みながら、レークスの車を褒めてみた。

 車について語ってくれるかな、そんな期待も込めて。


「アウトドア好きの人にはぴったりな車ね」

「俺はインドア派だよ」


 すごい、会話が終わった。

 彼は自分が愛した女性がろくでなしだったと知った。それを幼い子供の私に教わることとなったと不機嫌になるのは確かにわかるが、自分からクロエの事を知りたいと願ったのではないかと私は言いたい。


 レークスはまず保安官事務所に向かう途中の車の中で、私にクロエで他の事を知らないかと聞いた。

 私はレミーとハニーという頭に浮かんだ名前を答えていた。

 レークスはどこぞに電話をかけてその名前を伝え、すると、五分もしないで、そう、保安官事務所の駐車場に車を入れるその時に折り返しの電話があった。


 電話の内容はレークスは私に教えてくれなかったが、犬時代からの私の人並外れた耳は電話の向こうの相手の言葉が良く聞こえた。


「レミーとハニーは双子のストリップダンサーですね。同じ顔をした二人が鏡合わせのようにして踊るんで人気でしたよ。写真も送ります」


 通話を終えたレークスはスマートフォンの画面を操作し、その後すぐに大きく舌打ちをしてみせたのは、きっとそこにクロエとシェリーがレミーとハニーとして舞台に立っている証拠があったからだろう。


 再び走り出した車は、今度は私とシャーロット達が月曜日に監禁されかけた施設へと向かっている。

 昔は魔女が住んでいたという土地だ。

 たった一人の人間の女に翻弄された、魔物と魔物ハンター。

 魔女のような女の真実を解き明かす場所としては最適では無いのか。


「おい。俺のクロエはどっちなんだ?生きている方か?死んでいる方か?」

「どういうこと?死体はシェリーで生きているのがクロエでしょう」


「俺のクロエには入れ墨があったよ。小さなね、蝶々みたいなのが右の腰骨の所にさ。そうだよ、俺は死体の臭いも嗅いであいつだと確信していた。俺の家にあったあいつのヘアブラシを持って行った警察だってね、DNA鑑定で死体があいつだって確認しているんだよ」


 私は小首を傾げるしかない。


「でも、その死体だった人が自分がシェリーだって言ってる」

「他に見えないのか?俺や、バークでもいい。とにかく生前の思い出が!」

「見えない。生きたまま心臓にナイフを入れられたから。その痛みと恐怖で彼女は自分の名前しか覚えていない。」

「レミーとハニーはどこから湧いて出た名前だ?」

「それはクロエの意識かも」

「使えねぇ」


「今度学校のお友達とレークスのお家に行っていい?シャーロットはとっても素敵なお友達なのよ。バンシーだからちょっと泣き虫だけど」


 レークスは大きく舌打ちをすると、アクセルを大きく踏んだ。

 その十数分後、二日ぶりとなる宗教施設にレークスの車は着いていた。

 集団自殺があったと聞いていた施設は、閑散としているどころか人がわやわやと外に出ていた。わやわやしていても暴力的に騒ぐわけでもなく、違法捜査と書かれたプラカードを掲げながら警察が張ったキープアウトの黄色いテープの外側に立っているだけであるが。


「あれ、いっぱいいる。集団自殺はどうしたの?」

「死んだのは子供を監督している二名の職員と子供一人だけだ」

「まああ、集団なんて言ってそれだけ?たったそれだけなんて肩透かしね」


 私の頭はレークスに叩かれた。


「てめぇは本っ気でろくで無いな。人の死を望むってどういうことだ」


「あなたこそデーモンの矜持はどうしたのよ!私の鎖骨を折った人がいる教団なんか、全滅して解散で丁度いいでしょうよ」


「鎖骨を折った?……どこ怪我してんだ?嘘吐きが!」


「嘘じゃないわよ!ミニチュアホースに化けたら治っただけよ。あなただって別の生き物に変身できるでしょう」


「できねぇよ。お前は馬になれんのか。よし、明日も遊んでやる」


 私はおしゃべりな自分の口を両手で塞いだ。

 うそ。変身はデーモンみんなが出来る技じゃ無かったの?


「パスクゥムには牧場がたくさんあれど、ミニチュアホースなんていねえもんな。テレビの働く動物特集を見るしかないから楽しみだよ」


 動物番組がお気に入りなレークスにほのぼのとした気持ちになるどころか、子供用特番が好きらしいデーモンという存在に恐怖心だけが湧くばかりだ。

 トンボの羽を抜いたり蟻の巣に水を入れるとか、それ系の子供の無邪気な意地悪を大人のレークスがしそうだもの。私に対して!!


「い、いえ。結構です。明日から学校が始まるかもしれませんし」


「だな。今日中に片付けることは片付けるか」


 彼は私を揶揄う事を止めると、私をやっぱり猫のように摘まみ上げて自分の肩に乗せ上げた。ただし、一歩踏み出したそこで彼は足を止めた。


「畜生。フラーテル封じの呪文か。お前らはこんなのがあってどうやって逃げたんだ?お前もあのガキにもそんなに強い力があるようには思えないんだがな」


「私はシャーロットに言ったの。神様がいるなら死霊なんか天国や地獄にいてここに存在しているわけ無いって。そして、ここの人達が信じているミトラス様なんか私はぜんぜん知らないって」


「どういう意味だ?」


「だから、そんな人達が描いた紋章など、ただの絵でしか無いと思わない?」


 私はレークスの肩から引きずり降ろされて普通の子供にするようにして抱き直され、彼は私の胸がどきんと高鳴るような溌溂とした笑顔を私に見せつけた。


「お前が色んな事が出来る意味が分かったような気がするよ」


 彼は私の頭を撫でると、やっぱり私を肩に乗せ上げた。

 けれど、そこからどかどかと現場の方へと歩いて行ってしまったので、彼はフラーテル封じの紋章破りが出来るようになったに違いない。


「おい、何を勝手に入って来ているんですか?パラディンスキさん」


 喧嘩腰のバークがあの金の扉から出て来たが、レークスは笑顔のままバークの元まで歩いていき、彼の耳元に囁いた。


「クロエについて話し合いたい。中に入っていいか?ここでもいいぜ。大声で話し合おうか。クロエに捨てられた復讐でお前があいつを殺したのか、俺は確かめたくって仕方がない」


「お前が人に頼んでクロエを、じゃないのか?二股されていたという事実は、あいつが俺を捨てたとしても君に泥を塗ったも同じだものな」


 二人は低い声で空々しい笑い声をあげ、バークは金色の扉を開けた。


「どうぞ。こちらの団体への資金提供はお宅ですものね。建築申請や活動形態の差異の確認を顧問弁護士として確認されたいでしょう」


 私はレークスの背中でプラプラ揺れながら、パラディンスキ家がパスクゥムを陥れようとしていたのか?と新しい情報に不安で心もプラプラしていた。

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