男は普通にグロ苦手だって
自分の大事な机の上に殆ど汚物に近いものが乗っていたと気が付いた男は、物凄い勢いで台所に走りこんだ。戻ってきたレークスの手には、密閉できる大き目のタッパとジップ付きの保存袋と、ゴミ袋がある。
まず、彼は大き目のタッパにそろそろと死体ジュエリーを入れ込んだ。次いで、そのタッパごと保存用袋に入れ、最後にはゴミ袋に入れて封をきっちりと縛った。
それでゴミ箱に捨てるのかなと思ったら、ドンからの預かり物だからと捨てる代わりに釣り用のクーラーボックスにそれを入れた。
「あなた、クロエの死体をバラバラにしたんじゃなくて?」
「あれはフレッシュだった。取れたての魚を捌いたようなもんだ。俺は死んで干からびた魚も腐った魚の臭いも触るのも駄目だ!知っているか、仕事で急に駆り出されたせいで、釣ったそのままクーラーボックスに放り込んどくことになった二日目の魚の状態。それを片付ける羽目になった事が俺が釣りを止めた理由だ」
「もしかして、そのクーラーボックスはその時の?」
「そうだ。これでこいつをようやく捨てられる」
「普通にその時に捨てれば良かったじゃない」
「捨てる時にな、俺は捨てるこれを何で綺麗にしたんだろうって、思ったんだよ。俺の頑張りが可哀想だなってね。それで捨て時を失った」
「そう。大変だったのね」
そんなプライベート事情など知りたくは無いが、クーラーボックスを玄関とオートロックの間のスペースにまで持って行くとは思わなかった。
「これでこれを動かそうとした奴はカメラに記録される」
「そうね。あなたの生活スペースから排除できるし、いい考えかと思うわ」
レークスはようやくはっとした顔になり私に向き直り、私は内緒にしておきますと彼が理解できるように右の人差し指と中指を交差させて見せた。
「お前、そういう気持ちか。喋れないように殺るか」
「え?これはあなたの失態を内緒にしますって合図でしょうよ!」
「バーカ、違うよ。それは嘘をついても神様にバレないおまじないって奴だ」
私は自分の指先を見返し、両手の指を二本立ててコンニチワを繰り返してレークスに見せつけた。
「これは?」
「人を無性に苛立たせるサイン。その指を二本立てている手を裏返して見せつけると、イギリス人は殴りかかって来るから気を付けろ。あっちでは真ん中の指を立てたサインと意味が同じなんだそうだよ」
「わあ!勉強になるわ」
「いや、そんなもん勉強するな」
彼は私を抱き上げると彼の居間へと連れて行き、私を大きなソファに落とした。
ふわふわの座面は生成りのコットン素材というカントリー風で、座り直して室内を見てみるとジョスランやエージ、そしてドンの好みとは全く違う、アーリーアメリカン風の明るい室内であった。
「あなたは意外性だらけのデーモンね」
「なんだその上からな喋り。なんか本当にムカつくガキだ。とりあえず、ああそうだよ、忘れていた。クロエだ、クロエの霊を呼び出せるか?」
「クロエの物を持ってきて。そうしたら呼べるかも」
レークスは寝室へと走り去って行き、すぐに私の元に戻ってきた。
彼の手の中にはバークの写真立ての女性が持ってそうだが、警察の報告による苦学生から検事の研修生になったばかりの彼女には持てそうも無いものだった。
キラキラと輝くパヴェリングである。
男性の手から手渡されたビロードの箱のイメージが脳裏に浮かんだ。
「あなたが買ってあげたの?あるいはバークが贈った婚約指輪だったのかしら」
「いいや。死んだ母親の形見だって言っていたね。祖母から母へ、母から自分って引き継いで、これだけは金に換えたく無いと頑張っていたんだ。右手の左指に付けていたよ」
私はクロエって嘘吐きな女だな、と腹の中で舌打ちをしていた。
「ふうん。で、あなたはどんなのを彼女に贈ったの?婚約したんでしょう。苦学生の彼女は指輪を売っちゃったのかしら」
判り易いレークスは私を睨みつけ、それから自分が大事に持っていた指輪をティーテーブルに乗せた。
「こんなメレじゃない一粒もののダイヤだよ。デカい奴。俺の店の商品じゃ無くね、水色の箱の店の奴。夢だったからってね」
「その指輪はどこに?」
「行方不明だ」
「そう」
私はテーブルの上の指輪を取り上げて彼女を呼び出そうとして、指輪からは彼女の影も形も見えないと分かっただけだった。
クロエを捜した時に別の死霊を捕まえることは出来たけれど。
「見えない」
「そうか」
「うん。死んでいない。クロエは死んでいない。でも、殺された人は捕まえた。殺された人は可哀想ね。恋人もいたのに、クロエのせいで殺されちゃって」
「クロエは生きているのか?」
「ええ」
「殺された人は誰だ」
「幽霊は自分がシェリー・ムーンだって騒いでいる。クロエとルームシェアをしていた友人。混乱していてそこしか見えない。知っている?」
「知らないが、その名前は知っている。俺と付き合い始めてすぐにクロエは俺の家に転がり込んで来たからね。妊娠を聞いたその日にプロポーズして、次の検診は一緒に行こうと約束したばかりの頃だ」
「そうね。行ければ良かったわよね。そうしたら、妊娠していないってわかったもの。クロエが嘘つきだって事も」
レークスは私をじろっと睨み、パシッと私の頭を叩いた。
「ひどい。虐待だわ」
「そうだな。保安官の所に行ってみよう」
レークスは私から指輪を奪うと自分のズボンのポケットに入れ、私を再び猫抱きをするとすたすたと玄関へと向かって行った。
私はレークスの肩でプラプラしながら、ルームメイトと自分を取り換えてまでクロエは何を隠したかったのか考えていた。
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