子供たちの頑張り

 私達は古ぼけた家に入り込み、腐った床にどろどろの絨毯、一歩踏み出せばノミが飛ぶどころか蠅に蛆やゴキブリがざわっと蠢く床の地獄絵図にぞわっとしながら子供達は身をぎゅっと寄せあいながら進んでいった。

 ところどころに白くぼやけた影が虫柱のようにして立ち昇っており、それらは全部が全部同じような言葉を唱えている。


 許して!

 殺さないで!

 ああ、どうしてこんなことに!


 私達が辿り着いて見つけた電話機は、古い建物にぴったりとくる壁に貼り付けられたタイプのものだった。


「納屋とトラックが生きているというのならば、使えるかもしれない」


 シャーロットの言葉に反応したのか、死霊の一人が再び叫んだ。


 私が彼に電話をしたばかりに!


 シャーロットは受話器を取り上げるや、自分の自宅の電話番号を回し始め、私は彼女の手の甲に鼻を押し付けてその手を止めた。


「何を!ローズ」


 馬のままでは人語は喋れないが、リサの前では扮装を解けないと進退窮まったが、私は死霊と話が出来て、目の前のバンシーこそ死霊使いだと適当な死霊の一人の口を使ってみた。

 聞こえるかな?


「ジョスランに掛けて」


「え、どうして?」


 あ、良かった。

 さすが死霊使い。


「ここにはグールがいる。ジュスランは町の顔役の一人」

「あら、そうね。それじゃあ」


「どうしたの?シャーロット。はやくお家に電話をかけて頂戴」


 私はリサの様子がおかしいと彼女を見れば、彼女の水色の目はトランス状態になっていた。

 リサはまだ洗脳状態であったのか。

 そして、教団はバンシーの自宅の電話番号を知りたがっている?


「ああ、ハバナ先生ですか?ジョスラン先生をお願いします!急な宿題で困っていると伝えて戴けませんか?」


 シャーロットは電話口の相手にジョスランの呼び出しを頼んだ。ハバナは普通に人間の先生なので、この状態を詳しく伝えて助けを求めたら、私達が翌日に親達によって殺されるだろう。ああ面倒だ。私達はジョスランが電話口に出るのを待っていたが、保留メロディーが流れるにしたがって心細さといらいらが募るばかりだった。

 そんな状態なのに、シャーロットの服をリサが引っ張った。


「ねえ、お家に掛けましょうよ。シャーロットのお家に掛けましょうよ。葬儀社の番号じゃない、エイボンの皆がいるお家に掛けましょうよ」


 シャーロットはリサを操る相手の迂闊さに顔をにやっと歪めた。ついでにジョスランが出たのだろうか?彼女は電話の相手に、わかりましたわ、と一言言うなり受話器を電話機に乱暴に戻した。


「ローズ、この家を出ましょう。乗せてちょうだい。ほらリサも」


 シャーロットが私に乗ったすぐ後にリサも私の背に乗せ上げた。

 が、なんと、シャーロットがリサの首を締めた!!


「洗脳された仲間程怖いものは無いわね。もうすぐ日が落ちる。日が落ちたら出発しましょう」


 私は死霊を使って、そうね、シャーロットに答えた。

 夜空の星を見れば方角がわかり、方角さえわかれば私達は町に戻れる。

 死霊を取り込んだ時に、私はここの住所も手に入れたのだ。


 パスクゥムの西南のはじ。

 大昔に魔女一族が住み着いていた場所だ。

 魔女一族が消えても結界は消えず、ここは呪われた場所だとパスクゥムの人外さえも近づかない場所でもある。


 家を出た後の私達は、安全そうな牧場地の片隅に落ち着く事にした。それから一時間もしないで日が沈んだ。闇夜が空を覆えば、空には星が瞬く。

 私達の行動時間だ。


「ここが田舎町で良かったわ。北極星が見える」

「それじゃあ、真っ直ぐに北西に進路を取ればいいわね」


 リサにはバンシー得意の悪夢の呪いが欠けられている。

 眠くて仕方がなく、しかし眠ると悪夢を見る、という恐ろしい呪いだ。


「リサに精神を繋いで操る者こそこの呪いにかかるはずですの。ですから、出来る限り強力に掛けてさしあげましたわ!」


 リサにはとっても可哀想だが、憐憫の情を全く見せないバンシーに私はとっても脅えていたので、リサに私は何の助けにもならなかった。

 しかし、リサが悪夢だろうが眠っているので私は元の姿に戻す事も出来たし、こうして自宅に辿り着くための計画を戦友と練る事も出来るのだ。


 丸裸でもあるが。


 ここには私にコートぐらい貸してくれる心優しき人などいない。


「ところで、ジョスランは電話に出たの?」

「お出になりませんでした。でも、伝言はありました」

「なんて?」


「自分の力で頑張ってみよう」


「ハハハ。あのやろう」


「あなたが掛けたらまた違ったかしら」

「いいえ。同じだと思う。さあ、出発しましょう」


「同じかしらね」

「同じよ」


 私はリサを背負うとそのまま再びミニチュアホースに変身し、シャーロットは変身しきった私の背中によじ登った。


「さあ、北東に進路を取りましょうか。闇夜ならばバンシーの世界だわ。私ももう少し色々な力を使えます」


 ぼしゅうううと、私の両横に紫がかった灰色の大きな雲が現れ、私は馬で人語が喋れなくてよかったとヒヒンと嘶いた。

 この雲をどうする気なのか知らないが、シャーロットは怖すぎる。

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