帰宅と再会

 朝食が終わった私達はジェイクの車で保安官事務所に行き、そこで自分達の保護者に手渡されることとなった。

 保安官事務所には、当り前だが保安官様であるバークがいた。


 疲れている顔をしている彼は、子供達を見回した後に私だけを一瞬だけ凝視した。そして、一瞬眉をひそめる、なんて失礼なことをしたのである。私はもちろん、失礼な男である彼を睨み返すだけだ。

 あれ?バークが口元を緩ませた?


「ジェイク、ありがとう!」


 バークの笑顔はジェイクへのものだったらしい。

 彼はジェイクに向き直ると、ジェイクのバッジを彼に握らせたのである。


「子供達の保護をありがとう。君が捜索に出なければこの子達は大変だった。これから宗教施設の現場検証だ。一緒に来てくれ」


 ジェイクはにこりと微笑むとバークに格好よく敬礼をした。そのままその二人は連れ立って事務所の奥に入っていった。もちろん、私達の身柄は保安官事務所の心優しきグールのスーのお預かりだ。


「ローズ!」

「リサ!」

「シャーロット!」


 ジョスランだったら、わお、と言いそう。

 バーク達が消えたタイミングで、我らがモンスターペアレントが事務所の扉を開けて一斉に事務所内に飛び込んで来たのだ。


「良かったわね。もう安心よ」


 私達を受け取って一秒も無いスーが優しい微笑みを向けたが、私達を預かる面倒が一秒で消えて良かったわね、と皮肉が言いたくなるぐらい良い笑顔だった。

 でも、家に帰れるのはありがたい事この上ない。

 私は着替えをシルビアから貰ったが、その服を着替えたくて仕方が無いのだ。


 シルビアが、貸す、じゃなくて、あげる、と大事な父親が選んだ彼女の服を私達に押しつけた点で、私が今の自分の格好がどれほど嫌か分かってもらえると思う。

 さて、そんな残念服を着ている哀れな私達は早く帰りたいという共通意識のもと、とても素直にそれぞれ母親に手を引かれながら保安官事務所の駐車場に出た。

 さあ車に乗ろう、というところで、シャーロットが私の耳に毒を落として来た。


「バークが大忙しなのは新興宗教施設の集団自殺ですって、怖いわね」


 私は昨日の紫がかった灰色の雲が施設を取り巻く映像を思い出して心底脅えた。

 バンシーか!これこそが本領発揮したバンシーの呪いなのか!


「きゃあ!」


 シャーロットの母親がシャーロットの耳をひねり上げたのだ。

 シャーロットの足がつま先立ちになるぐらいに、ぎゅうと。


「この馬鹿娘!あとであなたが何をしたのかゆっくりお話しをしましょうか」

「きゃあ!お母様!およしになって!わたくしは必死で一生懸命でしたのよ!」


 騒ぐシャーロットを引っ張っていくシャーロットの母親は、シャーロットと同じ色の金髪で細身の楚々とした雰囲気の美しい人である。

 濃い灰色のスーツ姿の彼女は19世紀の淑女を彷彿とさせるものだったが、娘の耳を掴んで引っ張っていく後ろ姿は、まさしく20世紀の鉄の女そのものだ。


 私はシャーロットを叱れるシャーロットの母親にこそ脅えるべきだろう。

 母親に真っ黒な大きなベンツに乗せられるシャーロットの姿を見送りながら、私は怖いとリリーの腕にぎゅっとしがみ付いた。


「うふふ。あなたこそ昨日は怖かったわね。でも、いい知らせがあるのよ。大雨の後には太陽が出るものなの」


「いい知らせ?」


「ええ!パパが一緒に住みましょうって!そう!結婚しましょうってプロポーズしてくれたのよ!これから私達はパパのお家に帰るわよ!」


 これはシャーロットが私に重ね泣きした呪いの効力か!

 あるいは私はただ単に不幸の星の下に生まれて来ていたのか。

 私の両目からはぽろぽろと涙が零れ、リリーは喜びの涙だと勘違いして私を赤ん坊のようにして腕に抱きしめた。


「今日から沢山パパに甘えられるわね」


「そうね。いつもパパはママも私も食べちゃいたいくらい愛しているって言ってるものね。食べられちゃうわね」


「あなたったら」


 ぐずぐずと泣きながらリリーの車に乗り込んだところで、私は助手席の窓を叩く音に顔を上げた。窓には息を切らせている上に心配そうに顔を曇らせたバークがいて、彼は私に話があると言った。


「話?」

「すいません。保安官。この子をすぐに連れて帰りたいのですが」


「ああ、すいません。すぐに終わります」


「ママ、お話を聞いてみるわ。家に戻ってまたここに来るのも面倒でしょう」


 リリーはせっかくのエージの家から保安官事務所に戻ることを考えたのか、すぐに保安官にしていた数秒前の断りの言葉を訂正した。


「どうぞ。でもすぐにね。この子は昨日は怖い思いをしたはずですもの」


「ええ、勿論ですよ。じゃあ、来てくれるかな、ローズちゃん」


 私は車を降りると、バークが差し出した大きな手を握っていた。

 とっても大きくて、私を愛していると言って撫でてくれた優しい手だ。

 でも、殺されるなら殺さなきゃいけない。

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